斉藤弓子のおいしいパリ案内 味わうだけではない、
心で感じるもうひとつの楽しみ

(2012.05.15)

柔らかい真っ白な不思議な空間、
ミシュラン2つ星レストラン「シュール・ムジュール」

2011年6月、パリの中心サントノレ通りにオープンしたホテル「マンダリン・オリエンタル・パリ」。その中にある高級レストラン「シュール・ムジュール」が、今年の3月に発表されたミシュラン・ガイドで2つ星を獲得しました。シェフはボルドー地方のレストラン「シャトー・コルデイヤン・バージュ」に2つ星をもたらしたティエリー・マルクス氏。パリ出身でありながら、パリではシェフを務めたことがなく、ホテル内全ての料理を監修することで話題になっていました。レストラン内は花など色のあるものは一切なく、アイボリーで統一されています。壁のデザインは、コックコートのひだをイメージしたもの。柔らかい白色に包まれ、まるで宇宙船の中にいるような不思議な空間。内装はこれで終わりではありません。シェフがレストランというキャンバスに料理をして色を加えていく、料理で描かれたお皿がテーブルに運ばれることによって完成する。それが「オーダーメイド」を意味するレストラン「シュール・ムジュール」です。ワインメニューも充実していて、国産だけではなく、アメリカやモロッコなどレアな物まで幅広く用意されています。2010年全世界最優秀ソムリエ賞ファイナリストに選ばれた名ソムリエ、ダヴィッド・ビロー氏が、アドバイスをしてくれます。

心身ともに鍛えられたシェフがつくる
「テクノ・エモーショネル」な料理

マルクス氏はアフリカ、アジアなど、様々な国の人々が暮らすパリ20区、メニルモンタン出身。家の近くには、おいしさで知られる「ラ・フルート・ガナ」が誕生したパン屋があり、その香りを感じながら子供時代を過ごします。冷菓とパティシエ、その後に料理人の国家資格を取得し、「ルドワイヤン」「タイユヴァン」などの名店で修行を重ねます。2006年にはグルメガイドブック「ゴー・ミヨ」で「今年のシェフ」に選ばれます。アジア諸国を旅行し、日本に精通している料理人としても知られており、剣道、合気道を習い、4段の腕前をもつ柔道家でもあります。取材、デモンストレーション、テレビの人気料理番組トップ・シェフで審査員を務めるなど、多忙な日々を送る中でも、毎日柔道は欠かさないといいます。毎朝6時半に起床し、常温の水を飲むことから一日が始まります。パンなどグルテンを含むものは一切取らず、ワインはほとんど飲まず、アルコールといえばおいしい日本酒を少しだけ。日本を訪れるときは、ひとりで登山を行うなど、まるで修行僧のような日常を送っているマルクス氏。真面目な顔はちょっと怖いのですが、笑うと可愛らしく、人を尊重する気持ちに溢れた、自分に厳しい優しいシェフです。

食の世界に詳しい人なら「分子料理(キュイジーヌ・モレキュレール)」と結びつける人もいるかもしれません。分子料理とは、分子レベルでの調理法で作られた料理のこと。「どんな料理も科学変化の連続、分子料理です。わたしは今までとは違った方法で料理をしているだけなのです」とマルクス氏。「本屋に行って料理の本を開くと、どれもそっくり。素材の組み合わせや盛りつけが違うだけ。どこに違いがあるのでしょうか? 料理は大きな惑星のようなもの。そこに規則はありません」。言葉通り、そのお皿はいわゆるフランス料理とは少し違っています。見た目は斬新。一口サイズよりも、もっと小さなサイズのアミューズがあれば、見ただけではそれが何か分からないものもある。口にしても分からない。でも食材の組み合わせはクラシックで、そこには確かな「味わい」があります。そんな自身の料理を、技術を使って心に感動を与える「テクノ- エモーショネル」と表現しています。


左・巻物のようになって登場するメニュー
右・一口よりもさらに小さいサイズ。まるで謎なぞのような一品。でもおいしい。

左・当初は出す予定はなかったパン。健康によいグルテンフリーのエポートルのパンを用意。
右・ワインメニューも充実。名ソムリエのダヴィッド・ビロー氏が優しくアドバイスしてくれます。
素材の組み合わせはクラシック、盛りつけと味わいは美しく軽い

料理は、メニュー名からは想像できないものばかり。例えば「ポワロー、黒い皮/エルカルゴ、野菜のラビオリ」。「丸ごと真っ黒に焼いて、中がとろりと甘くなったネギで何かつくりたい」と、日本のネギ焼きを発想にした一品です。土の中で育ったネギに合わせたのは、土の匂いをもつエスカルゴ。ポワローは180℃のオーブンで約1時間焼き、その上にタイのシブレットの花、イタリアンパセリの粉をかけます。赤みそとにんにくのピュレを混ぜたものを直線で描きます。エスカルゴは、パセリ、ニンニク、パンという黄金の組み合わせで味はクラシック。でもそこには、デッサンのような美しい盛りつけと、イタリアンパセリのジュレをラビオリの皮に見立てたという、新たな発見があります。

