道田宣和のさすてーなモビリティ vol. 5いい感じになってきた
日本車に個性の芽生え。

(2012.06.25)

ご無沙汰しています。お元気でしょうか?
そんなわけで最近の日本車はどうなっているのか、ここ半年くらいの動きをざっと振り返っておくのも悪くないのではないかと思います。

ボクの見るところ、特にサステイナビリティへの対処の仕方に関して、これまでは右に倣えが当たり前だった日本のメーカーとしては珍しく、個性のようなものが芽生えてきたのが面白いと思うのです。

いや、過去一度だけ例外がありました。今を遡ること約40年、いわゆるヨンパチ規制(昭和48年度規制)に端を発した一連の自動車排出ガス規制の時とそっくりなのです。あの時は各社必死の思いで取り組んだ結果が酸化触媒方式あり、エアポンプ方式あり、CVCC(複合渦流燃焼方式)ありと浄化システムは百花繚乱の様相を呈していました。やがてそれは三元触媒方式へと収斂し、現在に至っています。ただし、当時との圧倒的な違いは今や個々の技術が最初から充分な完成度とともに投入されていること。それを可能にした最大の理由がコンピューターやITの進歩であることは間違いありません。したがって、それぞれがひとつの解であり、それを選んだ理由も自社を取り巻く技術的/経営的環境やポリシーによるものです。

トヨタはHV街道まっしぐら

自動車離れの中、トヨタのアクアが売れている。発売後1ヵ月でメーカー自身が立てた目標(月販1万2000台)のなんと10倍も受注したのだそうだ。日本がまだ元気だった頃のベストセラー、カローラ/スプリンターを彷彿させる勢いである。当時は月販3万、4万(台)が当たり前、多い時には「4ナンバー登録」のバンまで含めると7万を超えようかというほどのバケモノだった。今とは桁の数が違うのだ。因みに、最新のカローラは目標自体が7000台とウソのように慎ましい。

そこまで行かなくてもアクアには確かにヒットするだけの理由があった。1)プリウスですっかり定着した環境フレンドリーなイメージを下敷きに、2)HV(ハイブリッド)専用車でありながら169万円からという低価格を実現、いよいよマスをブームの渦中に引きずり込んだこと。3)もちろん、現時点で世界最高とされるJC08モード35.4km/ℓの超低燃費もズシンと効いたに違いない。「水」を意味するネーミングも震災以降ナチュラル志向が強まった現代日本人にアピールしたことだろう。その伝で行くと次はニュー(pneu=空気の)ナントカとでも言うのかしらん。因みに、海外市場ではごくあっさり「プリウスC」と呼ばれる。Cはコンパクトの意。日本車が諸般の事情から輸出先で名前を変えるのは昔から。先例はゴマンとあるが、その話はまた別の機会にでも。

あいにくボクはまだこのクルマを路上で試していないが、少なくともプレス向け発表会の会場で坐ってみた限りでは室内が広く、実用車としての使い勝手も悪くなさそうだった。ついでに言えば、アクアを生産するのがグループ会社の関東自動車・岩手工場と知ってなんだか嬉しくなった。アクアが東北を救う? かくてトヨタはこの4月、1997年以来のハイブリッド車販売累計がついに400万台を突破した。

東京ミッドタウンのファサードにて。どぎつく、清涼感に欠けるカラースキームも疑問。
安くできたのは基幹ユニットを一部旧型プリウスから流用したせいもある。

だが、アクアには注文がなくもない。それはスタイリングをなんとかして欲しいということ。やや「険」があるもののそれなりに現代風なテイストでまとまったフロントはまだしも、妙に和洋折衷みたいで視覚的な安定感に欠けるリアはいただけない。空力性能重視でスポーツモデル並みに深い庇が特徴のルーフスポイラーと、パッソ以来トヨタ小型車のトレンドと化しているサイクルフェンダー風の下半身とがミスマッチで、まるで裾をからげた「奴」のようなのだ。そう思いませんか?  売れるクルマには建築同様、街の景観に対して責任があるとボクは思う。ホンダのインサイトといい、日産のリーフといい、HVやEV(電気自動車)は既存のクルマと中身の構造そのものが違ったり、マーケティング上の柵がなかったりすることから、本来はデザインの自由度が高いはずなのにそれができていない。見せてよね、「日本(メーカー/デザイナー)の底力」!

