田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 箱根 彫刻の森美術館足湯の隣りのギャラリーカフェで、
富士山スイーツを楽しむ彫刻の森。

(2013.09.18)

文字通り、彫刻の森、だ

ニケと大仏

ルーヴル美術館で『サモトラケのニケ』を見た時に、彫刻の美しさに感動する前に、像が置かれた階段の踊り場の、天窓から光が射すあの空間全体に息をのんだことを覚えている。エーゲ海の小島で発掘された『ニケ』は本来、神殿の劇場を飾る勝利の女神像であったらしいが、パリの美術館の特等席に運び込まれたことで世界中の観光客に愛される作品になったと、私は思う。話変わって鎌倉の大仏が造営された時には、立派な大仏殿の中にあったことを知ったとき意外な思いをした。室町時代の地震と津波や台風で大仏殿は倒壊し、以来いまの姿、露座となったそうなのだ。鎌倉時代から屋外に座っていたとばかり思っていた。明るい空の下に現れたことで、与謝野晶子の有名な“みほとけなれど美男におはす”の歌も詠まれた可能性が高い。(晶子は元祖、仏女?)彫刻作品は屋内外を問わず、置き場所が重要な問題なのだ。

彫刻と花火

件の、ヘンリー・ムーア彫刻作品『横たわる像:アーチ状の足』は入ってすぐの広場に、ボリュームたっぷりの背中を向けてドーンと座っていた。なんでこの角度? 正面は? と、見る側からするとちょっと気になる置き方。だが彫刻の身になれば谷の向うの山や相模湾まで見渡せて、(毎日毎日、同じ場所に座っていても)うーん、ここは特等席かもしれない。ここからだと、箱根夏祭りの大文字焼きや花火も見えそうだし。箱根の花火は音がいいからなあ、などと思いを巡らし、いくつもの彫刻を見ながら広場を過ぎて森に入ると、芝生に突っ伏した黒い人体を発見。アントニー・ゴームリーの『密着』は、以前からここで寝てたかなあ? 去年、葉山の県立美術館では海に向かって立っていた男が、箱根では地面に吸い込まれそうで(もちろん別の作品)単純だがゴームリーの彫刻は面白くて、しかも深い。木立の中を今にも歩き出しそうなサン・ファールの巨大な『ミス・ブラック・パワー』や、ムーアのまた別の『横たわる像』がある辺りまで(ここには11体のムーア作品があるらしい)、美術館の園内いちばん奥までささっと見ながら小一時間。源泉掛け流しの足湯に浸かる誘惑を払いのけ、隣のカフェで一休みしようか。

ここからは箱根大文字焼きもよく見えるし
ここからは箱根大文字焼きもよく見えるし
アントニー・ゴームリー『密着』
アントニー・ゴームリー『密着』
ニキ・ド・サン・ファール『ミス・ブラック・パワー』
ニキ・ド・サン・ファール『ミス・ブラック・パワー』
『横たわる像』と洪易の動物の彫刻、その奥にカフェ、右が足湯
『横たわる像』と洪易の動物の彫刻、その奥にカフェ、右が足湯
富士山をスイーツに

『あきうらら♪ はこねのふじは★ いとおいし♥』ということで、9月から箱根スイーツコレクションが始まったそうだ。元箱根や湯本、宮の下、そして強羅など、箱根のあちこちのカフェやホテル、美術館などが、世界遺産となった富士山を眺めるだけでなくスイーツにして食べちゃおうという地域限定の企画のようだ。ここ彫刻の森美術館のギャラリーカフェでは、富士山の形をした和栗マドレーヌを創作したそうなので、迷わず食べてみることにする。

黒塗りの漆器に盛られた菓子は琳派の日本画をそのまま3Dにした印象の、食べるのが惜しくなるオブジェのような一品。頂きにあるしっとりした栗の甘煮を壊さないように、頂上付近から思い切ってフォークを入れて断面を見ると、5合目から上は表面の栗クリームの中に白と煎茶のクリームが鮮やかなコントラストを描く。麓の樹海の中のスポンジにまで栗が混ざり、和の贅を眼と舌で堪能できる。冷えたヴーヴ・クリコ(シャンパン)との相性抜群という話だったが(クリコ=栗子?)、クルマの運転もあるし、下戸の私は静岡の紅茶「べにふうき(紅富貴)」をストレートでいただいた。ガラスのカップに注がれた紅茶の紅とマロンピンクの赤富士が、北斎もびっくりするような素敵な出会いだ。窓外の緑の芝生ではカラフルな洪易(ホンイ・台湾の作家)の動物の彫刻が秋の日射しを受け、楽しく動き回っているように見える。

富士山を食べよう。「お茶壷道中 第二弾 秋再び角佐衛門」(illyコーヒーセット1,100円、日本の紅茶べにふうきセット 1,400円)、ヴーヴ・クリコ(375ml)セット5,200円(2名)〜
富士山を食べよう。「お茶壷道中 第二弾 秋再び角佐衛門」(illyコーヒーセット1,100円、日本の紅茶べにふうきセット 1,400円)、ヴーヴ・クリコ(375ml)セット5,200円(2名)〜
動く彫刻

ところで、ピカソ館前にあるフェルナン・レジェの大作『歩く花』は、どうやら本当に『歩いた』らしい。2010年3月に分解されて、入り口近くの円形広場から今の位置に引っ越したようだ。ゴームリーの『密着』もクレーンで吊り上げられて(体重1トン!)移動したそうだ。たまに訪れて、なんかちょっと記憶と違うなと感じるのは、そんなことだったのか。彫刻たちにも人事異動があるなんて可笑しい。『歩く花』がいなくなった円形広場ではいま、洪易の極彩色の気球を思わせる2頭の『分享象』が、鼻を突き合わせサクランボを持ち上げる格好で遊んでいる。台湾と日本を象徴した絵柄らしいが、さてどちらが日本だろう? 私は今年5月、初めて台湾を旅行してとても楽しかったので来春また行く計画だ。サクッとした茹で筍をまた食べたいなあ。今度は路地裏を歩いてみようか。

フェルナン・レジェ『歩く花』
フェルナン・レジェ『歩く花』
洪易『分享象』
洪易『分享象』

彫刻の森美術館
神奈川県足柄下郡箱根町二ノ平 1121
TEL : 0460-82-1161
開館時間:9:00〜17:00
入館料:大人1,600円、シニア(65歳以上)1,100円、高校・大学生1,100円、小・中学生800円 
*インターネット割引券はこちら
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