道田宣和のさすてーなモビリティ vol. 7“i”がいっぱいの、
BMW(私的)大運動会 〜その1 〜

(2013.01.10)

iは愛かも

やっぱりそうだったんだ。iPS細胞の“i”だけが小文字なのは、当時人気だったiPodにあやかって人々の間で広く親しまれるようにとの想いを込め、山中教授自ら選んだネーミングなのだという。ボクなんかはそれを聞いただけでこのノーベル賞に輝いた碩学がまるで近所の顔見知りかなにかのように一気に身近に感じられたものだ。

話変わって、こちらは昨年10月初旬の六本木ヒルズ。ここにも“i”が溢れていた。2013年末から順次発売されることになっているBMWのEV(電気自動車)、その名も“iシリーズ”が世界的な事前キャンペーンの一環として日本にも送り込まれ、あたかもそのクリーンさと先進性を誇示するかのように、「天空に一番近い」森タワー52階の東京スカイビューで公開されたのだ。

iは新しい

展示されたのはMINIと同等サイズの小型実用車、“i3”ときらびやかなスポーツクーペの“i8”。この場合“i”はinnovationやintelligenceを意味するそうだが、確かにそう胸を張るだけのことはある。単にEVであるだけでなく、クルマ作りの方法そのものがこれまでとはガラリと異なり、驚きに満ちているからだ。クルマとしての“i”はそれぞれがひとつのユニットとして完結する、ふたつの“モジュール”から成っている。

まずモーターやバッテリー、ステアリング、サスペンション、ブレーキなどが内包され、走行機能を担うのが“ドライブ・モジュール”。いわば「走る土台」だ。その上にスッポリと被せられるのが居住空間としての“ライフ・モジュール”。こちらはバッテリーの搭載などで必然的に重くなるEVの車重を一気に改善するため、レーシングカーやスーパーカーでは先例があるものの量産車では初となるフル・カーボンファイバー(CFRP)製ボディを採用している。イメージとしては「地上に降りたボーイング787」に近いかもしれない。

それほど高度な先進技術を投入してコストや生産性はどうなるのかと心配になるところだが、一番のカギとなるCFRPについてはすでに画期的な生産方法が確立され、問題は解決済みだと言う。

“BMW i. BORN ELECTRIC TOUR”と銘打たれたプリキャンペーンのワールドツアーは地元ドイツ(なぜかミュンヘンではなくデュッセルドルフ)を皮切りに、ロンドン、パリ、ローマ、ニューヨーク、東京、上海の大都市7ヵ所を巡った。
iは依然歓びか?

それにしてもBMWとEVの取り合わせに意外性を感じたり、違和感を覚えたりする読者も多いのではないか。

少なくともこれまではBMWの魅力=エンジンの魅力と言っても過言ではなかったのだから(メーカーは例の「フロイデ・アム・ファーレン=駆け抜ける歓び」と表現)。けれどもこれからの時代、サステイナビリティ=持続可能性が避けて通れない課題である以上、BMWとしてはだからこそ逸早くしかも真正面からそれに取り組み、それをリードすること自体が「新たなるプレミアムの創造」に繋がるのだと、企業理念そのものを再定義したのだった。その最初のブレーンチャイルドがi3やi8というわけだから、これはもう試乗が楽しみでないわけがない。果たして「並みのEV」とはどこがどう違うのか……。

i8(コンセプト)はBMW自身が「最も進化したプレミアム・スポーツカー」と言うからには、とかくしみったれたイメージがつきまといがちな環境車の概念をはるかに超えているはず。モーターのほかに3気筒ターボエンジンを備えるプラグイン・ハイブリッドで、0-100km/h加速はたったの4.6秒しか要さず、掛け値なしにスーパーカー並み。ガイドを務めるのはこの日のために駆り出されたイタル-ジャーマンのラウラ・スージオちゃん。
iにまみれて

