光隠居とミヤビちゃんのちょっと聞けない日本の雅 -日本の常識 - ~その25 雪下芹伸~
(2010.12.29)
白川 光(しらかわ ひかる)翁(おう)は、この町が出来た20年前に都内台東区から区画整理でこの町に夫婦で引っ越してきた、今年77の喜寿を迎えた品の良いおじいさん。引っ越してきた当初から町づくりに奔走し、近所付き合いの希薄なこの町にあって、唯一(ゆいいつ)『ご隠居(ごいんきょ)』と云われている。
『ご隠居』この言葉、今はとうに無くなった言葉だが、朝一番に起きて着流しのまま向う三軒両隣の道を竹箒で掃き清め、誰彼構わずおはよう!と声を掛けるので、何時しか『ご隠居』とこの古めかしい渾名がついたというわけだ。『ご隠居』は子ども達の面倒も早い頃からみていて、足腰の達者だった頃から少年ソフトボールチームの監督もこなし、また近所の少女や悪童を集め手習いも教えていた関係で、町の真ん中にある家には、子ども達の声が止まない。先年妻を看取った。今は独居老人である。どうやら血筋も良いと云う噂だ。
そんな『ご隠居』が心配で止まない『雅(ミヤビ)』と云う少女が居た。
『ミヤビ』の両親は15年前からこの町に住んでいる。典型的な核家族。共働きで凡そ子どもの面倒は見られない。たまたま『ご隠居』の隣に住んでいた手前、小さい頃は母親がパートから帰ってくるまで『ご隠居』の家で老夫婦と時間を過ごした。中学生になる今でも、『ご隠居』の話し相手になっている。
光隠居 今年も無事に年が過ぎたな~……。
ミヤビ お年寄りに云うのもなんだけど、随分年寄り臭いことを言うのね。
光隠居 無事を言祝いで、何の躊躇がいろうや!この町に住んで、年々歳々色々なことがあったが、こうやって今年も無事に過ごせたのも、ミヤビのご家族や町の人の助けがあったからこそ。また来年も無事で過ごせるを祈って、今年を慈しむ。これこそが、人のあるべき姿だと思わんか?
ミヤビ ママからは勉強しろ勉強しろと追い立てられ、パパはちょっと男の子の話をすると根掘り葉掘り追及され、隣の御隠居様は美味しいお菓子を一寸頂いているだけで呆れられ……、今年も何だかヘンテコな年だったな~……。
光隠居 ヘンテコとはお前さんの事で、ママもパパも儂も決してヘンテコではないわ!真っ当なのは儂等の方だわ。
ミヤビ ……。
それにしても、落合庵遅いわね~。さっき電話したら今出ましたって言ってたのに、もう三十分は経ってるわ!
光隠居 今日蕎麦屋は大忙しじゃろうに。そう齷齪せずとも必ず来るわい。
ミヤビ 腹ぺこで、御隠居に立ち向かうエネルギーが欠乏しちゃうわ!
光隠居 討ち入りでもあるまいし、立ち向かう等と勇ましい事を年頃の娘が云う物ではないわ。そら!自転車のブレーキ音が聞こえたわ!
落合庵 お待たせしました御隠居~!!!!!
光隠居 おうおう、蕎麦がのびては居ないか心配したぞい!大晦日の忙しい日に、御苦労でした。
ミヤビ 御隠居の方が、お腹すいてたんじゃない?!落合庵さんご苦労様でした。
光隠居 ミヤビちゃん! 今年も御隠居と年越し蕎麦かい?どおりで、御隠居はお独り住まいなのに、注文が三つってのは不思議だな~って店の者が云ってたが、合点がいった!
ミヤビ 二つ頼んだのは私じゃありません!
光隠居 これ! 落合庵。年頃の娘の大食いを詰るでない。実は、モリを一枚余分に頼んだは、死んだ婆さんが落合庵の蕎麦が好きだったので、一緒に頂こうと思ったのよ。
落合庵 これはとんだ失礼を! 奥さまには大層可愛がって頂きました。配達も遅くなりましたので、モリ一枚、私から奥さまに御馳走させて頂きます。
光隠居 いやいや。お気持ちは頂戴しますが、どうせ仏前に供え線香を上げて鈴を鳴らしたなら直に、ミヤビのお腹に納まってしまいますから、その御心だけ頂戴します。
ミヤビ しっ失礼な! 美味しいお蕎麦をお供えしたまま置いていたら、それこそ光ママに叱られます!光ママ。ミヤビがちゃんと頂きますよ(合掌)
光隠居 呆れて物も云えないわ!。こう云う事じゃ。落合庵。お代は御幾らかな?
落合庵 相変わらず、お楽しいお二人だ。では、丁度二千円になります。どうぞ、御蕎麦にお宝を絡めて下さいませ。
ミヤビ そうだ! ご隠居。なぜ年越しはお蕎麦なの?
落合庵 お~! 始まったね! ミヤビちゃんのナゼナゼ攻撃! この辺で退散します。お二方とも、どうぞよいお年越しを!
今年のこの二人は、相変らす凸凹で暮れてゆく……。