光隠居とミヤビちゃんのちょっと聞けない日本の雅 -日本の常識 - ~その22 蒙霧升降蜩鳴(ふかきりふりそそぎ、ひぐらしのなく)~

(2010.08.04)

毎日暑い日が続くが、暦では秋の到来を指し、軒渡りの風に蚊遣り線香の香りが鼻腔を掠める。東京のベッドタウン月桜町の盛夏は、通年で一番華やかになる。夏休み前の新盆の一時、この町は新興住宅地として歴史を刻むべく、毎年町を挙げての行事をする。

そんな忙しい街を余所に、町のほぼ真ん中に住まう白川光翁(通称ご隠居)とその隣に住むミヤビは年齢差を微塵も感じず、翁の家の縁側で色々な夏野菜や果物、色とりどりの紙や竹の拵え物を手に精霊棚を作りながら、何やら暑苦しい話をしていた。
 

光隠居 ミヤビ。今年の夏は、何かパパとママから聞いているのかね?

ミヤビ それって、夏休みの計画の事かしら?

光隠居 ほかに何があるのだ? まあ、お年頃ゆえ、どこぞの悪仲間と海や山という話もあろうが、普段のお前さんを見ている限り、そんなことは無さそうだし、強いて言えば林間学校位だろう。ご両親は田舎に戻られるのか?

ミヤビ なんかパパもママも忙しいらしくて、今年も田舎には帰られないって言っていた気がするわ。どうせ田舎に行っても、もうお爺ちゃんやお婆ちゃんも居ないし、伯父さんの家で窮屈な思いをするくらいなら、こっちにいた方が私はいいわ! 

光隠居 たまには御爺様や御婆様の墓詣りをして、ミヤビが元気であることを報告しても良さげではあるが、両親が忙しいのなら仕方あるまい。

ミヤビ ご隠居こそ、お墓参りには行くんでしょ! 私も連れて行ってほしいわ。

光隠居 自分の家の墓参りを棚に上げて、うちの婆さんの墓参りをさせるのは気が引けるが、ミヤビが行ってくれたら喜ぶだろうな。

ミヤビ そうでしょ~。ご隠居ママもご隠居が行くより私が行った方が、きっと喜ばれると思うわ!

光隠居 今年は夏越の祓も七夕も無事に済ませたし、御精霊様(おしょうらさま)を迎えに行くか。

ミヤビ ご隠居が毎年云う『御精霊様』ってご隠居ママの事でしょ?

光隠居 婆さんの事だけではなく、先祖代々の方々の事さ。お盆にこちらの世界に戻ってこられるのは何も婆さんだけじゃなく、ずーっと昔の我々の先祖もこの期間は戻ってこられる。その棚に置いてある字の書いた木札を『御位牌』と云うんだが、そこを読んでご覧。『白川家先祖代々之御霊位』って書いてあるだろ。

ミヤビ 本当だ! じゃあ、このおうちはあの世から帰られた先祖様達で一杯になっちゃうね。

光隠居 もし実体があれば、こんな小さな家では入りきらん! しかし、霊魂になっていらっしゃるから、その『御位牌』くらいに治まっていられる。ミヤビが心配しなくても、先祖様の方で気を使って下さっているわ!

ミヤビ なんで御精霊様を『おしょうらさま』って云うの?

光隠居 お盆の入りの日にお墓参りをして、お墓やその周りを綺麗にお掃除した後、先祖様を背中に背負って帰ってくる。墓参りの途中に寄り道せずに、先祖様を背負って来るから『おしょうら』様さ。

ミヤビ じゃあ、途中で寄り道をしたら?

光隠居の話に、また変梃りんな質問をしたミヤビに……。

つづく