田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 春の花を探しに、
鎌倉建長寺から回春院あたりへ。

(2013.04.02)

記録破りの開花宣言

春眠暁を覚えず、朝寝坊を自然現象だからと言い訳が可能な季節となった。3月に夏日を記録した時には、近くの藪の中でウグイスが派手に初鳴きを繰り返し練習していたし、秋に植えた球根のこともすっかり忘れた頃に突然チューリップが芽を出す。怠惰な人間に比べて、自然は几帳面だ。植物には、育ちやすい気候になるまで成長を一時停止させる『休眠』というシステムがある。その『休眠』から目覚めるのが『休眠打破』、タクシーの広告は『眠眠打破』。それはともかく『打破』のスイッチを押すのは春の暖かさより、冬の低温期間が必要不可欠な要因だという。今年の冬の寒さは特別に厳しかった。かと思うと、3月に夏日が二度もあるような異常気象。その結果として、今年の桜の開花は記録破りの早さになってしまった。


紫木蓮と桜の競演
世の中に絶えて桜のなかりせば

花見の計画を立てる間もなく不意をつかれた開花宣言に、さて次の週末が絶好の見頃となるかどうか、雨にならないか、スケジュール調整やら場所の選択やら、毎年お定まりの悩ましくも楽しい桜のシーズン到来だ。私が密かに決めた花見の心得に、一カ所は新規の花見スポットを開発することにしている。そりゃあ千鳥ヶ淵も、鎌倉八幡宮の段葛も素晴らしいが、まだ知らないところにも行ってみたいし。長年の夢は、吉野の桜を麓から山の上まで桜前線にあわせて見ること。そのうち是非実行したい。でもまあ、とりあえず近場に混雑してなくて、いいとこないか。湘南に越してから、まだ建長寺へ行ってなかった。特に桜で有名な寺だと聞いたことはないが、少しは春の花もあるだろう。


しだれ桜はまだ蕾だった

仏殿と法堂のシンプルな伽藍に桜が色を添える
美男におわす地蔵菩薩

建長寺は北鎌倉駅から鎌倉街道を徒歩20分ほど、鎌倉駅からだと30分はかかる不便な場所で、何か思い立たないと行く機会が無い。巨福呂坂(こぶくろさか)トンネル付近に広がる鎌倉時代に開山した日本で一番古い禅寺だ。『巨福山』の額がある総門をくぐるとすぐに桜の並木が続く。正面にそびえる豪壮な三門は江戸時代に再建してもので、重厚な銅葺き屋根を持つ唐破風には『建長興国禅寺』の巨大な額字が金色に光っている。300年近い時間を経た三門を背景に、いま咲き始めたばかりの若い桜の花が瑞々しい。門をくぐると正面に仏殿があり、堂内には建長寺の本尊でもある優しい顔の地蔵菩薩像が祀られている。格子天井には鳳凰の絵も見え、落成当時の華やかさが偲ばれる。寺の境内に一直線に並んだ伽藍はシンプルで、男性的な潔さを感じる空間だ。仏殿の右脇では淡い紫木蓮の花が満開で、すぐ隣りに咲くソメイヨシノとの豪華二重奏を見ることが出来た。遅く咲いたモクレンと、早く咲いた桜が同時になって、まるで北国の春のようなエネルギーに満ちあふれていた。

建長寺の本尊、地蔵菩薩は切れ長の目をした美男
花より団子

拝観者も少なく静かな境内で花を探してのんびり散歩していたら『回春院』という案内表示があり、気になって緩い坂道をさらに奥へ進むと突然の急階段、これを登ると『回春院』らしい。年寄りを元気にさせる思いやり、なのだろうか。登ってみたら、そこは白い椿やミツマタ、山桜など春の花の楽園だった。なかでも白眉だったのはコブシの大木。訪れる人も少ない山陰に一本、白い蝶のような花を無数につけて咲き乱れる姿は、春の妖艶な一面を覗き見したようで、しばし呆然と立ちすくんでしまった。建長寺の裏山はハイキングコースになっていて、山の中腹にある『半僧坊』より先にある展望台からは海も望めるそうだ。紫陽花で有名な明月院へ続く道もあるようだから、初夏の頃にまた来てみよう。そういえば、建長寺の坊さんが作る精進料理『建長汁』が訛って『けんちん汁』になったという説もあるようだから、次回は北鎌倉で『けんちん汁』も食べてみようか。


『回春院』へ向かう胸突き八丁

絶妙のタイミングに偶然めぐり会えたコブシの木

左:ソメイヨシノだけが桜じゃない
右:ミツマタの花は春の香り

左:赤花ミツマタは禅寺の境内によく似合う
右:木瓜の花が咲くと春本番