リーフの場合、本来ガソリンタンクが収まる位置にパワーバッテリーパックが組み込まれる。

古い革袋に新しい酒

そのEVで三菱のi-MiEV(アイ・ミーブ)とともに先行するのがリーフだが、新しい乗り物だからきっとそれなりの工場でと思いきや、意外にもそれは日産の中でも最も古い部類に属する横須賀の追浜工場で作られていた。

かつてはブルーバードの生まれ故郷として知られたが、現在はティーダを始めとする小型車を主力とし、リーフはなんとそれらと同じライン上でいわゆる混流生産されるのである。実際、現場を見ているとノートやジュークに混じって数台に1台といった感じでリーフが流れて来る。それもそのはず、パワーユニットを搭載する工程ではエンジンに代わってモーターやインバーターを押し込んでやればいいだけの話だから。この事実こそ、近代工業社会を象徴するアセンブリープラント(組み立て工場)の本質を衝いているように思えてならなかった。

1961年の操業開始から半世紀経った建屋はさすがに隅々まで油が染み込んだかのようで、イギリスの工場取材でも見たことがないほど古色蒼然とした雰囲気。雑多な機械の作動音や警告音が交錯し、まるでパチンコ屋の店内にでもいるようだ。そんなシーンの中からITの固まりのようなリーフが生まれるのである。そのせいか、すべての工程が時間どおりに、順番どおりに行なわれる日産独自の「同期生産方式」に従って必要な部署に必要なだけの部品を配って廻る無人の電動カートが妙に健気に見えたものだ。

「古くて新しい」追浜工場はグローバル展開を進める上でマザー工場の役割も。一般の見学も可。詳しくは「日産 追浜」で検索。
我が意を得たり

プレス向け試乗会の醍醐味は乗ったその場でエンジニアや企画担当者と直接話ができること。偶然だが、スズキのスイフトスポーツと同アルト エコのそれでは「話の通じる」技術者2人と出逢い、肝心の新型車そっちのけで(失礼!)クルマ談義に花を咲かせた。

スイフトが先代を機にそれまでと見違えるように良くなったのは我々モータージャーナリストの一致した評価だが、聞けば開発スタッフの中にドイツメーカー出身の外国人テスターを加え、その意見を参考にしつつ走行性能への要求が厳しいヨーロッパでのテストを徹底して行なったのだという。さもありなん。でなければ、ハンドリング(操縦性)に関して一見唐突にも見えるあれほどのブレークスルーはあり得なかったはずだ。

一方、軽自動車のアルト エコは涙ぐましいほど細かな改善努力の積み重ねにより非HV・在来型ガソリン車トップの低燃費、30.2km/ℓ(JC08モード)を誇るが、ライバルのダイハツ・ミラ イースに対して僅かコンマ2km/ℓ差というのがなんともいじましい。アイドリングストップ機構などとともにそれを支えるのが伝達効率の良いCVT(連続可変式自動変速機)だが、ボクには機械そのものよりもそれを担当した人物の方が興味深かった。

プレス向け試乗会。黄色はスイフトスポーツの定番カラーだというが、現実にはシルバーの方が断然引き締まって見えた。

日本のメーカーではデザイナーを別としてエンジニアはまだまだ終身雇用が当たり前。ところが彼はマツダを振り出しにサプライヤーのJATCO(旧日本自動変速機)を経てスズキに転籍した経歴の持ち主。その間にはマツダとの協業に伴ってアメリカのフォード本社も足繁く訪れている。日本のエンジニアは往々にして自社の枠に閉じ籠りがちで、その結果あろうことかテクニカルな話題でも「言葉が通じない」ことがあるが、むろん彼は違う。視野が広く考えが柔軟なのは話をしてみるとすぐに分かった。技術者にも社会性は必要なのである。

ところでスイフトスポーツそのものは当然ながらノーマルモデルに比べて明らかに速く、足腰も引き締まった印象だったが、同時に1台だけ会場に持ち込まれていた、より安くてライトなスポーティモデル、「RS」の方が断然好ましく感じられたのは少々不思議であり、皮肉でもあった。ノーマルエンジンとヨーロッパ向けの足回りを組み合わせただけのこのモデル、乗ってみるとやはりパワーは限られ、コーナーでは大きく傾くが、なにより持てる力を100%使い切ったという達成感、満足感がある。非力でグラッと傾く—ハテ、どこかで聞いたような……。そう、かつてのフランス車がまさにそうだった。

このほかマツダはHVやEVといった「飛び道具」を持たない代わりに既存の技術を徹底的に見直し、それを磨くことで新たな領域を目指す「SKYACTIVテクノロジー」を編み出した。ガソリンエンジンのほかにディーゼルも用意されるのが特徴。持続可能な移動社会への取り組みは各社それぞれであり、それを信じて加速し始めた今、日本のクルマはかつてなく生き生きとして見える。

アルト エコは全高が15mm低く、バンパーの形が新しく、タイヤの空気圧が高い。すべて燃費のため。
新世代ディーゼルが話題のマツダCX-5。あいにく、まだ試してません。