Tesla Model S体験記 from シリコンバレー滑るように走る電気自動車の中で
未来に参加することについて考えた。
(2013.05.16)
突然のシリコンバレー行きを決めた本当の理由とは。
きっかけは、シリコンバレー在住の友人からの一通のメッセージだった。 「3年待ったTesla Model Sの納車が今月末だって連絡があったんだけど。見に来ない?」
Tesla。米国・シリコンバレーを拠点にイーロン・マスクが率いるTesla Motorsで生産する電気自動車。Model Sは、初代ロードスターに続いて生産されるセダンタイプだ。米国でもまだ出荷が始まったばかりだと聞く。
私はこれまでとくに車に興味があったわけではない。にもかかわらずTeslaにワクワクと気持ちが動いていたのは、車の性能といった部分ではなく「ダッシュボードに搭載される17インチのディスプレイでさまざまな操作が可能」「iPhoneアプリで車から離れていても解錠・施錠、充電のチェック、空調のコントロールなどができる」といった、なんともガジェットオタク心(私のことです)をくすぐるそのスペックのせいだった。しかもこの車、まだ日本の道路は走っていない。
とはいえ、示された日付は約3週間後。どうする。仕事の予定は動かせるのか。今からなんとかなるのか。躊躇していた私の背中をポンと押したのは友人のこのひとことだった。
「ワサモンはやっぱり、見にくるよね!」
友人とは、Evernote日本法人chairmanの外村仁氏。同じ熊本の出身である。「ワサモン」とは、熊本の言葉で「新しいもの好き」という意味。こう言われたなら、行かんと熊本人が廃るけんね。行かなんよね。というわけで、なんとか金曜と月曜の予定を空け、たった4日間のシリコンバレー行きの算段がついたのは、出発のほんの10日前のことだった。
羽田0:05 発JAL 002便。このフライトで、東京からのサンフランシスコ行きがとても楽になったと聞いていた。私もこの便を選んだ。21時まで東銀座の会社で仕事をしていたけれど、それからでも十分に間に合う。いい時代になったものだ。
飛行機に乗り込んで、シャンパンをお願いし、いやいや今日もお疲れさま私、なーんて手酌をやっていると、すぐに心地よい眠りがやってくる。ぐっすり眠って、目覚めるともうそこはサンフランシスコ上空だ。時は夕刻。近い! 西海岸って、こんなに近かったんだね。すごいぞJAL便!
滑るように走る、というファーストインプレッション。
翌日、フリーモントにあるTesla Motorsの工場に出かけた。サンフランシスコ中心部から南東へ約50km。シリコンバレーからサンフランシスコ湾を挟んだ対岸だ。
ここまで出かけたのには理由がある。外村氏がModel Sの納車に「工場まで受け取りに行く」という方法を選んだのだ。米国では、Teslaのオーナー&フレンズは工場が見学できるというオプションがある。この日は納車を兼ねて工場を見学することになっていた。
写真撮影は禁止ながらも、この電気自動車がつくられる工程をたっぷりと解説していただきながら見せてもらい(イーロン・マスクがいつも座っているデスクも見せてもらった!)、満足。いよいよ鍵をもらった外村氏とModel Sに乗り込み、工場を後にする。出発。
……あ。動き出したことに驚いた。もう、エンジン、かかってるんだ。そんな滑り出しだった。そう、「滑るように走る車」。私のファーストインプレッションはそんな言葉。
まず、当たり前だけど、「車に乗っている」と感じるあのエンジン音がしない(ここまで乗せてきてもらったPRIUSも静かだったが、その比ではなかった)。そして、その加速のよさ! 公式発表によると、最高パフォーマンスで0-100kmがなんと4.4秒。スーパーカー並みじゃないか。
納車の後は、レッドウッドシティのEvernote本社へ。ここには電気自動車の充電ネットワークの1つである「blink」の充電器が12台設置されている。シリコンバレーでもずいぶん早かったという。一般にもオープンにすると、設置費用を公的に補助してくれる仕組みになっているのだそうだ。なるほど。
買い物や食事の間にチャージした電気はアプリでチェック。
翌日、フリーモントからさらに南へ30kmほど下ったサンノゼにある、ハイエンドなストリート型ショッピングモール、サンタナ・ローへ出かけた。Teslaでは、ショールームをブティックと同じように配置するという試みをおこなっている。最新のコレクションを並べたブティックの隣に車のショールーム。つまり、この車はファッションと同じようなライフスタイル・アイテムであるというメッセージだ。
その後、さらに南へ40kmほど南下したところにあるギルロイへ走った。見たかったのは、これから全米に張り巡らせる予定だというTeslaスーパーチャージャー。通常の240Vシステムでは6〜8時間かかる充電が、なんと約30分で完了するという、まさにスーパーなチャージ力! しかも無料。今後は、ステーションの電力の太陽エネルギー比率をさらに高めていくそうだ。
このスーパーチャージャー、現在は西海外と東海岸の9か所に設置されているが、2015年には100か所に増やすとしている。
ロードサイドのレストラン、カフェ、アウトレットなど、立ち寄るのに楽しい施設につくっていく予定といい、今回はギルロイ・プレミアム・アウトレットに行ってみた。おもしろかったのが、近づくにつれ、ハイウェイの右にも左にもTeslaが走っているのに気がついたこと。しかも、オーナー同士は楽しそうに笑顔など交わしている。手を振ったりね。「君もTeslaオーナーなんだねー!」という気持ちなんだろうな。
彼らの目的地は同じスーパーチャージャー。私たちが到着したときにはすでにいっぱいで、ずらりとTeslaが並ぶ様は壮観だった。隣に停めたオーナーと言葉を交わしたりしながら、「アメリカのワサモン」たちの様子を観察する。なんだか不思議な一体感。
ランチして、アウトレットで買い物などしているうちに、アプリでチェックするともう満充電になっている。少し暑いから乗り込む前に空調を下げておこう、なんてことも遠隔操作できてしまう。これは便利……というか、これ、未来だ!
