田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 イワナに会いに、
新潟県魚野川支流へ

(2012.10.11)

台風一過

10月が台風といっしょにやって来た。17号台風は東海地方に上陸し、関東、東北を縦断するコースだったので関東の水不足も少し改善されるかもしれない、と最近の小雨傾向を本気で心配しているわけではなく、川に棲む魚のことが気がかりなのだ。9月始め、新潟県、魚野川支流へ仲間と一緒に釣りに行ったのだが、見覚えのある河原の景色が変わるほど水量が減っていて、愛しのイワナたちはいったい何処へ避難したのやら、釣りが出来る状態ではなかったのだ。それでもなんとか地図と勘を頼りに、水量のある沢を探して竿を出すのが釣り人の釣り人たる所以で、当然のようにピチピチ跳ねるイワナも魚籠に入れたのだが(釣り人は誇張した発言をしがちなので要注意)、もう10月になってしまったら、どこの川も禁漁になるし、せめて8月ころに来て欲しかったな、台風。

魚野川の支流の佐梨川のまた支流の折立川に注ぐ小さな滝。
晴れた朝には川霧に朝日が射して、釣りも一休み。
中年過ぎてからの密かな楽しみ

仕事仲間に誘われて始めた渓流釣り、最初に連れて行かれた雪解け時期の山形県・寒河江で28センチのイワナを釣ったのが運のツキ、それ以来もう15年以上続いている。中年になって始めた趣味は長続きするという格言どおりだ。私の釣りは山形から会津あたりの東北の川がフィールドで、金曜の晩に仕事を終えた仲間と東北道を走り、目的の川の近くで仮眠して土曜の早朝と夕方、そして日曜の朝に釣りをして、午後には東京へ帰るというパターンだ。4月の解禁から9月末の禁漁まで、仲間と仕事の調整をしながらシーズン中に5、6回は楽しんだものだった。その釣り仲間にも高齢化の波は押し寄せていて、最盛期には7、8人が3台のクルマに分乗して釣果を競ったものだが、この数年は3、4人でシーズン中に2、3回行けばいい方かな、歳とるの、いやだなあ。私は一人でいつでも行けるようになったけれど、渓流釣りはやっぱり仲間と行かなくては楽しくない。釣れても釣れなくても、自慢したり悔しがったりする相手がいないと楽しみは半減どころか、無いに等しい。釣りは漁業ではないのだから。

湯之谷温泉を流れる佐梨川本流は深い谷の底だ。
この川の上流、分水嶺の向こうは奥只見湖、透き通るような水。
釣りオヤジ3人組

釣り仲間では最若手のタカヒロ(釣り歴は私より長く技術も上、釣果も安定して多いが、若いので呼び捨て)と大塚さん(私よりちょっと若い、経験は同じくらい、釣果もドングリの背比べなんて、大塚さんゴメン)に誘われて9月始めの週末の夜、関越道を新潟県六日町へと向かった。八海山あたりを流れる魚野川の支流が目的地だ。夏は寝袋を持参して公園のベンチなどで野宿することもあるが(蚊の猛攻も我慢する怪しいオヤジたち)、今回は予約していた温泉宿(素泊まり3,500円!の湯治宿)に泊まった。風呂に入って布団で寝て、夜明け前の暗いうちに起きて出かけるはずが、ぐうたらなオヤジたちは5時起きで出漁準備。コンビニに寄って朝飯(おにぎりと魚肉ソーセージ)を仕入れ、釣り券も購入。川沿いに林道を走って良さげな場所を探し、クルマを停めて沢に降りようとするが谷が深く、安全な道を探せない。再びクルマで移動、ようやく適当な場所を探し当て、沢へ降りて竿を出すのが6時過ぎ。理想の時間より1時間以上遅いが、ま、いいだろう、年寄りだし。魚信(アタリ)を見て魚がいそうだとわかり、川の中を伝って3人が交代で先頭に立ちながら、9時過ぎまでひたすら釣り続ける。何ものにも代え難い、待ちに待った楽しい時間だ。湯之谷温泉という、典型的な田舎の寂れた温泉町の近くを流れる川で釣るのは初めてだったが、7、8寸(20センチ強)の、いい型の色白イワナがここぞというポイントでテンポ良く掛かり、そうなると気が緩んで釣りが雑になってしまう。川を釣り上がるにつれてアタリが来なくなったりして、すっかり忘れていたカメラをリュックから取り出して渓流の写真を撮ったりする。いつまでもいい調子が続くと思ったら大間違いだぞと、いつものように思い知らされる。

6寸ほどのイワナ、スリムで色白、美形、オヤジで悪いか。
釣った魚はちゃんと食べます。腹はムニエル、尻尾は塩焼き。
釣り人の誇大妄想?

公園の日陰で昼寝すると蝉の声が聞こえる。朝しっかり釣れた後なのでこれはこれでいい気分。初めて釣りをする川を探検しながら夕方まで楽しんだが、朝のお祭り騒ぎはすっかり影を潜め、午後はさっぱりだった。宿に戻り温泉で汗を流し、魚野川沿いの洒落たイタリアンでいつものように晩飯を食べていると、新潟まで来たことを忘れそうだ。八海山酒造が経営している手打ち蕎麦の美味しい店も近くにあるのだが、今回は寄れなかった。で、翌朝は、定番のコンビニ朝飯で、いつも行く馴染みの五十沢(いかさわ)上流方面へ出撃したのだが、川の水が無かった。水無川という支流もあるが、洒落にもならない。大水が出た後のように、巨大な岩がごろごろしてるだけの河原では釣りにならない。所在なく歩きながら、4、5年前にここで釣ったイワナのことを思い出した。一尺(30センチ)以上ある大物は、前触れも無く突然かかるものだ。ガツンときて、気がつけば竿をグイグイ引いている。一気に引き抜こうとすると失敗する。糸を切られないように注意して寄せなくてはいけない。イワナも7、8寸までは可愛いい顔をしているが、尺を超えると面構えがシャケのようになり、釣り上げたイワナを掴もうとして噛みつかれるんじゃないかと恐い思いをする。醍醐味ではあるが、8寸くらいの元気なイワナが走り回るのを仕留めるほうが楽しくはある。塩焼きにしても美味しいサイズだし。などと、昔の成功体験をしつこく語るのも、釣り人の習性だよなあ。来年も再来年も、足腰が達者なうちは一緒に釣りに行こうね、タカヒロ、大塚さん。御園さん(私の釣りの師匠)、もう一度、会津へ行きましょう。


左・4年前、釣り人の幻想の川には豊富な水があった。
右・4年前の私、釣ったのは夢ではなかった。

左・尺オーバーのイワナは別の生き物みたいだ。
右・指を食いちぎられそう。