花と音楽のある暮らし Music & Flower Vol. 2 – きざし - 春のきざしと
サイモン&ガーファンクル。

(2009.02.20)
Music
朝の光の中で春を感じた『フランク・ロイド・ライトに捧げる歌』
ポール・デスモンド/明日に架ける橋
ポール・デスモンド/明日に架ける橋

ウエスト・コースト・ジャズを代表するアルト・サックス奏者の一人。ジャズ・ピアニスト、デイヴ・ブルーベックのバンドで46年にデビューし、同カルテット在籍時に作曲した“Take Five”のヒット(59年)で知られる。77年没。本作は、69年にA&Mから発表されたサイモン&ガーファンクルのカヴァー・アルバム。

たしか10数年前の今頃の季節。以前務めていた会社が、新たに店(CDショップ)を信州のM市にオープンさせるということで、その出店のために10日間ほどその街に滞在したことがありました。

裕福な会社ではないので、駆り出されたスタッフは当然のように駅前の安いビジネス・ホテルに泊まらされることに。もちろん食事は外食、夕食はいろいろな居酒屋を点々とすることになりましたが、朝食は土地勘などあろうはずないのに、すぐに行きつけとなる場所を見つけました。

そこは自家製のパン屋で、1階で販売しているパンを買えば、2階の喫茶コーナーで飲み物を頼み、一緒にパンが食べられるという、どこか東京の下町にあるような風情の店。

なにがここで印象に残ったのかというと、そこで働く綺麗な奥さん、ばかりでなく、毎日BGMとして繰り返し流されていたサイモン&ガーファンクルの音楽が、とても美しく鳴っていたということなんです。

レースのカーテン越しに射す朝の白い光。各自が朝刊やスポーツ新聞を広げ言葉少なく過ぎてゆく時間。そんな空間を包み込むように流れていた“So Long, Frank Lloyd Wright”や“Old Friends”“America”“The Only Living Boy In New York”……。春のきざしを含んだきりっとした冷ややかな空気と瑞々しい朝の太陽に柔らかく包まれた彼らの音楽に、80年代にネオアコを聴いたときと同じような、今まで見過ごしていた蒼い息吹を感じたのです。

そして、新店の立ち上げも終わり、東京に戻る日が迫ったとき、いつもの朝と同じようにそのパン屋に立ち寄ったら、店のBGMが、先日事件を起こした日本人プロデューサーが当時リリースしたばかりのアルバムに変わってしまっていました。綺麗な奥さんの娘さんが購入してきたものだったのでしょうか。しかも僕らが立ち上げた新しいCDショップで。なんだかとてもがっかりした記憶が残っています。

今も、サイモン&ガーファンクルのレコードに針を落とす機会は多いですが、この何年かは彼らの楽曲をカヴァーした作品に、美しいトラックが多いことに気づきました。

ここでは、あのときの柔らかな朝を思いださせる、朝靄の海岸を幻想的にとらえたジャケットの、アルト奏者ポール・デスモンドのサイモン&ガーファンクル・ソングブック『Bridge Over Troubled Water』を。とにかくドン・セベスキーが手がける“So Long, Frank Lloyd Wright”の、どこまでも切なく優しい、まどろむようなボサ・フレイヴァー漂う素晴らしい編曲が、春のきざしを感じた、いつまでも形のかわることのないあの瞬間へと、誘ってくれるようです。

(文/武田 誠)

 

Flower
土から顔を出したチューリップの芽。
チューリップ
種:ユリ科チューリップ属
原産国:中央アジア〜地中海沿岸
花言葉:博愛、思いやり、名声
開花時期:4月〜5月

住宅街を歩いていたとき、何かが強く訴えかけてくる気がしたので目を向けてみると、一軒の民家の軒先に植えられたチューリップが、土から芽を出していました。その姿は、実に愛らしく、そして、力強いものでした。それは、春のきざしのように思えました。しかし、その時点では気がつかなかったのですが、実は本当のきざしは、もっと前から存在していたのです。

チューリップは、秋、球根を植えます。そして地中で少しずつ育ち、2月から3月にかけて地表に芽を出します。その後、4月から5月にかけて花を咲かせます。

“幸福について考えることはすでに一つの、おそらく最大の、不幸のきざしであるといわれるかもしれない”(明治の哲学者・三木清)

この言葉の中で使われたように、きざしとは、気がついたときにはすでに違うものとして存在していることが多いようです。しかし、三木清もこの話の続きとして

“しかしながら幸福を知らない者に不幸の何であるかが理解されるであろうか”

と言っているのと同じように、春のきざしについて考えることによって僕は、チューリップが芽吹くその前、秋に球根を植えたときから、春のきざしは存在していたことに気がつけたのです。

秋、厳しい冬を迎えるその前に、春のきざしを植える。それってとてもロマンティックじゃないですか?

(文/井上揚平)