道田宣和のさすてーなモビリティ vol. 9時代はスモール! ガラパゴスな
“軽”とiPhoneみたいなパンダ

(2013.07.25)

ハイトワゴン全盛

東京に住んでいるとあまり実感しないが、一歩地方に出てみるとあれも軽自動車、これも軽自動車と辺り一面が“軽”だらけなのに驚く。それもそのはず、長引くデフレで5′ナンバー以上の“登録車”が落ち込んだせいもあって、今や国内新車市場の4割近くが軽で占められているのだ。

実際、電車やバスがひっきりなしにやって来る都会ならいざ知らず、地方では「生きるためにも」クルマが必須。通勤、通学はもとよりパートに出掛けるにも買い物に行くにも、はたまたコンビニでパンひとつ買うでさえクルマがなければ話にならない。そこはアメリカ並みのクルマ社会、ほとんど1人1台の世界だ。 だとすればなるべく安い、それもランニングコストの安いクルマがいいと考えるのも無理からぬ話。そこにはクルマが本来持つはずの趣味性など入り込む余地はなく、単なるコモディティ=買い廻り品=と化すのも自然の流れだった。

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かくて時代は軽の“ハイトワゴン”全盛である。なぜ「かくて」なのか? それはボクの観るところ、そうは言いつつ人間しみったれた気分にだけはなりたくないからだろう。実はしみったれまいとすればするほど却って背伸びが露呈され、哀れを誘ったのが過去の軽なのだが、幸い現代の軽はもう少しオトナになっている。軽っぽさを免れようと以前の軽は身分不相応な装備で飾り立て、上級車の相似形を装いながらもどこかアンバランスなスタイリングに陥ったりしたものだが、今は限られた寸法枠の中でできるだけ狭苦しさを払拭しようと知恵を絞り、地道な努力を払うようになった。

その際、ポイントとなるのが背の高さである。軽は税金その他で優遇される(海外から非関税障壁と非難される所以)代わりに、エンジンの排気量(660cc未満)とボディの長さ(3.4m未満)、幅(1.48m未満)とが制約を受ける(それでも過去2回の改訂で随分と緩和された)が、高さ(2.0m未満)だけはかなりの余裕があるからだ。これに着目してベストセラーとなったのが初代のスズキ・ワゴンRであり、以後その流れが定着した。

理由は簡単、立体の容積は縦×横×高さのうちの高さを少し変えてやるだけで一気に数割増しになるからだ。因みに、業界では全高1.55m以上のものをハイトワゴンないしはトールワゴンと言う。数字の根拠はパレット式立体駐車場での車高制限である。その際、設計上のコツとなるのが嵩上げによってもたらされる上下方向の余裕を一部前後方向のそれにも振り分けてやることだ。

具体的には乗員の着座姿勢をデレッと坐る「ソファ」ではなく、きちんと「スツール」に坐った時のようにアップライト(直立)気味にして足許の余裕を捻出、単に天井が高いだけでなく前後方向にも広いスペースが得られるようにすることである。同じ理由で「四角い箱」然とした軽のトラックやバンが見た目以上の収容力を誇り、そのせいかなにかにつけて見栄っ張りが多い東京の街中でも注意して見るとこれが意外なほど増殖しているのに気付くだろう。

ついでに言えば「ハイトで稼ぐ」考え方自体はさして目新しいものではない。「ひっくり返りそうな」日本の軽ほどではないにせよ、自身そのパイオニアとしても知られるフォルクスワーゲン・ゴルフなどは40年も前の初代から少し背が高めの「ハイトセダン」思想によるクルマづくりを特徴としてきたからだ。

軽戦線異常あり

オマエの話はいつも前置きが長いとお叱りを受けそうなのでそろそろ本題に。日本の軽は遠く1950年代の通産省(当時)主導による“国民車構想”に端を発し、その特異なサイズゆえにスマホ以前のケータイ同様、“ガラパゴス化”の一途を辿ってきた(通称“ガラ軽”)。そして、このジャンルでは軽専業もしくはそれに近いダイハツとスズキの2強が長年業界をリード、互いに激しい鍔迫り合いを演じてきた。一方が新手のクルマを編み出すとライバルもすかさず追随するというように。ハイトワゴンについても同様で両社は豊富なラインナップを擁し、他の追随を許さないできた。

それがここに来て少し様子が変わってきた。まず、軽のシェアがそれほど高まったとなればかつて一貫して冷淡な態度を示してきたトヨタや日産といえども安閑とはしていられず、「販売店維持のためにも」欠かせないとして他社からのOEM供給(相手先ブランドによる生産)という形でそれぞれのラインナップ中に用意するようになったことだ。

