桂真菜の演劇ダンス道 現代美術作家、杉本博司が文楽『曽根崎心中』を再生! 神奈川芸術劇場で古典に新しい命が宿る。

(2011.02.24)

見る者を深遠な世界に導く写真で知られる杉本博司は、古美術コレクター、建築家としても活躍。哲学的な作品で国境を越えて共感を集める杉本が、鋭い美意識を人形浄瑠璃に向けました。

『杉本文楽 曾根崎心中』は近松門左衛門の原作をいかしつつ、構成・演出・美術の面から舞台を再構築する企画。元禄12年(1703)に著された『曽根崎心中』は、市井の人を素材にする世話物の第一作。社会制度と義理に縛られた若い男女が死んで恋を成就させる物語は、現代の観客をも魅了します。

ヒロインである遊女お初は身分は低いけれど心意気は高く、「恋の手本」となるのです。杉本文楽では三百年以上も上演されなかった初段『観音廻り』を復活。省かれた理由は、救済を求める信仰心や遊女に聖性を重ねる感覚が薄れたからでしょうか。純粋なお初が三十三か所の寺社に参る姿には、遠からず仏となる運命が暗示されているのかもしれません。

『観音廻り』が演じられた当時に応じて一人遣いの人形が創られました。エルメスのスカーフを縫った着物は、オーストラリア先住民アボリジニーに伝わるモチーフ。絹を彩る朱の流れに、苦境においても誇りを捨てないお初とアボリジニーの魂が響き合っているようです。

杉本文楽のために創られた、一人遣い(通常は三人で一体を遣う)のお初の人形。人形遣いの桐竹勘十郎(左)と杉本博司。提供 / 小田原文化財団

『曽根崎心中』は聴く喜びも大きい。磨き抜かれた言葉を語る太夫の声と、七五調のリズムが情熱をかきたてます。お初と徳兵衛が曽根崎の森に向かう緊迫した道行は、まさに名調子、「この世の名残り、夜も名残り、死にに行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜、一足づつに消えて行く、夢の夢こそあはれなれ」。

そして、鶴澤清治が作曲する音楽! シェイクスピア作『テンペスト』を文楽に翻案した『天変斯止嵐后晴』では、七丁の太棹と十二弦の演奏が荒れ狂う嵐さながらに観客を圧倒。ダイナミックにうねる曲を弾く鶴澤清治ならではの迫力忘れ難く、今回はどんな音色が悲劇を奏でるのか、胸が騒ぎます。視覚面では杉本が繊細な光を大切にするアーティストだけに、照明や映像にも期待が高まります。

近松が生々しく描いた死に至る苦痛は、如何に表現されるのか? 遊女屋で縁の下に隠れた徳兵衛がお初の足を喉にあて死ぬ覚悟を伝える瞬間、匂い立つエロスは?  実験的プロジェクトに想いはつのるばかり。

追い詰められた徳兵衛は最愛の恋人、お初と心中。提供 / 小田原文化財団
奥行きの深い空間を変容させる陰影に、人形の表情が呼応する。提供 / 小田原文化財団

伝統芸能と現代美術のエスプリが出会う杉本文楽には、古典芸能愛好家もコンテンポラリー・アート・ファンも刺激を受けるでしょう。上演場所は横浜に2011年1月オープンした神奈川芸術劇場(KAAT)。芸術監督の宮本亜門演出による三島由紀夫作『金閣寺』や、岡田利規作・演出の劇団チェルフィッチュ新作が話題を呼びました。海外からの来日公演も多いKAATは、豊かな可能性をもつスペース。中華街、山下公園、赤レンガ倉庫にも近い環境で、新鮮なパフォーミング・アーツを味わう前後も、快い時間をすごせます。

芸術監督に宮本亜門を迎えた神奈川芸術劇場(KAAT)では、多彩なプログラムを楽しめる。提供 / 神奈川芸術劇場

 

*開催者であります神奈川芸術劇場および(公財)小田原文化財団は、地震の影響を考慮し、『杉本文楽 木偶坊 入情 曾根崎心中付り観音廻り』の中止を発表しました。(2011年3月22日 記)

*東日本大震災に際して中止になった公演が8月に上演されることになりました。(2011年7月22日 記)詳しくはこちら。

http://sugimoto-bunraku.com/

 

 


人形浄瑠璃文楽 
『杉本文楽 木偶坊 入情(でくのぼういりなさけ)曾根崎心中付り(つけたり)観音廻り』 

構成・演出・美術・映像/杉本博司
作曲・演出/鶴澤清治、出演/豊竹嶋大夫、鶴澤清治、吉田箕助、桐竹勘十郎ほか。

会期:2011年3月23日(水)~27日(日)
会場:神奈川芸術劇場(KAAT)ホール Tel.045-633-6500
チケット料金:S席5700円、A席4200円、B席3000円
※U24チケット、高校生以下学生チケット、シルバーチケットなど別途あり。
http://www.kaat.jp/pf/sonezaki.html

『杉本文楽曾根崎心中』公式HP http://sugimoto-bunraku.com/