光隠居とミヤビちゃんのちょっと聞けない日本の雅 -日本の常識 - ~その11 桃花初綻~
(2010.03.09)弥生(3月)の朔の日(1日)、東京のベッドタウン月桜町のほぼ中央に位置する白川 光翁の家では、老棟梁『横井』を挟んで、いつもの二人が棟梁の話を聞き入っている……。
光隠居(以下光) ミヤビ。そもそもお雛様はね、子どもの病気や災いを御払いする為に、紙で作って川に流して居たんだ。今はひな人形を飾る為に触る事で、悪い物をお人形に吸ってもらっているんだよ。
ミヤビ(以下ミ) へ~……。じゃあ、隠居ママ(亡妻)が毎年一緒に飾ろうって誘ってくれてたのは、やっぱりミヤビ の事を考えていてくれていたんだね~……。
棟梁(以下棟) そうさ。ミヤビちゃん! この御殿雛、今はミヤビちゃんの為にこさえているのさ。
光 棟梁! 少し窘める様に小声でいう。
棟 光様。そろそろお話しになってもいいんじゃないですかい。ミヤビちゃんもこんなに聡明に育たれている。お嬢様(亡妻)のお気持ちをお話し下さいまし。
ミ なになに?
目を輝かせて光隠居を見るミヤビ。
光 ん~……。棟梁がそこまで云うなら、一つ一つ噛み砕いて話そうか……。 渋々口を開く。
ミ なになに?
相変わらず草餅を手にしながら畳みかけるミヤビ。
光 ミヤビ。あのお雛様の一番下にある黒い長い箱は、なんて云う名前だった?
ミ ん~……。確か~……『長持(ながもち)』。あの中には生活の御道具やお着物を入れて居たんでしょ! 隠居ママに教わった。
光 じゃあ、その横にあるガッツポーズしている黒い箱は?
ミ ガッツポーズ~? あー……。『お針箱』の事ね。一番上の赤い処に針を刺しておくんだって。
光 じゃあ、下にある道具を御仕舞する時は、どうするんだったっけ?
ミ 隠居ママがいつも言っていたわ! 漆で塗った物を御仕舞する時は、乾いた柔らかいお布巾で綺麗に拭いて、その後に柔らかい和紙で一つ一つ丁寧にお包みして、御箱に御仕舞する。ミヤビ、御正月のお重箱を御仕舞する時も、隠居ママに教わった通りやったわ!
棟 へっえ~……。こんりゃ驚いた! ミヤビちゃん。良く覚えていなさるね~……。感心したぜ!
ミ だって~、隠居ママが毎年毎年ずーっと同じ事を教えてくれたもの~。覚えちゃうわよ~。それに、このお雛様、とても可愛くて素敵だし、いつまでも綺麗にしておくと、また来年出すのが楽しみになるでしょって言ってたもん。ね~、ご隠居!
そんなミヤビを見て、光翁は少し目じりを潤ます。
光 ミヤビ。お雛様には、どうして桃の花を御供えするか知っているかい?
棟 光様。俺もそれをずっと不思議に思っていましたんでさー。
照れ臭そうな棟梁。
光 意外な事を棟梁も言うな~……。
そう云って目を丸くするご隠居。
ミ ピンクで可愛いし、実は美味しいからじゃない?
光 やっぱり食べ物かい! 棟梁も聞きたいと仰ってくれるから、お話ししましょうか。
棟 へい! うけたまわります。どんな経緯で?
ミ お雛様は、可愛いピンクのお花がお好きだっていうのに違いないわ! だいたいいつも勿体つけて、節分のお菓子も私に投げてくれなかったし……。
棟 これこれミヤビちゃん、光様のお話を聞こうぜ!
つづく