ふたつ目は、熾烈を極める2強のバトルから弾き出される形で量産型軽自動車のパイオニアを自負してきたスバル(富士重工)がとうとう自社生産を諦め、同じトヨタ・グループのダイハツからOEM供給を受けるようになったことである。ついでに言えば、1960年代に“R360クーペ”や初代“キャロル”で名を馳せたマツダは1980年代末には早くもスズキからのOEMに切り替え済みだった。

そして三つ目は、1960年代後半から70年代前半に掛けて斬新な“N360”で一世を風靡したホンダが昨年、再び本格的な戦線復帰を果たし、アイデア満載のN BOX/N BOX+がデビュー初年にしていきなり軽のモデル別年間販売台数トップの座に踊り出たことだ。今や2強に迫る勢いなのである。

協業に拍手!

さらに四つ目が、こうした状況の中から生まれた新しい事業形態、日産と三菱(自動車)による軽の企画・開発を目的とした合弁会社、“NMKV”(Nissan-Mitsubishi Kei Vehicle)の設立だ。資本関係のない日本のメーカー同士が共同出資して会社を作るのは初めてのこと(ただし、変速機メーカーの設立では先例あり)。日産はこれまで軽のOEM調達をスズキと三菱の2社に頼ってきたが、いよいよ本腰を入れるべくパートナーを三菱に絞り、今後は自らも企画段階から主体的に関わるクルマづくりに転換したわけだ。

NMKVは日産と三菱が50%ずつを対等出資、数十人(現在41人)の社員も両社からの出向で、彼らが中心となって協議を重ねつつマーケティングおよび開発マネジメントの業務に携る。実際の開発と生産はNMKVから軽の経験豊富な三菱に委託され、クルマの生産そのものも三菱の水島工場(岡山県)で行なわれる。 結論から言うとこれからの時代、これは大いに「アリ」だと思う。と言うか、軽がますますコモディティ化する中、率直に言ってどれもこれも似たり寄ったりになってきているし、そうであるならば量産規模の小さいメーカー同士が団結してコスト削減を図るのもひとつの解に違いないからだ。

そもそも日本でしか通用しない軽にしてはメーカーとモデルの数が多すぎるのである。独自性を打ち出したければかつてホンダ(ビート)とスズキ(カプチーノ)、マツダ(オートザムAZ-1)が一斉にスポーツカーの花を開かせたように、量販車のエンジンやコンポーネンツを使って(比較的容易に)オリジナルモデルを仕立てるのは可能だからだ。

因みに、海外ではかつてGM(ゼネラルモーターズ)とトヨタが組んでカリフォルニア州フリーモントに設立した合弁生産会社、NUMMI(ニュー・ユナイテッド・モーター・マニュファクチャリング・インコーポレーテッド/現在は解散し、工場は高級EVの生産で知られるアメリカ・テスラ社に譲渡)やフィアット(クロマ)、アルファ・ロメオ(164)、ランチア(テーマ)、サーブ(9000)の4社がそれぞれの上級モデルの基本設計を共有した“クワトロ・プロジェクト”などの例がある。

ビジネスに徹したクルマづくり

NMKVの発足から2年後の去る6月6日、いよいよその第1弾としてふたつの「顔」と名前を持つ新型ハイトワゴンがデビューした。日産からは新規登場の“デイズ”(106万7850円〜)として、三菱からは主力モデル、“eKワゴン”の全面改良型(105万円〜)として市場に投入されたのである。基本設計は共有しながらもそれぞれのブランドアイデンティティや商品戦略に基き、クルマの「顔」となるラジエターグリルやバンパー、ヘッドランプ等で構成されるフロントマスクの形状は独自のデザインだ。

第1弾にハイトワゴンを選んだのはそれが一番の売れ筋だから。まさに「直球ど真ん中」での勝負である。興味深いのは差し当たって掲げられた月販目標の数字。デイズが8000台、eKワゴンが5000台というのがそれだ。つまり、三菱単独では思うようなモデルチェンジがしづらかったところを日産の「数」がブーストしてくれた形なのである。このため両社は口を揃えて“ウィン-ウィン”の関係だと強調する。因みに、発売後1ヵ月を経た7月上旬時点での受注はデイズが3万台+、eKワゴンが1万8000台+と、ともに記録破りの好調さだ。

