田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 ヨコスカの港から船に乗って、
日帰り無人島体験

(2013.04.24)

のび太は学校がいやで無人島へ

『無人島』と言われて連想するものは、ヤシの木、筏、釣り竿、水も火もない不便な生活、止まったような退屈な時間、日常から隔離された無限大の自由……都会生活に慣れたヤワな私に、長く滞在することはたぶん耐えられないし、無人島にロマンを探すのもちょっと無理かも、しかし日帰りでちょっと立ち寄るくらいだったらどうだろう。そんな『無人島』が東京湾にあって、横須賀から船で簡単に行けちゃうのだった。その島の名前は、猿島。逗子から横須賀線に乗って三つ目、JR横須賀駅を降りると目の前には南欧風の美しいヴェルニー公園が広がる。ここはヨコスカ? ニースじゃないの、なんて気分で海沿いのデッキを歩くと、対岸には黒いクジラが見える。いや、潜水艦だ。ここはやっぱり軍港ヨコスカだった。


横須賀駅前って、こんなにお洒落なんです。

クジラではありません、潮は吹きません。
Z旗揚げて

三笠公園通りを海へ向かって歩いて行くと、記念艦三笠の大きな煙突と大砲が見える。戦艦って文句なしにかっこいい。戦争という機能に徹底的に特化したデザインなのに、なぜこうも魅惑的な造形なんだろう、しかも日露戦争の時代ですよ、少年になった還暦過ぎの私はワクワクしながら嘗めるように見入る。記念艦三笠のすぐ横にある桟橋から猿島へ渡るのだが、出航する時間に余裕があったのを幸いに、カメラ小僧に変身して軍艦を撮りまくった。いや、軍艦の見学に来たんじゃない、きょうのテーマは無人島、気を取り直し、往復1,200円の乗船券を買って桟橋へ向かう。10分ほどで猿島に到着。たった10分の船旅だけど、日常から非日常の世界へ入国するには十分な距離と時間だ。パスポートも要らないし。


左:戦艦三笠はイギリス製、日本海海戦でロシア海軍バルチック艦隊と交戦。
右:さかみ、ではなく、みかさの船尾。軍艦マーチが聞こえてきそう。

左:船首の角度がなんともいい。左後方に猿島が見える。
右:猿島の桟橋。小さいけれど双胴船。
要塞の島、トンネルの島

猿島の歴史は、要塞と共に歩んで来た。まず幕末にペリーの黒船に備えた台場として整備され、明治時代には西洋式の海軍要塞基地となって列強の仲間入りをし、第二次大戦末期には高射砲陣地として本土決戦に備えたが、幸か不幸か大砲が火を噴くような事態には至らなかった。島の高台にある砲台跡には台座のボルトらしいものが残るが、今は静かに夏草が生い茂る。フランス積みと呼ばれる美しく頑丈なレンガ造りの弾薬庫や宿舎跡、切り通しの通路やトンネルが島を縦横に走り、明治期に要塞として機能していた頃をタイムマシンに乗って覗いて見たくなる。中学生のころに見た映画『ナバロンの要塞』のような感じだろうか。エーゲ海にある難攻不落のドイツ軍基地を爆破するまでの手に汗握るドラマ、任務を遂行する特殊部隊のアンソニー・クイン、グレゴリー・ペック、面白かったなあ。猿島も東側は断崖絶壁が続いているが、こちらは釣りのポイントになっているらしい。海鵜が営巣する崖は白く汚れ、トンビはいつも上空から観光客の食べ物を狙っている。この季節、ウグイスがあちこちで賑やかに鳴いていて、猿を見かけることはついになかったが、島全体が野鳥の天国だ。東西200m、南北450m、横浜球場の4倍ほどの島で、桟橋近くには立派な管理棟がありBBQグッズを貸し出している。飲み物の自販機があるだけでカフェも食堂もない。1時間毎に出る船の最終便に乗り遅れると、どうやら無人島生活を強いられることになりそうだ。私は島内を1時間ほど歩き回り、帰りの船の時間に合わせて桟橋に戻ったつもりが5分ほど遅れてしまい、次の便まで待つことになった。ベンチに寝転んで青い空に流れる雲を見ていると、一瞬だが無人島体験を実感したような気分に浸れた。


暗く長いので思わず手を取る『愛のトンネル』を一人で通る。

無人島ムードが盛り上がるが、水平線には船の影が。

左:アドベンチャーアイランド、猿島の入り口。パスポート不要。
右:島の中をレンガ造りのトンネルが行き交う。

左:弾薬庫など要塞施設が並ぶ切り通し。歩道は整備されている。
右:緑濃い猿島の船着き場、気分は南の島。
カモメのスカレー

タイムマシン、ではなく船で三笠桟橋へ戻り、歩き回ってお腹も空いたし、横須賀に来たんだからやっぱり海軍カレーでしょう。アメリカ海軍横須賀基地の入り口横にあるWOOD ISLANDというカレーレストランへ入る。横須賀市のホームページには、“日本で食されるカレーのルーツである『海軍カレー』を、新たに『よこすか海軍カレー』と名付け、横須賀が『カレーの街』たることを宣言した”のである。で、その『よこすか海軍カレー』の条件は、材料:カレー粉、小麦粉、牛肉または鶏肉、人参、玉葱、馬鈴薯を入れる事。調理法:カレー粉、小麦粉を炒ってルーを作ること。提供法:原則として、カレーライス、牛乳、サラダの3点セットで提供。薬味にチャツネを付けること。だそうで、私が食べた海軍カレー980円はしっかりと条件を満たしていた。感心したのが、使いやすいカレースプーン。店の主人に聞くと、元は日本海軍のデザインで、この店の特製だという。話が面白かったし、ユニバーサルデザインでもあり、つられて購入してしまった。店を出てJR横須賀駅へ戻る途中、どうしても入りたくなるようなドラ焼き屋が目に入り、ふらふらと暖簾をくぐった。戦艦三笠にちなんだ『三笠焼』の店で、たっぷりした銅鑼の形が美しい。たっぷり入った黒あんも美味しく、一個100円。アツアツを頬張りながら、まだ客足もまばらな昼下がりのどぶ板通りを抜けて駅へ向かうと、カモメのスカレーちゃんが見えて来た。スカレーは『よこすか海軍カレー』の公式キャラだって、知ってましたか?


金曜日はカレーの日。牛乳パックが泣かせます。

奈良の三笠山がドラを伏せた形なので、三笠焼ともドラ焼きとも言う。