田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 世田谷美術館『榮久庵憲司とGKの世界 鳳が翔く』砧公園の樹木とGKデザイン、
黄金比に関する考察

(2013.08.10)

窓の外の緑が美しい展示室

植物と数学

フランス式庭園という造園スタイルがある。幾何学模様の植栽や人工池を、広大な敷地を使い左右対称に配置したもので、ヴェルサイユ宮殿の庭やパリのリュクサンブール公園が有名だ。園内の並木は円錐形や直方体、球などの抽象形態に定規を使って刈り込まれる。人間の力で人工的な自然を創造しようとする試みは解るが、厳しい規律が苦手な私には息苦しく感じる。自由に伸び伸び育つことが出来ない樹木がなんだか可哀想だし。しかし、ここ砧公園の樹木たちはそんな心配もなく、すくすく育った。自然の起伏を生かした芝生広場も寝転がりたくなる心地よさだ。大きく枝を張った木の下に来ると自然の傘に守られた安心感がある。見上げると、重なり合う葉の濃淡の模様が美しい。

ところで、植物の枝の張り方、葉や花の付き方、花びらや種の数などには一定の方式がある。フィボナッチ数(隣り合う二つの数の和が、次の数と等しい→1、1、2、3、5、8、13、21……)が深く関係するそうだ。植物は数学を知らない。生き抜くためにすべての葉っぱに太陽が当たり、たくさんの花が咲くようにと成長するシステムが、結果的にフィボナッチ数に関係するらしい。自然の仕組みは素晴らしい。美しいシステムは見ていて気持ちいい……と、やや強引に自然と数学を結びつけてしまった。

カラスザンショウにはカラスアゲハやクロアゲハが集まる
カラスザンショウにはカラスアゲハやクロアゲハが集まる
空高く枝を広げたクヌギの大木は世田谷美術館の宝
空高く枝を広げたクヌギの大木は世田谷美術館の宝
黄金比とデザイン

フィボナッチ数列を無限に続けると、隣り合う二つの数字の比は黄金比(約1.61)に近づく。黄金比は、安定感や調和をもたらす魔法の数字だ。たとえば、キャッシュカードや新書判の縦横比、パルテノン神殿の高さと底辺、そしてアップル社のリンゴマークにも黄金比が隠れているらしい。デザインをする時にこの法則を上手く使えば、美しく、便利で使いやすい製品が出来るのではないだろうか?と考えながら、世田谷美術館で開催中の『榮久庵憲司とGKの世界 鳳が翔く』展示室に入った。

私は若い時にヤマハのバイクに乗っていた。会場に多数あるバイクを見て、つい触ったり跨がってみたくなる気持ちを抑えるのに苦労した。“カッケー”と思う物を所有したくなる気持は、齢を経ても衰えない。しかし、もう颯爽とは乗れないのが、くやしい。

キッコーマンの赤いキャップの『しょうゆ卓上びん』は、日本中の誰もが知ってる醤油瓶のスタンダードだ。この製品が発売されたのは昭和36年(1961)、坂本九の『上を向いて歩こう』がヒットし、トヨタの大衆車『パブリカ』が発売された時代。私は中学生で、当時の食生活の中での醤油は、一升瓶からガラスの醤油瓶に移して使うものだった。私たちの生活空間が居間のちゃぶ台から、リビングのテーブルに移行する時代。そういう時に登場したキッコーマンの『しょうゆ卓上びん』は、今で言うグッドデザインとしての醤油瓶にとどまらず、テーブルの上に置くだけで新しい生活の期待を持たせるような、オブジェとしての強いインパクトがあったことを記憶している。それが現在でも世界中に流通しているロングセラー商品であることに、改めて驚く。そして、このガラス瓶の設計にも黄金比が隠れていることを知った。

乗ってみたい。ミニチュア模型だけど。
乗ってみたい。ミニチュア模型だけど。
黄金比は、1:1.6180339887……
黄金比は、1:1.6180339887……
かたちに見えないデザイン

いくつもの美しいプロダクトを見ているうちに、最高のデザインとは使う人にモノの形や操作を感じさせない、空気のような存在かもしれないと、ふと思った。『成田エクスプレス』は確かに“カッケー”が、ふだん気に留めることもなく乗っている『山手線』もGKのデザインと知って驚き、形を超えたデザインについて思いを巡らしながら会場奥のインスタレーション作品『道具寺道具村構想』を見ると、『道具千手観音像』が祀られている。解説によると、榮久庵はものづくりを通して人間と道具が共生する世界を希求しているそうだ。観音像の横にはテクノロジーを駆使した人口のハス池『池中蓮華』のインスタレーション作品もあった。人工的な極楽浄土には蝶が舞い、鳳も羽ばたき、広く静かに澄み渡り、時間も静止していた。

後日思い立って、私は鎌倉八幡宮源平池の蓮の花を見に行った。白い花が強い夏の日射しを受け、風に揺れていた。周りいちめんの蝉時雨。自然の蓮も負けていない。ところで、蓮の花びらの間隔は、円周の360度を黄金比で分割した角度(137.5度)で並んでいるそうだ。この角度だと花びらどうしで重なり合わない。『池中蓮華』の極楽浄土の蓮の花も黄金比でデザインされていたのだろうか。

*このコラムは二部構成です。前編はこちらから「世田谷美術館 柚木沙弥郎 いのちの旗じるし」

『池中蓮華』の極楽浄土に迦陵頻伽が佇む
『池中蓮華』の極楽浄土に迦陵頻伽が佇む
自然の蓮には荒々しい力がみなぎっている
自然の蓮には荒々しい力がみなぎっている

世田谷美術館
榮久庵憲司とGKの世界 鳳が翔く
開催中~9月1日(日) 2階展示室
住所:世田谷区砧公園1-2

TEL:03-3415-6011
開館時間:10:00〜18:00(17:30最終入場) 月曜休館(祝日の場合は翌日)
料金:一般1000円、大・高校生、65歳以上800円、小・中学生500円