梵(ぼん)な道具を聴いてみる。 第六回 白露:夜長、杯に満たすしらつゆの
座を司る膳の豊かさ、そして功徳。

(2012.09.03)

「梵(ぼん)な道具を聴いてみる」第六回は、朝鮮の膳をご紹介。
杯を重ねるごとに深まる膳への愛着は、そのまま韓国の豊かな食文化に繋がっている。
テーブルの生活が主流となった今こそ、膳に箸を置く生活を見直してみたい。

朝鮮文化の功労者たち。

今夏より全国で公開されている映画『白磁の人』の主人公、浅川伯教・巧兄弟をご存知だろうか。日韓併合時代にあって京城(ソウル)に住みながら朝鮮の文化と人々を愛し、素晴らしき工芸を日本に紹介した功労者である。柳宗悦が朝鮮の工芸に目を向けるきっかけを作り、後に朝鮮民族美術館の設立にも大きな役割を果たした。弟の巧は林業技師として荒廃した韓国の山々の緑化、研究に奔走しながら、朝鮮工芸に関する数々の著書を発表。中でも朝鮮の膳を図説付きで紹介・説明した著書『朝鮮の膳』は行間から朝鮮膳への愛が漏れだしてくる素晴らしい著作である(現在は岩波文庫の『朝鮮民芸論集』 浅川 巧 著/高崎宗司 編に所収)。

日韓友好の絆が崩壊していた情勢においてもなお、朝鮮人に愛された浅川伯教・巧兄弟。殊に巧はなぜここまで朝鮮膳に魅せられたのか。その答えは、やはり朝鮮膳に聞いてみるしかない。まずは朝鮮膳の形状や機能について観察してみよう。
 

朝鮮の膳は小盤(ソバン)。

韓国では膳そのものを小盤(ソバン)といい、膳で食事をする時は床(サン)と呼ぶ。これは床で食事をするということ(=膳で食べる)ことからの総称である。かつて韓国では膳は食事に欠かせぬものとして一家に相当数の膳が購われたが、現在はテーブルや座卓主流の文化、つまり我が国とほぼ同じ運命を辿っている。

韓国の膳文化が衰退した最大のきっかけは時の大統領、朴正煕が1970年に提唱した「セマウル運動(新しい村運動)」ではないかと思う。韓国国民へ新しい生活への自発的な精神革命を要求し、労働生産を向上させ更に暮らしやすい農村を目指したため運動以降は村にも合理化の波が押し寄せ、村からはたくさんの膳が売りに出され、または壊され焚付けにされた。

我が国に目を移すと明治維新以降、会食文化の波が押し寄せ衰退したが、かつて大抵の家庭には膳(箱膳、または銘々膳と呼ばれるもの)が存在した。(各家庭のスタイルに関わることで、しかも地方差があるため明言は避けるべきだが)膳文化が主流の江戸時代以降、昭和中頃くらいまではその名残があったらしい。食事は床に座って(女性は正座して)膳を前に粛々と進行した。基本は一汁一菜、来客時などは酒肴から最後の白飯までいくつかの膳で供したとも聞く。

似たような運命を辿った両国の膳。しかし両国の膳については構造上の決定的な相違点がある。それは膳の「高さ」である。我が国では食事は皿や碗を手で持ち上げる習慣があるため、特にあぐらをかく男性用の膳の「足」が低い。例外はあるが、せいぜい6〜10センチ程度である。それに比べて韓国の「足」は高い。平均20センチはあるのではないか。これは食事の際、食器を持ち上げることが行儀の悪いことだとされるため、食べやすいように高く設定されているのである。しかし、この平均20センチが茶や酒を嗜むのに大変心地がよいのである。

巧は朝鮮の膳が「用の美」に叶い、また美に叶うことが人の心を豊かにすることを信じて膳を蒐集し、朝鮮工芸の素晴らしさを我が国に伝え続けたが、1931年(昭和6年)4月に急性肺炎のため早すぎる死を京城で迎えた。享年41歳。かつて林業試験場があった清凉里の、青々とした梢を見上げながら眠っている。

轆轤びきの小盤。

写真の小盤は一木をまるごと轆轤(ろくろ)びきにしたもので、食事の膳というより恐らく供物台のひとつではないかと思っている。材が比較的柔らかく、恐らくミズナラかハンノキであろう。材の水分が抜けることにより盤面が歪み、傷みはあるものの却って気軽に付き合えるのが魅力だ。いわずもがな食器や花器が大変映え、日々重宝している。

我が国の膳の手本は恐らく供物台(或いは高杯)であり、それとてかつては高区麗あたりから将来されたものが洗練したのであろう。膳も人も元は兄弟である。昨今、島の取り合いで意地を張り合う両国に、新しい風が吹かんことを祈るばかりである。

〈白露〉に聴きたい音楽

『三十弦』宮下伸

和琴奏者の第一人者が、邦楽の「枠」をも軽々と超えてしまった破格の代表作。和琴は弥生時代より祭祀の道具として既に存在したが、奈良時代に中国から同様の楽器が将来されることで、二つの弦楽器の要素がミックスされ独自の洗練を極めた弦楽器である。宮下はその和琴のダイナミズムをブラッシュアップさせたが超絶技巧を要する<三十弦>を操ることのみならず「現代に聴かれるべき邦楽」へと結実させた。中でもパーカッショニストの吉原すみれとタッグを組んだ「積」は、幾重にも重なった緊張感と無限の色彩がスピーカーから飛び出してくる。また、凛とした佇まいの「正倉院」は秋の月夜に相応しく。豊かな余白が幽玄の世界へと誘ってくれる。秋の夜長、韓国の伽耶琴(カヤグム)の散調を聴く風流は捨てがたいが、日々あまり触れる機会のない我が国の伝統楽器の粋を楽しまれては如何であろう。

Bon Antiques展示会情報

9月22日(土) 〜10月1日(月)「夜想的喫茶 – Ⅰ –」
夜長の秋、Bon Antiquesがお届けする古物展は「お茶で遊ぶ」をテーマに、厳選した古道具と現代工芸、秋草に似合う寂びた花器や古材等をご用意し、展示即売します。会期中、店主が全日在廊してお迎え致します。
場所:208(大阪市中央区博労町 4-3-14 柴田ビル 208)
時間:12:00〜20:00(火曜日は定休日のため閉廊します)