で、肝心の出来映えはどうか? 早速、三菱が催したプレス向け試乗会で乗ってきた。すでに述べたとおり細部の意匠や装備(の設定)を除いてeKワゴンもデイズも中身は同じはずである。


プレス関係者でギッシリの日産デイズ発表会。どうせなら同じ会場でやればいいのにと思うが、そうも行かないらしい。

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第一印象はさすが「持てるすべてを投入した」(日産側のコメント)と言うだけあって、全体に軽とは思えない高級感に溢れている。中でもこのクラス初とされるダッシュボード中央に配されたピアノブラック調のタッチパネルはその象徴で、三菱の担当者曰く「ウチ単独では(採用に)踏み切れなかった」代物だそうで、具体的な協業の成果として真っ先に挙げられた。

室内は全幅1475mmの哀しさで横方向への広がりにこそ欠ける(そのため乗車定員は5人ではなく4人)ものの、1620mmの高い全高と2430mmに及ぶ長大なホイールベース(=前後車軸間の距離。初期の軽は1800mm以下だった!)を最大限に活かした居住空間が望外と言ってもいいほどの広さを生み出し、中でも後席のレッグルーム(足許の余裕)は一部登録車を凌ぐほどだ。なるほどメインターゲットとされる若い子育て世代にはこの空間的ウルトラバーゲンがウケるに違いない。

ただし、この「望外な」印象はライバルのワゴンRやダイハツ“タント”(ただし、こちらは全高1750mmの「スーパーハイトワゴン」に分類される)でも同様に驚かされた覚えがあるから、eKワゴン/デイズが特に優秀かどうかは厳密な採寸をしてみないことには速断できないが、いずれにしても充分以上と言うほかない。少なくとも、リアに坐らされた日にはまるで拷問のようだった昔日の面影は皆無だ。もっとも、ここまで来ると果たして軽に今のような恩典を与え続けることが妥当かどうかという、古くて新しい疑問が沸き起こるのも確かである。


向かって左がデイズ・ハイウェイスター。クロームバー(3本)のグリルがノーマル(デイズ)との識別点。


デイズには電動スライドアップシート付きの福祉車両、“アンシャンテ”も用意される。かつての同僚、伊東和彦『Super CG』誌元編集長(今や大学講師でもある)も今時の軽の充実振りにはちょっと驚かされた様子。

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しかし、その一方で走りに関しては正直言って少々期待外れだったと言わざるを得ない。eKワゴン/デイズのエンジンにはノンターボとターボ(“eKカスタム”および“デイズ ハイウェイスター”のそれぞれ一部)の2種が用意されるが、ノンターボの場合、JC08モードで29.2km/ℓのクラス最高燃費を誇るエンジンがまさにそのためにか、発進の瞬間から流れに乗るまでの間、軽の基準を以てしても明らかに瞬発力に欠け(というかハッキリ言ってトロい)、時として街中でも後続車から煽られるほどだった。どうやら機械がドライバーの操作どおりにスロットル(アクセル)を開けていいものか、CVT(変速機)のギア比を低めていいものかと、それらを状況に合わせて統合制御するコンピューターが迷っている気配がアリアリなのだ。なんだかこれだけは360cc時代の昔に逆戻りしたように感じられた。ターボ仕様はさすがにそうではなくまともな加速を示したが、そういう問題でもないと思う。


こちらは同日、別の会場で行なわれたeKワゴンの発表会。顔付きが違うのにお気付きだろう。

その後も業界はユーザー訴求力の高いJC08燃費の王座争奪戦に躍起だが、走行パターンとしては必ずしも現実的でない試験モードに合わせてばかりいるとドライバビリティ(運転のし易さ、自然さ)そのものが損なわれてしまうのは「(昭和)48年(排ガス)規制」対応時にメーカー等しく経験したとおりである。とにかく“ノミナルチャンピオン”(名目上の王者/ボクの造語)が実際にいいクルマかどうかは別の話なのだ。

乗り心地にも一部指摘しなければならない点がある。今や往時のコロナやブルーバードに匹敵するほどの長いホイールベースが与えられているにも拘らず、フロントアクスル(前軸)を中心としたリアの上下動、いわゆるピッチングが少なからず認められるからだ。

と言いつつ、NMKVはまだスタートしたばかり。今後の大いなる成長に期待すべきなのかもしれない。願わくば「ビジネス」が軌道に乗った暁には定番路線一辺倒ではなく、少しはチャレンジングなクルマづくりも披露して欲しいものだ。