と、ここまで読んできて、あれっいつものBMWとは違う、“i”の付く位置が逆じゃんと思った方、その通りです。現行のセダンやクーペのガソリン車はすべてiが後ろの方に付いているからです。例えば3シリーズの2ℓモデルはシリーズ名の“3”+排気量を100ccで割った“20”+インジェクションの“i”で“320i”、5シリーズの2.8ℓモデルは528iというように。だからそのiはなんなのかと言えば、ぶっちゃけ、なんでもありません。強いて言えば人間の尾てい骨、つまり昔サルだった時の名残りです。

そもそもは燃料噴射のiだった

キャブレター(気化器)全盛時代に(機械式の)燃料噴射装置(injection)を装着して高性能を誇った1960〜70年代の名車、“2002 tii”が有名かつ象徴的な存在ですが、それ以降BMW各車は急速に燃料噴射化が進み、現在(電子制御式に進化)はもちろんのことすでに1980年代半ば頃にはほとんどすべてのガソリン車がインジェクション化されていました。にもかかわらず、未だにえんえんそれを引き摺っているのは、これはもう、そのこと自体がBMWのアイデンティティと化しているからにほかなりません。

ですからそれ以降、やがて“IT”の言葉が生まれ、アップルの“iシリーズ”が登場したりして、どことなく“i”という文字にフレッシュでスマートな響きが備わるまでは、むしろいささかダサく、冗長な感が免れなかったというのが正直なところです。世の中なにが幸いするか分かりませんね。

因みにディーゼル車は今度の320dのように末尾がdで表記されます。また上記tiiの前半分、“ti”はツーリング・インターナショナル、つまりヨーロッパを縦横に駆け巡るための高性能高速車を意味し、さらに蛇足序でに言えばメルセデスも以前はBMWのiと同様、ドイツ語で燃料噴射を意味するEinspritzungの“E”をやはり3桁の数字(こちらは10cc単位)の後に付けていた時代がありました。

例えばポルシェと共同開発した5ℓV8エンジン付きのミディアムクラスは“500E”と呼ばれていたのです。ただし、メルセデスは後でシリーズ名を示す“Eクラス”の称号ができたため(おかげで同じクルマが改名して“E500”になっちゃった!)、それとの混同を避けて使わなくなった(“E500E”とは言わない)のは周知のとおりです。

大都市にこそ最適とされるi3(コンセプト)は別名“メガシティ・ビークル”と呼ばれる純粋なEVで、航続距離は通常の運転条件なら130-160km。下の白っぽく見えるのが“ドライブ・モジュール”、上の黒っぽいのがCFRPによる“ライフ・モジュール”。展示のため両者の間をわざと空けている。今回はこのモノコックモデル(外皮を外した骨格部分)が初披露されたが、どうやらスタイルを含めて90%方はこのままで生産されるらしい。
「いつもの」iは?

iから始まる新シリーズはMINIと同様、BMWグループの新たな(EV専用)サブブランドとして東京を含む世界の大都市を中心に展開されるはずです。つまり既存のBMWブランド各車とは別建てなので、そちらがこれまでどおりなのは言うまでもありません。いや、「これまでどおり」どころかこれまで以上と言うべきでしょう。この1年ちょっとの間だけでも、1シリーズのフルモデルチェンジに始まり、X5へのディーゼル追加、6シリーズ・グランクーペのデビュー、大黒柱3シリーズの全面改良、さらにはMINIクーペ/ロードスターの登場等々、きわめて意欲的でした。

注目すべきはそこでも着実に、そしてクルマによっては驚くほど劇的なサステイナビリティのための変革が認められることです。「駆け抜ける歓び」を身上とするBMWが自らエンジンの“ダウンサイジング”に踏み切った3シリーズなどはその典型でしょう。幸いボクはそれらのほぼすべてを試す機会に恵まれました。「BMW三昧」の次回続篇はそのインプレッションと行きましょう。