遠藤伸雄のAgenda Musicale 真夏の『ヨハネ受難曲 』
『バッハセミナーin 明日館』。

(2011.09.26)

10周年の「バッハセミナー in 明日館」は
『ヨハネ受難曲 』全曲

昨夏のザルツブルク・レポート以来、またまた1年近くのご無沙汰です。今回は、手近の(?) 池袋(自由学園・明日館)からのレポートです。

バッハの受難曲のエヴァンゲリスト(福音史家)役などで長年世界的に活躍されている声楽家の佐々木正利先生(岩手大学教授)の指導で、毎年夏に東京で開催されている『バッハセミナー in 明日館』を初めて受講して来ました。

10回目という節目の年を迎えた今年のセミナーのテーマは、大曲『ヨハネ受難曲 BWV245』。8月4日~7日の4日間で、集中的に勉強及び合唱練習し、最終日7日(日)午後の「終了演奏会」で、2時間に亘る全曲を披露しました。

受講者即ち臨時合唱団のメンバーの大体の構成は、女声(ソプラノ・アルト)が各約30名、男声(テノール・バス)が各約15名の計90名近くに上る大規模なコーラスで、年齢構成も二十歳そこそこの女子大生から70歳前後のキャリア十分な紳士まで幅広い老若男女が集結しました。

臨時編成の合唱団といっても、各人はそれぞれ所属の合唱団で日頃鍛えている喉自慢が集まり、その歌唱レベルは、小生の予想を上回る極めて高いものでした。もっとも、事前の譜読み・音取りの準備を万全にして参加するのが暗黙の最低条件で、かつ同曲の演奏経験者が大半ということでしたので、短期間の練習でしたが、「終了演奏会」の出来は、満足すべきものだったと思われます。

豪華な器楽陣と充実のソリスト達

今回は、第10回の『バッハセミナー』ということで、器楽伴奏陣には、現在古楽界で大活躍されており、又佐々木先生との共演歴も長い以下の錚々たる演奏家の参加を得たことも特筆すべき点でした。
 
 

*ヴァイオリン / ヴィオラ・ダモーレ:川原千真さん、三輪真樹さん
*ヴィオラ:李善銘さん
*チェロ:田崎瑞博さん
*ヴィオローネ:寺田和正さん
*オルガン:能登伊津子さん
*ヴィオラ・ダ・ガンバ / リュート:福沢宏さん
*フラウト・トラヴェルソ:稲葉由紀さん、国枝俊太郎さん
*オーボエ / オーボエ・ダモーレ、オーボエ・ダ・カッチャ:江崎浩司さん
*オーボエ / オーボエ・ダモーレ:森綾香さん
 
 

「こんな豪華な器楽陣を聴けただけでも、コストパフォーマンス無限大!」とは、演奏会に招待した楽友の一人の感想ですが、実はこの演奏会、無料コンサート!!!だったのです。

余談ながら、「豪華な器楽陣」と言えば、1982年に、同曲を酒井多賀志指揮シュトルム合唱団のメンバーの一人として歌った時の合奏団を思い出します。有田正弘さんのトラヴェルソ、宇田川貞夫さんのガンバ、渡邊順生さんのチェンバロなど、今や押しも押されもせぬ楽壇の重鎮の先生方に伴奏を務めていただきました。もちろん当時はそれぞれ新進気鋭の若手演奏家、といった風情で、有田さんからは、第34曲 “Sei gegrüßet, lieber Judenkönig,” の練習の時でしたか、「木管陣が、16部音符の早いパッセージを顔を真っ赤にして吹いているのだから、コーラスは、この音形を良く聴き、かつ聴衆にもよく聞こえるよう、バランスに気をつけて!」注意されたのを良く覚えています。

又声楽陣ですが、この「バッハセミナー」の終了演奏会では、各独唱者を受講者からオーディションで選出するのが、恒例となっています。今回の「ヨハネ受難曲」でもエヴァンゲリスト、イエスをはじめレスタティーヴォを担当する主要ソリストはもちろん、各アリアやアリオーソの独唱者も受講者が勤めました(アリアによっては、一曲を2名ないし3名で分担してソロをとる方式。それだけオーディション応募者達の実力が拮抗していた、ということ)。そのソリスト達の歌唱がこれまた素晴らしかった。それもそのはず…すでにプロのソリストとして多くの受難曲やオラトリオのソロを歌っているテノール(鏡貴之さん)や、昨年あの権威ある毎日音楽コンクール・声楽部門で優勝したソプラノ(朴瑛美さん)など新進気鋭の声楽家達もこのセミナーの受講者だったのですから……。

そういった実力者揃いのオーディションとは知らず、大胆にも小生も応募して、恥ずかしながらソロ(ピラト役)を歌うことになりました!(「ピラトの否認」の場面)。もっとも歌唱は”Ich bin’s nicht” を2回、合計4小節だけの短いものでした(だから応募者は他におらず、自動入選。田舎の対立候補のいない村長選挙みたいなものです)。一瞬(正確には二瞬)で終わったものの、著名器楽奏者の伴奏での独唱は、還暦過ぎた小生にとっては、よい経験(冥土の土産)となりました。

受難の場面とともに、轟く雷鳴!!

真夏の演奏会、ということで外の蝉時雨も伴奏に加わっていた(バッハせみナーというだけに!?)のですが、受難曲終盤、イエスの処刑の場面に近づくと、明日館の周辺は突然響き渡る雷鳴とともに豪雨に見舞われる、というハプニングがありました(マエストロ佐々木の心憎い演出?)。

満員のお客様も演奏には満足されたのではないか、と思いますが、帰路はそのゲリラ豪雨の影響で電車が止まったりして、とんだ「受難」をされた方もいらっしゃったのではないでしょうか?

ところで、この『バッハセミナー』は、従来佐々木先生はじめ岩手大学の関係者(現役の学生さんやOBなど)が多く関与されているのですが、3月の大震災があって、一時はセミナー開催も危ぶまれた、とのことでした。佐々木先生も東北新幹線の中で被災し避難所生活を体験されたとか、受講者の中にも実家が津波で流された人もいる、と聞きます。それでも、佐々木先生やボランティアでお世話いただいた役員の方々の尽力によって、無事セミナーが開催され、終了演奏会も成功裏に終えることが出来たことは、大変慶ばしいことでした。

今回、参加した演奏者達皆それぞれが様々な想いで歌い、奏したことでしょうが、小生は受難曲終曲のあの素晴らしいコラール「ああ主よ、私の魂をアブラハムの膝の上に運ばせてください……」では、震災の犠牲者への鎮魂の祈りも込めて、精一杯歌いました。

(写真提供:小林健)