三菱の会場には同社の歴代軽自動車も運び込まれていた。当時の軽自動車枠は排気量360cc未満、全長3.0×全幅1.3m未満というもの。

湾岸地区でeKワゴンを試す。これは同じクロームバーのグリルでもデイズ(ハイウェイスター)とは異なり、それが2本のeKカスタム。

なんだパンダ言ってもラテンの胸騒ぎ

その印象も醒めやらぬうちに乗ったため余計にそうだったのかもしれないが、こちらも輸入発売が始まったばかりの新型フィアット・パンダを試してみたら、ことのほかしっくりと「五感」に馴染んで感じられ、ホッとしたというのが偽らざるところだ。もちろんイタリアには軽自動車なんていうジャンルはないのだが、全長3655×全幅1645×全高1550mmのサイズは軽に比べて幅が170mm広く(実はこの差が大きいのだが)長さが260mm長いだけで驚くほどの違いはなく、充分にスモールなのである。ホイールベースに至っては2300mmとむしろ短いくらいだ。

ところが「クルマらしさ」や機械としての自然さという点では大差があり、ボクだったら相手がeKワゴン/デイズに限らずほかの軽でも迷うことなくこちらを選ぶに違いない。むろんイニシャルコストやランニングコストは軽に比べて高めだが、それを補って余りあるものがあるからだ。こう言うといかにもガイシャ贔屓みたいでイヤなんだけど、本当だから仕方がない。 まず、なんと言っても明るく小粋な室内外のデザインはやはり気が利いていて、それだけで毎日が楽しくなりそう。5人乗りだが、それ以上に「人を人として扱ってくれる」クルマとしての真っ当さはさすがスモールと謂えどもヨーロッパ車ならではだ。ボディは小柄なのに、たっぷりしたサイズと身体を包み込むようなフィット感、そしてざっくりした手触りが気持ちいいファブリック地のシートがその典型だ。

リアシートのレッグルームはもしかしたら軽のハイトワゴンあたりに比べて若干劣るかもしれないが、それよりも室内各部の造形が立体的というか彫刻的で、単に広いだけでシートも平板な軽の素っ気なさとは対照的だ。随所に配された“スクワークル”(square+circleの造語。「角を丸めた矩形」を意味する)のアイコンも最初はやや子供っぽく感じられたものだが、これだけ統一感があるのは大したもの。デザインのクオリティが高い証拠である。

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思わぬ収穫だったのは“ダウンサイジング”の極致とも言える直列2気筒で僅か875cc(+ターボ)の小さな“ツインエア”エンジンが必要にして充分なパフォーマンスを示したこと。そう、日本の軽より200cc多いだけなのに、だ。同社の500(チンクエチェント)と基本的に同じエンジンなのに2気筒特有の振動が少なく、音も回転もスムーズに感じられたのはきっとこちらの方が(クルマ全体の)設計が新しいからに違いない。


リアサイドに小窓を設けるなど、先代(2代目)のイメージを踏襲する新型パンダ。初代のようなカリスマ性は薄いが、デザインのクオリティは確実に高まった。

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中身がマニュアルで変速操作だけを自動にした“デュアロジック”式AMT(オートメイテッド・マニュアル・トランスミッション。ロボタイズドMTとも言う)の出来も旧型とは比べものにならないほどの進歩を遂げ、もはやこの手のATに付きものだった変速時のもたつきはほとんど無視できる程度にまで和らげられている。この点に関してはシステムを導入してからの経験が長い分、フィアットの方が、目下大評判で手強いライバルとなるはずのフォルクスワーゲン“up!”(2ドア/149万円、4ドア/169万円〜)よりも数段自然に感じられた。

1980年登場のジョルジェット・ジウジアーロ・デザインによる初代パンダは機能をそのまま形にしたような直截さが大人気となり“カルトカー”にまで登り詰めた一方、中途半端にモダナイズされた2003年デビューの2代目は走りの面でも若干期待を裏切るものだったが、この3代目は久々にイタリアの「粋」と「意気」とを感じさせる成功作と言えそうだ。惜しむらくはライバルに比べて少し高めな価格(208万円)だけである。


パンダのコクピット(運転席)。オーディオや空調のスイッチ、ステアリングホイールのFIATマーク等々、あらゆるところに“スクワークル”がリフレインされる。もちろんシートの表皮にも。


これもだ。リアシートのヘッドレスト。左上、天井からぶら下がっているのは中央席乗員用のショルダーベルト(のタング)。「安全」をケチらず、見た目の収まりにも配慮する。ヨーロッパ車はこういうところがエライのだ。