北原徹のバカ買い! Smells Like Teen Spirit - 49 - ある男たちが作った靴。
(2010.03.18)’80年代のぼくにとって、というか、ぼくの心のなかには“未完成”という場所があった。
まだ、新入社員バリバリ伝説なぼくは、無免許であるにもかかわらず、環状八号線(通称環八)を荻窪から南に向けて車を走らせていた。ハンドルを握る手が熱かったのは、ぼくではなく、先輩だった。
無免許のぼくは呑気なもので、助手席からカンナの花を見てもいないのに見たと言い張り、きれいなお姉さんがいる! と見つけては、馬車馬のようにフロントガラスから目を離せない先輩に「W浅野(古い!)がいます!」とか「パンチラ(古すぎ!)です!」とか、目が悪いので見えないことをいいことに、妄想を口にしては思いきりスベリ、先輩のハンドルも思い切りスベって、何度も命を失いそうになったものだ。
そんな時、発見したのが、道路標識が行き先を教えてくれるところに書かれていた、
“未完成”
という文字だったのである。
「先輩、ぼく、20年以上東京に生まれて住んでいて、まったく知らなかった……、未完成なんて、素敵な地名があることを」
「? ? ?」
先輩はマンガのように、頭の上に浮かばせて、そして爆笑の湖であった。
「そんな街、あるわけないじゃないか! バカだなぁ。環八は、この先、工事でできてないんだよ」
知らなかったぼくもぼくだが、そうはっきりと現実を言われると、なんかこうガッカリというか、センチメンタルな気分になり、そのままハンドルを奪い取り、その未完成にツッ込んでしまいたくなり、ぼくはピリオドの向こう側へと旅立った。
だけれども、本当にその刹那、ぼくの心には、すべてが完成されていない街が存在していた。
その街は、あまりに美しく、ぼくの心を落ち着かせ、そしてワクワクさせた。家々はシャープな直線で作られていない。ゆるやかな曲線が豊かな情景を産み出し、壁の表情もどこか曖昧でクリーム色や明るいグレイが人の手によってできた人間味溢れる斑な光と影を柔らかく育んでいた。
古く朽ちたものと新しいものが見事なまでに境界線を失くし、混在し、調和していた。
本当に、未完成という街に暮らしたいと思った、瞬きもせぬ間のことだった。
完成とはいったい何なのだろう。
完成品として買った(つもり)のコンピュータはアップデートされ、次の瞬間新しい機種を買わざるを得なくなる。白熱灯のの電球もその姿をフェイドアウトしようとしている。フィルムもフィルムカメラもレアなものになってきた。
完成とは儚いものなのか。
やがて廃れ、やがて朽ち果てる運命。
だけれど、完成はピークであって、その先があるとしたら……。
たとえばお気に入りの靴。< ナンバーナイン>の中でもぼくはこの靴にとても愛着を感じる。
修理にも出したし、実際、写真に写してもボロボロでくたくた。他人から見たら捨ててもいい代物かもしれない。
だけれど、ぼくは思うのだ。これもまたひとつの完成ではないか、と。
履き古されたダメージや汚れがまたこいつを作っていく。アップデートの新スペックとはまったく逆なのに、意味合いはかなり近い。
人間の魂が産み出すアイデアやデザインにはその先を期待させる何かがある。
それがファッションの力なのである。
完成されたものなのに、その先がある、力。
いつか、未完成という街を、この靴で歩いてみたい。咲ききらない花が咲き、ユーミンが唄った十四番目の月が輝き、実らぬ恋と戯れる。昼は日差しも曖昧なのである。