遠藤伸雄のAgenda Musicale ジルヴェスター・コンサートとニューイヤー・コンサート(その1)

(2009.01.19)

かなり古び始めた新春ですが、明けましておめでとうございます。今年も皆様にとって、多くの素晴らしい音楽にめぐりあえる年になりますように……。

「年末・年始の音楽会」というと日本では、紅白歌合戦やニューイヤー・オペラコンサート(ともに@東京NHKホール)などがポピュラーですが、ヨーロッパでは、ご承知のように、大晦日の夕暮れに行われるベルリン・フィルのジルヴェスター(大晦日)・コンサートと元日のお昼のウィーン・フィルによるニューイヤー・コンサートが恒例となっており、世界中の音楽ファンの注目(&耳)を集めています。

ともに、NHK TVで現地からのライブ中継をやっているので、我が家では、毎年の元旦の楽しみとなっています(ベルリンでの大晦日コンサートも、日本で聴く時は、既に年が明けた元日1:30am過ぎとなります)。

まず今回は、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(以下BPO)のジルヴェスター・コンサート(@ベルリン・フィルハーモニーホール、指揮は首席指揮者兼音楽監督のサイモン・ラトル)のレポートです(NHK-BS2)。
今年のテーマは、「アメリカ音楽」で、すべて同国の作曲家に手になる以下の曲が演奏されました(但し、クルト・ワイルはドイツから帰化)。

  1. 『キューバ序曲』(ガーシュウィン)
  2. 『弦楽のためのアダージョ』(バーバー)
  3. 『アメリカの古い歌』 (コープランド)
       1. 船頭の踊り
       2. 遠い昔
       3. ちらし
       4. ささやかな贈り物
       5. ねこを買ってきた
  4. 『高速機械で早乗り』
    (Short Ride in a fast machine) (ジョン・アダムス)
  5. 音楽悲劇『星空に消えて』から
    『星空に消えて』(ワイル)
  6. 歌劇『ポーギーとベス』から
    『サマータイム』(ガーシュウィン)
  7. 歌劇『ポーギーとベス』から
    『ベスよ お前はおれのもの』(ガーシュウィン)
  8. 『パリのアメリカ人』「(ガーシュウィン)
  9. < アンコール>

  10. ミュージカル・コメディ『ショー・ボート』から『オル・マン・リヴァー』(カーン)
  11. 行進曲『自由の鐘』(スーザ)

[ソリスト]
ソプラノ : ポーリーン・マラファーネ (5~7曲目)
バリトン : トーマス・クヴァストホフ (3, 7, 9曲目)

バリトン・ソロのクヴァストホフは、身体的ハンディキャップ(サリドマイド薬害の犠牲者)をものともしない、張りのある素晴らしい歌声で満場を沸かせましたが、同時に当夜の司会進行役として、達者なMCぶりも披露していました。

南アフリカ出身のマラファーネは、寡聞にも初めて聴く(メッゾに近い)ソプラノ(彼女を紹介するクヴァストホフのドイツ語MCでは、字幕スーパーが無く、最初「マリファナ」と聞こえ、一瞬ギクっとしました!?)。
クルト・ワイルの出だしでは、ちょっと音程に不安がありましたが、だんだん調子に乗って来て、『ポーギーとベス』でのクヴァストホフとのデュエットでは、ボリューム感と繊細さを兼ね備えた名唱を聴かせました。

彼女は、その体型がジェシー・ノーマンをちょっと小ぶりにした感じでもあり(ポーリーンさん、失礼!)、今後ジェシーを引き継ぐ名歌手になる可能性を秘めた逸材と言えるでしょう。

ラトルとBPOの方は、相変わらずのゴージャスなサウンド。けれど、バーバーの有名なアダージョ、亡きカラヤンだったら情緒連綿にもっと甘ーく、コッテリと演ったところなのでしょうが、ラトルは比較的クールにまとめていた感じ。といっても、BPOのストリング・セクションの流麗な響きは充分堪能出来ました。当夜のコンサートマスター(第一ヴァイオリン・トップの席)は安永徹さん、ビオラにも清水直子さん(首席ビオラ奏者の一人。TVカメラはしきりに彼女を追っていた)とお二人のご尊顔も拝せたことは、我々日本人にとっては誇らしく、嬉しいことでした。
「ベルリンのイギリス人」指揮によるプログラムの終曲、「パリのアメリカ人」がやはり当夜の圧巻で、ラトルはこういった曲を振ると本当にうまい!そう言えば2002年や2003年のジルヴェスターでも、バーンスタインやガーシュウィンといったアメリカン・ミュージックを取り上げていました。

それにしても、「アメリカ発世界大不況勃発」の年を締めくくるのに「よりによって『またアメリカ音楽?』なんでやねん?」って感じたベルリンの聴衆(及び世界中のTV視聴者)も多かったのではないでしょうか?また、「(アメリカ人たちは)『100年に一度の大恐慌』と、さも『世の終わり』のように騒いでいるけど、てやんでー!こちとらぁ、100年に二度も、死ぬか生きるかの大戦争を体験してらぁー」と文句の
一つもつけたいヨーロッパ人も多いことでしょう。

筆者が想像するに、今回のジルヴェスター・コンサートで「アメリカ」をテーマに取り上げたのは、
「そもそも、あんさんのとこから出てきた問題や。後始末、しっかり頼んまっせ!」
とのバラク・オバマへのエールの意味があったのではないでしょうか?

アンコール演奏の前に、サー・サイモン・ラトルがマイクを持ち、「この困難な時期、音楽がすべてを救うとは思いませんが、答えの一つとはなるでしょう。Happy New Year!」という、わかったような、わからないような挨拶がありました。

そして、そのアンコールの二曲目のスーザの行進曲『自由の鐘』での半ばヤケッパチに近い豪快な演奏に、力づけられた、とも言えなくもなかったのですが、同時に「そもそもアメリカの言う『自由の鐘』って何?『自由の金』のこと?」との疑問も湧き出て、何とも複雑な心境でコンサート放送を見終えたのでした。

 

毎年大晦日に行われるジルヴェスターコンサートの会場ベルリンのフィルハーモニー・ホール。ⒸSchimer / Berliner Philharmoniker

世界最高のオーケストラの一つベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。ⒸMonika Rittershaus / Berliner Philharmoniker

ベルリン・フィルの首席指揮者兼音楽監督 サー・サイモン・ラトル。

2007年のサイモン・ラトル指揮、ベルリンフィルのジルベスターコンサートを収録した『展覧会の絵』(TOCE-56025)。この年はロシア特集であった。 写真提供/EMIミュージック