小さい頃に夢見ていた以上の未来が、たしかに、ここに現実になっているのだった。素敵!!
自分の行動が未来をつくる、という素敵な考え方。
2日間、駆け足で体験してきたTesla Model Sだったけれど、外村氏に、いちばん尋ねたかったことを最後に聞いてみた。
——なぜ、この車を選んだの?
「イノベーションが立て続けにおこり、“世界を変える”とてらいもなく口にする人に囲まれてシリコンバレーに暮らしていると、自分もその世界を変える一端に参加したくなるわけ。一つは自分で技術をつくったり会社を興したりすること。
もう一つは、そういう人を応援すること。そのために一番手っ取り早いのは、そういう志のあるベンチャーのサービスや商品を買うことだよね。
そういうメンタリティでいる中、素晴らしいビジョンと生き様で、かつ実行力のあるイーロン・マスクは、まさにポスト・ジョブズで、応援したい人のトップ。
彼が興した事業だったら、ぜひその発展の一翼を担いたい。だったら、ちょっと無理しても買うかな、と思う人は当地にはかなり多いと思う。ま、純粋にかっこいいし、未来に乗っている、買っている感じがするというのも、もちろんあるよ。
Teslaは、スタイルや走りといった本来の車の基本性能を妥協せずつくられていて、未来技術を味わえる希有な例。買うでしょう!」
との明快な返答。そうか、ただの「新しいもの好き」、ということではなく、そこには“未来を応援する”という意味があったのね。
実は私、このときに聞いた、「志あるベンチャーのサービスや商品を買うことで未来に参加する」という考え方に、がつんと衝撃を受けた。そう、そうだったんだよ!
これまでも、たとえば、服のブランドを興した友人や、エシカルなものづくりを目指してジュエリーやバッグを途上国で生産している友人などの商品を可能な限り買ったり身につけたりして、ささやかな応援をしてきた、つもりだ。友人たちが開発にかかわっているアプリやWebサービスを使ったりも。
それって、「未来に参加すること」だったんだ! 言葉にしてもらって、ストンと腑に落ちた。
未来の風景を作っていくのは私たち自身である。
車は、移動のための必需品という一面もあるけれど、これから、特に私たちのような「特に車がなくても生活に困らない」環境にいる人たちにとっては、プラスアルファが必要。つまり、ライフスタイルの一部として選ばれるものになっていくと思う。ガソリンを使わないことで環境に配慮しているところが素敵、ということでも、ガジェット感たっぷりでカッコいい、でもなんでも、きっかけになり得る。
そう、まさにライフスタイル・アイテムなのだ。私たちの生活を彩るもの。ワクワクするもの。そしていちばん大切なのが、理念あるものづくりをしている企業を応援することで未来に参加しているという気持ち。それを選ぶのは、私たちの積極的な意思である。
この取材の印象を俳句にしてみた。
その先へ追ひ越してゆく春疾風(はるはやて)
その先へ、もっと先へ。その車は春疾風のように追い越していく。滑るように。その先に見えるものは、何? それを作るのは私たち自身。いま、この瞬間からだって作っていける、未来という名の風景。
新しい車の体験を通じて、いろんなことを考えさせてもらった。うん、やっぱり行って良かった。
さて、私は今日から、どういう未来の風景を作っていこうか。
Tesla Model Sの車としてのスペックやインプレッションは枻出版社のデジタルマガジン『Flick!』5/10発売号に掲載されているので、ご興味ある方はそちらもどうぞ!http://ebook.sideriver.com/magazine/flick