遠藤伸雄のAgenda Musicale ジルヴェスター・コンサートとニューイヤー・コンサート(その2)

(2009.01.29)

元旦は、未明のベルリンからのジルヴェスター・コンサートに引き続き、日本時間夜の7:15からウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート(現地時間11:15am)の生中継(NHK教育及びFM)があった。世界1、2を争う両名門オーケストラを日本に居ながらにして、同じ日にライブで楽しめる-これも最新の衛星放送中継技術のお陰で、本当に良い時代になったものだ(但し、ベルリンからの中継は、残念ながらハイ・ビジョン画像ではなかった)。

69回目を迎えたウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤー・コンサート。今年の指揮者はニューイヤー初登場のダニエル・バレンボイム。昨年の初のフランス出身指揮者、ジョルジュ・プレートル(来年2010年にも再登板が決定している)と同様、ちょっと意外な選出だった。バレンボイムは1989年より、しばしばウィーン・フィルのコンサートやオペラを振っているものの、同オーケストラとの結びつきが特に強い、というイメージはあまりない。ロンドンで指揮デビューし、パリ管、シカゴ響など世界的なオーケストラのシェフを勤めてきたが、近頃のバレンボイムと言えば、バイロイトでの活躍と、何と言っても長年音楽監督の地位にあるシュターツ・カペッレでの実績がある『ベルリンの巨匠』のイメージが強い。

そのバレンボイムが初のニューイヤー・コンサートの第一曲目に挨拶がわりに演奏したのが、ベルリンで初演された『喜歌劇 “ベネチアの一夜” 序曲』(ヨハン・シュトラウスⅡ)という何とも心憎い選曲。その後のプログラムは、恒例通りシュトラウス・ファミリーのワルツやポルカが続くのだが、今年特別にフューチャーされたのが、没後200年を迎えるヨゼフ・ハイドン。

ハイドンがハンガリーの貴族、 エステルハージ家の副楽長を長年勤めたことに因み、ヨハン・シュトラウスⅡの喜歌劇 『ジプシー男爵』 から『序曲』、『入場行進曲』、『宝のワルツ』の三曲と、『ポルカ “ハンガリー万歳”』、そして、ハイドン自身の『交響曲第45番から第4楽章』が演奏された。

「さよなら交響曲」で名高いこの曲の終楽章後半の「アダージョ」では、オーケストラのメンバーが1人ずつ演奏をやめ(初演時は、ロウソクの火を吹き消して)、交互に立ち去って行き、最後にコンサートマスターと第2ヴァイオリンのトップの2人のみが取り残される。

この時のバレンボイムの役者振りが傑作だった。最後まで残ったうちの一人、第2ヴァイオリンの若い奏者の肩を抱き、「愛いやつじゃ」とばかりに頭をなでなでしたり、その最後の二人が居なくなってもタクトを振り続けたり、とコミカルな演技で聴衆を大いに笑わせた。

普段は、シリアスな顔つきの指揮姿(あるいはピアノ演奏姿)を見ることが多いダニエルおじさんだが、ニューイヤー・コンサートのリラックスした雰囲気を大いに楽しんでいるようだった。

バレンボイムの指揮ぶりだが、シュトラウス・ファミリーのワルツ『南国のばら』(ヨハン2世作曲。バレンボイム夫人のピアニスト、エレーナ・バシュキロワのリクエストによるものらしい)や『天体の音楽』(『オーストリアの村ツバメ』とならぶヨーゼフの傑作)では、かなりロマンティックなアプローチで聴かせた。それにもう少し軽やかな「ウィーンの粋」が加われば……と思うのだが、日頃ベートーヴェンやワーグナーなど重厚なレパートリーをこなしている「ベルリンの巨匠」には「無いものねだり」かも知れない。

お定まりのアンコール『ワルツ“美しく青きドナウ”』 (ヨハン・シュトラウスⅡ)の前には、恒例の指揮者とウィーン・フィルのメンバーによる “Frohes neues Jahr!”(新年のおめでとう!)の挨拶があったのだが、その前にバレンボイムがマイクを持ち、「2009年が世界平和の年となりますように。そして、中東で人間の正義が行われることを期待します」と英語でのスピーチがあった。時まさに、イスラエルによるパレスティナ・ガザへの空爆の真最中。バレンボイムは両親がユダヤ系ロシア人で、イスラエル国籍だが、しばしば、パレスティナ寄りの発言もしている。又、中東での『共存への架け橋』として、対立を続けるイスラエルアラブ諸国出身の若き音楽家達を集めて、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団を組織し、指導を続けている。そういった彼の言葉だけに、切実な響きと重さがあった、と感じたのは筆者だけではないであろう。

 

少しグルーミーな話になって来たので、ちょっとくだけた話題を……。
今回ウィーン・フィルの演奏風景を見ていて、気が付かれた視聴者も多いでしょうが、第1ヴィオリンの次席(つまりコンサートマスター、ライナー・キュッヘル氏の隣)に妙齢の女性奏者がいた!

まだつい最近の1997年に初めて女性奏者(ハープ)を採用したのを皮切りに、この超保守的名門オーケストラにおいて女性団員が徐々に増加していることは知っていたが、女性がここまで目立つポジションに進出してきたとは! ウィーン・フィルのサイトによると彼女の名前は、イザベル・バロIsabelle Ballotで、なんと(ではなく、アンジェ出身)フランス人のようだ!(妙齢の詳細は特に秘すが、そのチャーミングなご尊顔とともに、ご興味のある向きはこちらのサイトをどうぞ

 

創設以来、ドイツ・オーストリア文化圏に育った(男性の)団員で構成する、という同オーケストラの『純血主義』から考えると、まさに特筆すべきことである。今後彼女のような『ラテン』の血が加わったウィーン・フィルのサウンドがどう変化するか(しないのか)、大いに興味(と少しばかりの不安)のあるところである。といっても、ベルリン・フィルのように、日本人(拙前コラム参照)やベネズエラ人((拙前々コラム参照)も加わったインターナショナル・オーケストラには当分ならないだろうけど……。

さて、ニューイヤー・コンサートに戻って、アンコール第一曲の『青きドナウ』の後は、これもお約束、『ラデツキー行進曲』(ヨハン・シュトラウスⅠ)。バレンボイムは時おり聴衆の方に振り向き、手拍子の指揮をし、(ベルリンでのジルヴェスター・コンサートと違って)『予定調和』のお開きとなった。

 

P.S. 当日の楽友協会大ホールには、例年の通り、和服の女性を含め日本人の観客もちらほら見え、クラシック好きで有名な若林正人氏(元東京銀行ウィーン駐在員及び『ニュースステーション』コメンテイター)の懐かしい顔もありました。

 

アンコールのお馴染み「ラデツキー行進曲」で、聴衆(の手拍子)を指揮をするマエストロ、バレンボイム。
ダニエル・バレンボイムはウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートには初登場。
サン・レモから送られた花々で飾られた 世界で最も美しいコンサートホール ウィーン楽友協会大ホール「黄金の間」
『ウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサート 2009』のCD(1月28日発売 UCCD-1231/2) ユニバーサル ミュージック