花と音楽のある暮らし Music & Flower Vol. 3 – 流れ - 水の流れに思いを馳せるとき、
心に感じる音楽と風景。

(2009.03.07)
Music
“流れ”を育む詩的な調べ。
ジョアン・ジルベルト/三月の水
作曲家アントニオ・カルロス・ジョビン、作詞家ヴィニシウス・ヂ・モライスらと共に、ボサノヴァというジャンルを創造した1931年生まれのギタリスト兼シンガー。2003年の初来日以来、3度に渡り日本公演を行っている。本作は1973年に発表された、彼の魅力が美しく結晶した代表作のひとつ。

はじめてのボサノヴァ体験は、当時新品で買ったジョアン・ジルベルト『三月の水』の日本盤でした。MP規格のポリドール盤。まだ10代後半の頃。廉価だからなのか盤が通常よりやけに薄く、ライトに近付けると、盤越しにその灯りが見えるようなレコードでした。本当のことを言えば、自分から率先して買った訳ではありません。そのとき、新宿のレコード店で働いていた僕の尊敬する先輩Oさんが薦めてくれたから。その先輩は、ヘヴィ・メタルくずれのテクノ小僧だったギター・キッズの僕に、デレク・ベイリーとヘンリー・カイザーを聴くように薦めた人。察しがつかない方に申し上げれば、この2人はフリー・ジャズのギタリストで、到底ギター・キッズに聴くことを薦めるようなことは普通の人は決してしないプレイヤー。でもなぜか僕は好きになってしまった。

耳にしたことのない音楽をもっともっと聴いてみたい、そう思っていた僕は、そのOさんが作ってくれる、今でいうミックス・テープがとても楽しみでなりませんでした。ジョアンもそのテープで聴いたのが最初。その一本のテープに網羅されていた音楽ジャンルも、ニュー・ウェイヴからアメリカのシンガー・ソングライター系、そしてニューオーリンズR&Bから民俗音楽、クラシック、前衛と、毎回に渡って縦横無尽。そういう何でもありの中で聴いたジョアンの『三月の水』は、ミニマルなパーカッション・パートとギターのモダンな響き、中性的な囁き声のような歌、そして密室的な音像で、そのとき好きだったチェリー・レッドやクレプスキュールのレコードのような、内省的で、静謐でインテリジェントな空気を感じさせながらも、まるでジャンルの想像がつかず、訳もわからないままに引き込まれてしまいました。

だから、すぐ後にこれが“ボサノヴァ”というブラジル音楽の中のひとつのジャンル、と知ったときも、この確立された美しい音の世界から抜け出ることができず、ロンドンのクラブ・シーンで花開いたブラジル音楽のブームが押し寄せる90年代まで、ジョアンのこれと、サイモン・ハルフォンがスリーヴ・デザインを手がけたアストラッド・ジルベルトのベスト、あとはピエール・バルーが奏でる音楽だけが、ほとんど僕にとっての“ボサノヴァ”のすべて、でした。

『三月の水』は、南半球にあるブラジルでは季節が逆転しているので、『秋の流れ』という邦題もあります。音楽だけでなく、映画や本や演劇のことまで、僕の溢れでる好奇心を導くように“流れ”の道筋を用意してくれたOさんには、今も本当に感謝の念が絶えません。たくさんのものを見たり聴いたりして、心の滋養となったことは、湧き水が小さな川から大きな川へと出会い海へと流れたり、雲や雨になって循環したりするように、今も身体の中で様々な“流れ”を育んでいるような気がします。そう、レイモンド・カーヴァーの『水の出会うところ』という詩と共鳴する、たぶん、そんな気持ちです。

(文/武田 誠)

 

Flower
窓ガラスに流れる水滴の流れを目にしたとき、僕が思ったこと。
バンダ
種:ラン科バンダ属
原産地:熱帯アジア、オーストラリア
開花時期:不定期
花言葉:上品な美しさ、個性的

その日は雨。
偶然目にした窓ガラスを伝って流れ落ちるその姿は、なんとも言えない寂しげな美しさがありました。そう、それはまるで美しい女性の頬を伝って流れ落ちる涙のような美しさでした。

流れ、風の流れ、水の流れ、土の流れ、植物の茎の流れ、時の流れ、流れ、ながれ……、流れについて考えていて、ひとつ気が付いたことがあります。それは、物事には始まりと終わりというのがあって、流れとはそのどちらでもなく、その間、物事の途中の状態を言い表すのだということです。

「流れというものが出てくるのを待つのは辛いものだ。しかし待たねばならんときには、待たねばならん」(村上春樹・ねじまき鳥クロニクル)

そう考えると、流れがあるということは、その物事はすでに始まっているということで、それはとても幸せなことだと思ったのです。

窓ガラスに雨粒が付くと、そこから流れが始まります。人生にも同じことを思います。生まれた瞬間から新しい流れとして始まり、死がひとつの終わりだとしたら、今の僕らの生は流れそのもの。それは途中なんです。そして、何かが終わるとき、また別の場所で新しい流れが始まるのです。

このコラムの音楽を担当する武田の知人が、『雨と休日』という素敵な名前のCDショップを出すとのことで、開店祝いの花を頼まれました。雨の日、窓ガラスに流れる水滴の流れを目にした僕は思ったんです。こんな気持ちなんじゃないかって。こんなときに音楽って聴きたいなあって。なんだか少し寂しいとき、晴れた休日に出かける夢を抱きながら……。

(文/井上揚平)