カキはフライ、カキの実とジュースを閉じ込めたビー玉、2つのお皿でひとつの料理。温かく濃厚、冷たくさっぱり、味のインパクトの違いを楽しむ一品です。フライに合わせたセージ風味のオランデーズソースには、オレンジの汁とほうれん草のピュレを加え、爽やさをプラス。ナイフを入れると、パッションフルーツのジュレの黄色、ソースの優しい緑色が混ざりあい、美しい春の色彩を見せてくれます。

poireaux,peau noire/escargots,ravioles végétales 日本のネギ焼きから発想を得た一品。味噌はフランス料理でも使われるようになってきている食材です。
Huître frites, sauge et fruits de la passion en semi-pris 温度と味わいの違いを楽しむ一品。デザイナーのパトリック・ジュアン(Patrick Jouin)氏と考案した、オーダーメイドのお皿も印象的。

ブレス鶏は、北アフリカ地域の料理「タジン」がイメージ。胸肉を開いた中に、スパイス、ハーブ、ナッツなどを混ぜたファルスを巻き込み、蒸したものに、コリアンダーの乾燥ハーブをまぶします。バターナッツは生のままミキサーにかけて、注文が入るごとにバターで火を入れ、半生のようなじゃくじゃくっとした独特の食感のスムール仕立てにします。タジン鍋と同じ円錐の形にして、立てて盛りつけています。

デザートは風のような、とても軽い仕上がり。ビー玉の中にはカシスの汁、さらに回りをカシスのジュレで覆い、カシスの実を表現しています。カシス風味のミルクチョコレートのムース、蒸すことによって軽さを出したショコラ風味のビスキュイ、カシスのジュレ、その下にはバニラ風味の生クリーム。クレープ生地を薄焼きにした、ブルターニュの地方菓子「ガボット」ですくいながら、様々な食感と味わいを一度に楽しむ一皿です。

Volaille de Bresse, courge torréfiée / bouillon d'épices レモンのピュレと、カレーのようなエキゾチックな味わいのファルスは、まさにタジンの味わいです。
Miroir Cassis カシスには一切砂糖を加えず、甘酸っぱい風味をそのまま表現。
得意技は双手背負い投げ

「料理には色んな楽しみ方があります。日本料理は寿司だけではない。たこ焼きだって食べるとおいしさと、それとは別の喜びを感じるでしょう?料理とは人生そのものです」とマルクス氏。「わたしは自分の料理を向上させるために、人々が求めている様々なこと、喜びに到達するために、技術と知識を使っています」。そして前に進むためには、まず過去を学ぶことが必要だといいます。「例えばエスコフィエの料理本に載っている”キャロット・ヴィシー”。炭酸水素塩が豊富に含まれるヴィシーの水を使うから、人参の色を保ち、なおかつ早く柔らかく煮ることができます。それを理解するだけで、料理の行程と結果は大きく違ってきます」。

「料理は柔道と剣道の教えに似ています。私は柔道の技で、双手背負い投げが好きなのです。その動きが背の低い自分の身長にあっているからなのですが、その技を考えた人も、時代の流れに合わせてその動きを変化させています。今の日本人は昔に比べて背の高い人が増えてきているからなのです」。過去に学び、今の時代に合わせていく。今クラシックと言われる料理は、そうやって歴史に残り、現代に伝えられています。常に先人の教えに学び、それを吸収しているからこそ、これまでとは違う方法で「創り出したい」という想いが人一倍強いのかもしれません。その料理には「わっ、これ何だろう?」「どうやって食べるんだろう?」という、味わうだけではない、心に訴えかけるもうひとつの楽しみがあります。


左・ビー玉の中にはカキの実とジュース。添えられた大根と一緒に食べると、まるで日本料理の味わい。
右・ブレス鶏の料理についてくるエピスのブイヨン。エキゾチックな香り。

左・マルクス氏のスペシャリテのひとつ「Risotto de soja aux huîtres, truffe noire」。「もやし」にカキの香りをうつし、黒トリュフを合わせたもの。
右・レストランの入り口にはバー「8」。ここでアペリティフを楽しむのもよさそう。
Mandarin Oriental Paris Sur Mesure
マンダリン・オリエンタル・パリ シュール・ムジュール

住所:251 rue Saint Honoré 75001 Paris
Tel:+33(1)70 98 78 88
レストラン予約電話:+33(1)70 98 73 00
営業時間:12:00~14:00 19:30~21:30
定休日:日・月曜
料金:昼5皿75ユーロ、夜9皿185ユーロ(飲み物別)
メトロ:1番線 Tuiluries/1,8,12番線 Concorde
HP:http://www.mandarinoriental.fr/paris/