柳忠之のワインの知恵 ラフィット一族のフィネスとエレガンスに酔う。

(2008.05.27)
「シャトー・ラフィット・ロッチルド」といえば、泣く子も黙る・・・じゃなかった。泣く子も涎を垂らすボルドー1級シャトーの筆頭。値上がり著しい昨今、2005年ヴィンテージで最低12万数千円(楽天調べ)もする高級赤ワインです。

オーナーはワイン名にもある通り、金融界を牛耳るロスチャイルド家(ロッチルドはロスチャイルドのフランス語読み)。1868年、パリ・ロスチャイルド家のジェイムズが購入し、今日、末裔のエリック・ド・ロッチルド男爵に受け継がれております。

大金持ちの文化事業の一つとしてラフィットの維持に努めて来たロスチャイルド家ですが、1962年にラフィットに隣接する4級シャトーの「デュアール・ミロン」を取得して以降、ワイン事業を徐々に拡大して行きます。84年にソーテルヌの「リューセック」、90年にはポムロールの「レヴァンジル」。フランスだけに留まらず、88年にチリの「ロス・バスコス」、92年、ポルトガルの「キンタ・ド・カルモ」、そして98年にはアルゼンチンのカテナ家と提携し、「カロ」というワインをリリースしました。

こうした一連のワインを醸造、販売しているのがロスチャイルド家傘下の「ドメーヌ・バロン・ド・ロッチルド(ラフィット)」(略してDBR)という会社です。カッコでわざわざ「ラフィット」と括っているのは、ボルドーにはもう一つロッチルドと名のつくシャトー、「ムートン・ロッチルド」があり、こちらもワイン事業を広げて「バロン・フィリップ・ド・ロッチルド」という会社を運営しているので、混同を避けるための措置でしょう。ちなみにムートンを所有するロスチャイルド家は、ワーテルローの戦いで大儲けしたロンドンのネイサンを祖とする家系です。

さて先日、DBRのCEO、クリストフ・サラン氏が来日し、同社フルラインナップの試飲セミナーが行われたのですが、これがなかなか面白い会でした。

フラッグシップのシャトー・ラフィット・ロッチルドというのは、5つある格付け1級シャトーのうちで最も気品に溢れ、カベルネ・ソーヴィニヨンというブドウ品種の高貴な性格を具現化したワインです。その反面、とりわけ若いうちはそっけないことが多く、立ち上がりからアクセル全開でムンムンのムートンやラトゥールと比べてしまうと、目立たないことが多々あります。パワーで押し出すのではなく、あくまで上品に。じつは私自身、ラフィットの価値を理解できたのはごく最近のことでした。

このラフィットの性格が、参考小売価格でわずか2180円しかしないチリの「ロス・バスコス・カベルネ・ソーヴィニヨン・グランド・レゼルヴ」や、シラー、グルナッシュから造られたラングドックの「Aド オーシエール」(2240円)にも共通して感じられるのです。

濃厚でパワフルなワインほど上等とみなされる世界的な尺度の中で、チリでも驚くほど濃ゆいカベルネが造られたり、ラングドックでもまるでジャムのようなシラー、グルナッシュが生まれていますが、DBRのワインはどれも押し付けがましいところが微塵もなく、つねに優しく、そしてエレガント。最近はやりの言葉を使うならば、品格のあるワイン群なんですね。

グラス一杯で「もう十分」と力負けしてしまうワインが増える中、グイグイと杯が進むのがDBRのワイン。もちろん、シャトー・ラフィット・ロッチルドをグイグイというのはあまりに恐れ多く、こちらは大きめのグラスでゆっくりと楽しみたいものですが、当日、試飲用に注がれたわずか50ccほどのラフィットを、吐き出すことなく最後まで飲み干したのは、我ながらプロとして品格に欠ける行為と痛感いたしました……。

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DBRのCEO、クリストフ・サラン氏が来日

シャトー・ラフィット・ロッチルドは最も気品に溢れるが、若いうちはそっけないことが多い

シャャトー・ラフィット・ロッチルドは大きめのグラスでゆっくりと