田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 逗子で迎える初めての正月

(2012.01.18)

辰年の年賀状

逗子に引っ越して初めての正月を迎えた。昨年、友人たちに転居の知らせをメールで伝えたものの、引っ越し案内をハガキで送ったりはしなかったので、当然のことながら年賀状は来ない。(不動産やクルマのディーラーなど、広告年賀状が賑やかし程度にポストに入ってた)これまで、仕事でお世話になった人には会社から年賀状を出してはいたが、仕事の現場から遠ざかったり、2年ほど海外赴任したこともあってそれも次第に少なくなり、昨年末にはついに一通も出さなかった。虚礼廃止(今や死語?)とか、主義主張があって送らないのではなく、今年は定年退職だし、もう年賀状もいいかと、単なるぐうたらですがね。

思えば、中学生の頃には多色刷りの版画で年賀状をよく作ったものだ。ちょっと褒められたりすると家族や知り合いの分まで請け負ったりして、私がデザイナーの道を選んだのは、当時の経験がきっかけだったのかもしれない。リノリウム版で作った辰年の図柄は、今でも記憶に残っている。暦を逆算して4回前の辰年(48年前)だとすると、昭和39年、東京オリンピックの年だから高校2年生だ。彫刻刀やバレンは今でも引き出しの奥にあるはずだ。あのころの、ものごとに熱中する気分はいったい何処へ消えてしまったのだろう、なんて正月からぼやいてもしょうがないか。ま、せめて辰年にちなんで、若い時に古道具屋で買った龍の模様の蕎麦猪口にお神酒を注ぎ、歳神様を迎えるとするか。今年も元気で過ごせますように。


龍の模様が好きで集めた時期があった。龍というよりウナギイヌか?この猪口は、東京・新井薬師の縁日で買ったもの、たぶん。
江ノ電バス停の謎

切って盛りつけるだけの簡単おせちを用意して、雑煮には丸餅を二つ焼いて入れ、裏山から摘んできた水仙の香りに包まれて静かで贅沢な正月気分を満喫するが、すぐに飽きてくる。腹も出来たことだし、正月だし、やっぱり初詣だ。鎌倉まですぐだし、ちょっと悪い予感がよぎったが、ここは鶴岡八幡宮へ行くことにした。逗子の小坪からバスに乗ると、若宮大路と横須賀線が交差する『下馬四つ角』(しもうま、ではなく、げばと読む)で降ろされる。鎌倉駅周辺から八幡宮まで正月三が日はクルマを入れない。段葛の桜並木を歩いて鳥居の前まで行ってみると、予感的中、大混雑で入場制限中だった。正月の全国人出ランキングで毎年ベスト10に入るとこだからなあ、しょうがない、思いつきの計画は挫折しやすい。そこで挫けず小町通りから鎌倉駅へ戻り、江ノ電に乗って長谷寺へ予定変更。三つ目の長谷で電車を降りる。長谷寺へ向かう道は、ふだんの休日並みの人出だ。その道路沿いにあるバス停の標識を見て、思わず笑ってしまった。あっけらかんと『駄菓子屋前』と書いてある。こんなのが停留所の名前になるか? 鎌倉に駄菓子屋は一軒しかないのか? 先ほどの『下馬四つ角』も大胆な名前だけど、そういえば若宮大路に『小学校前』というバス停があったぞ。まだある、八幡宮を右へ、朝比奈方面へ行くとすぐ『岐れ道』という信号があって、クルマで通るたびに力なく笑ってしまう。ところで『駄菓子屋前』を通る鎌倉行きの江の電バスは、土曜休日の早朝に一便しかない。ますます不思議なバス停だ。いや、バス停詣でに来たわけではないのだった、長谷寺へと向かう。境内にはこの時期ロウバイくらいしか咲いてなかったが、四季折々いろんな花が咲き、鎌倉でもいちばん楽しい寺のひとつ。高台には由比ケ浜から材木座海岸が一望できる見晴らしのいい食堂はあるし、(まだ試してないが、お寺のカレーという、肉を使わないメニューがある)弁天窟の暗いトンネルは何やらTDLのアトラクションみたいだし、長身で美しい十一面観世音は願い事を聞いてくれそうだし、弁天堂では写経体験もできるらしい。観音堂で神籤を引いたら小吉(この寺のみくじは、英語も併記してある)、今年もぼちぼち行くとするか。


江ノ電バスは渋くていいけど、バス停の名前は渋すぎだよな。通りの突き当たりは由比ケ浜。


長谷駅で江ノ電に乗って鎌倉へ戻る。

男前の大仏さんは、どっち?

長谷まで来たら、やっぱり大仏様だ。高徳院まで足を伸ばす。大晦日に奈良東大寺の大仏をテレビで見たが、果たしてどちらが大きいのだろう?(奈良です)鎌倉の大仏はどうして露天なのだろう?(大仏殿が台風や津波で何度か被害を受け、その後建て替えられていないのです)で、どちらが美男?(鎌倉は鋳造のつなぎ目痕が頬などに残り、肌荒れがひどいが、目鼻立ちは奈良よりもダンゼン涼しげ)東大寺は、薄暗い室内で下から見上げる格好となり顔の全体像がつかみにくいが、鎌倉は境内の遠くから引いて見ることもできるし、やっぱり露天の開放感は何ものにも代え難い。久しぶりに大仏様を楽しんで、長谷駅に戻り、江ノ電で鎌倉へ帰る。もちろんバスには乗らなかった。帰り道、「駄菓子屋前」バス停の向かいにある『駄菓子や』を発見、イメージと違っていたけど、バス停の標識に偽りはなかった。


長谷における『駄菓子や』は、固有名詞なのだ。おじさんは入りにくかった。
大漁旗と正月牡丹

正月のあいだ材木座海岸は波も穏やかで、初乗り(?)のサーファーには物足りなさそうだった。しかし私にとっては風もなく、散歩するには持ってこいの日和だ。富士山は雲に隠れすっきりとは見えなかったが、浜の漁船には大漁旗が盛大に飾ってあり、いつもとは違った晴れやかな正月風景。なのだが、鶴丘八幡宮の初詣リベンジを正月のうちに果たさなくてはと、ずっと気にかかっていたので正月三日、意を決して(思いつきでなく)いざ鎌倉へ出かけた。八幡宮の人混みは相変わらずだったが、列に並んでみると思ったより早く進んで行く。大石段を登り本宮で参拝したが、やっぱり正月の人波にもまれて来るのは自由に動けないし、イマイチだったかなあ。帰りに、園内の池のほとりにある牡丹園へ寄ると、ここだけは静かでのんびりできた。庭の長椅子に座り、抹茶と菓子でも頂けると最高なのだが。藁囲いされた正月牡丹は花の色こそ違え、門外漢の私にはどれも同じように見える。品種の名前を書いたプレートを読むと、島の錦、初烏、月世界などなど、命名の仕方がなんだか面白くて、ついそっちにばかり目がいくのであった。


八幡宮鳥居の輪飾り。日本のデザインは簡潔で力強く、素晴らしい。

材木座海岸には和賀江という鎌倉時代に構築した港が残っていて、干潮になると出現する。

浜でヒトデを拾ってベランダで干したことがあるが、あまりの臭さに捨ててしまった。

正月の牡丹もいいけど、ぼたもちはもっといい。