遠藤伸雄のAgenda Musicale 晩秋の夜長はブラームスの室内楽で。

(2008.11.25)

秋の深まりとともに、だんだん日が短くなって夜が長く感じられる季節となりました。こんな季節にぴったりなのがブラームス、それも「室内楽」でしょう。

ブラームスの作品では、周知のように、4曲のシンフォニーやヴァイオリン・コンチェルト、それに二曲のピアノ・コンチェルト、声楽曲では『ドイツ・レクイエム』などが有名で、コンサートでの上演回数や、録音も多く、人気が高いのですが、室内楽の作品も名曲揃いです……「いや、その室内楽にこそブラームスの真髄が聴ける」という好楽家の方も多くいらっしゃることでしょう。

「室内楽」と言えば、「弦楽四重奏曲」が代表的なジャンルですが、ブラームスはその「ストリング・カルテット」だけではなく、多くのジャンルの(楽器や編成の異なる)作品を書いています。
例えば、編成の大きな順に挙げていっても、

①弦楽六重奏 ②弦楽五重奏 ③ピアノ五重奏 ④クラリネット五重奏 ⑤弦楽四重奏 ⑥ピアノ四重奏 ⑦弦楽三重奏 ⑧ピアノ三重奏 ⑨クラリネット三重奏 ⑩ホルン三重奏 ⑪ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ⑫チェロとピアノのためのソナタ ⑬クラリネットとピアノのためのソナタ

などです。
こんなに多種多様な演奏形態の室内楽曲を残した作曲家は、『ホルン、トランペットとトロンボーンのためのソナタ』や『ピアノ、オーボエとファゴットのための三重奏曲』等ちょっと変わった編成の曲を数々残したフランシス・プーランク以外あまり他には思いつきません。

「ヨハネス・ブラームス」と聞くと、例えば第一シンフォニーやピアノ・コンチェルト第2番などでみられるように、一般的に重厚で晦渋なイメージがありますが、晩年の写真やイラストでお馴染みの豊かなあご髭もそのイメージを増幅させているような気がします。しかし、若い頃の彼の肖像画を見ると、ナイーヴな雰囲気の端整な美青年(チョーイケメン)で、その繊細さ(と古典的均整)に溢れる作品が、室内楽の分野に数多く存在します。

その代表的なものが、クラリネット五重奏曲ロ短調でしょう。同じ編成のモーツアルトのイ長調と双璧をなす超有名曲ですが、特に、静謐と諦観の極みともいうべきその第二楽章アダージョの美しさは他に喩えようがありません。この楽章を聴くと、いつも良暹法師が詠った「さびしさに 宿を立ち出でて ながむれば いづくも同じ 秋の夕暮れ」を思い出します。

他にピアノ四重奏曲第三番第三楽章のチェロのソロによる慰め深い旋律、弦楽四重奏曲第三番第二楽章第一ヴァイオリンの伸びやかな歌心、ホルン三重奏曲第三楽章「アダージョ・メスト」での夢見るようなホルンの響き。そして「雨の歌」の名で知られる第一番を筆頭に傑作揃いの三曲のヴァイオリン・ソナタ……等々、晩秋の夜、じっくりと味わうのに相応しい名曲を枚挙するのにこと欠きません。

 
 

ところで、意外に思われるかもしれませんが、フランス人にブラームス好きが多いことは良く知られています。「晦渋」なイメージのブラームスと一般的に「粋」を身上とするフランスの芸術風土とはちょっと肌合いが異なるように感じられますが、有名な例では、フランソワーズ・サガンの小説『ブラームスはお好き(Aimez-vous Brahms? )』でしょう。そしてこの小説を映画化したのが、バーグマンとモンタン主演の米仏合作の『さよならをもう一度』(’61)で、ブラームス第三交響曲の第3楽章(Poco Allegretto)が使われて、この楽章が一躍有名になりました。この曲は室内楽ではありませんが、晩秋のパリの枯葉の舞いのような哀愁漂うメロディが映画の様々な場面に使われ、非常に効果をあげていました。まるで、ブラームスがこの映画のために創った「上質な映画音楽」と言ってもおかしくないでしょう。

「映画音楽」と言えば、もう一つ。これもフランス映画ですが、ルイ・マルの名作『恋人たち』(’58年 ジャンヌ・モロー主演)では、弦楽六重奏曲第一番の第二楽章が使われています。若い頃、この曲を初めて聴いたときのトキメキは忘れられません。この映画自体や、音楽にブラームスを使っていたことは後で知ったので、『恋人たち』のイメージは全くなかったのですが、青春時代のいわば「恋に恋する」時期に聴いたこの第二楽章アンダンテの「大メロドラマ」的旋律の「切なさ」はどうでしょう!「憧憬」に満ちた第一楽章や第四楽章の柔らかなロンドの旋律も心に滲み入ります。

「室内楽」とは、文字通り英語「Chamber Music」の訳語ですが、シンフォニーやコンチェルトなど大編成の管弦楽の大曲が、「大ホール」でのコンサートを想定して創られるのに対し、主に18~19世紀の貴族社会ないし、有産階級社会(ブルジョアジー)でのサロンや家庭などの「(小さな)室内」で演奏される目的で作曲された小編成の器楽曲を意味します。

ヨーロッパ貴族のサロンに比べると、周りの装飾や調度品などでは、ちょっぴり(?)ひけをとりますが、拙宅の狭い室内(リビング)で、とっておきのスコッチやコニャック(シャンパーニュやヴィンテージ・ポートでも良い)を片手に、深夜、ちょっとボリュームを下げたブラームスの室内楽(特にそれらの緩徐楽章)のCDに耳を傾ける……至福のひと時です。

『弦楽四重奏曲第3番変ロ長調』
アルバン・ベルク四重奏団
(TOCE-13581-82)

『クラリネット五重奏曲ロ短調』
ミシェル・ポルタル(cl.)
メロス四重奏団
(HMA1951349)

『ピアノ四重奏曲第3番ハ短調』
イェルク・デムス(pf)
バリリ四重奏団員
(UCCW-1027/8)

『ホルン三重奏曲変ホ長調』
フランツ・コッホ(hr)
ワルター・バリリ(vn)
フランツ・ホレチェック(pf)
(UCCW-1009)

『弦楽六重奏曲第一番変ロ長調』
アイザック・スターン&チョーリャン・リン(vn)
ハイメ・ラレード&マイケル・トゥリー(va)
ヨーヨー・マ&シャロン・ロビンソン(vc)
(SRCR-2637)

『ヴァイオリンソナタ全集』
オーギュスタン・デュメイ(vn)
マリア・ジョアン・ピリス(pf)
(DG435 8002)