梵(ぼん)な道具を聴いてみる。 第七回 寒露:静かに朽ちゆく明治の木馬。
夜長に遊ぶ、想像遊戯としての骨董。

(2012.10.05)

「梵(ぼん)な道具を聴いてみる」第七回は、明治期の木馬をご紹介。
朽ちてもなお力がみなぎるモデリングは、子供に仕え続けた玩具としての本分を終え、
仏性すら感じる姿へと変貌する。
木馬が空目するのはいよいよ高くなる鰯雲か、それとも……。

木馬の初源。

日本の木馬の歴史は神馬(じんめ、或いはしんめ)に始まるとされる。奈良時代から、祈願のために馬を奉納する習わしがあったが、馬は高価で献納する側の金銭的負担が大きく、奉納された側としても小規模な神社であれば馬の世話などに負担がかかるという理由で徐々に廃れていく。代わりに等身大の木馬を奉納することが祈願の行いとなったが結果的には奉納の対象としては更に小型化され、藁馬や絵馬という形に結実する。

しかし平安時代に編纂された延喜式(えんぎしき)という格式によると、雨を願う時は黒毛の馬を、晴れを願う時は白毛の馬を献納したと書かれており、また戦国時代では戦争の勝利を願って馬を奉納したと記録が残っている。利便性や経済性を優先しつつも、やはり心の深いところで生きた馬とコミットしたいという欲求があったのだろうか。
 

玩具としての木馬。

神社への奉納物として馬は様々な形に姿を変えて存在すると書いたが、リアルな馬のように大きくはなくても「いつでも馬に跨がれる」という体験を約束してくれる木製玩具はいつ頃から存在するのだろう。郷土玩具の資料は様々出版されているが木馬については歴史的資料が乏しく、成り立ちの特定が難しい。恐らく江戸から明治期にかけて東北や信州など人と馬の距離が比較的近い環境下、独自に発生したものと思われる。

当時ヒーロー視されていた馬といえば、軍馬である。壮麗に着飾って戦場を駆け抜ける馬は子供たちのアイドルであり、戦場では貴重な動力源となり、死んでもなお人間に栄養とスタミナを与えてくれる。ある意味では人より大きな存在であり、馬の魅力に背を向ける人間などいなかった。つまり、玩具としての木馬は奉納された神馬ではなく戦場を駆け抜ける軍馬をモチーフにしているのは明白であり、そういう意味ではスポーツカーに大枚をはたく大人たち、或いは鉄道にフェティシズムを感じる子供と同様の眼差しを受けていたのかも知れない。

明治期の木馬。

写真の木馬は明治期のものである。かつては土塗りの肉付けがあり、駿馬の姿をありありと見ることができたのであろう。子供向けの玩具としてはかなり高価で、当時は豪商や士族の子供の家計でしか購うことができなかったと想像する。四肢を支える底板には車輪がセットされており、洋装した童子が馬に跨がり広い廊下を疾走している姿が目に浮かぶ。

現在は骨が剥き出しになっている状態だが木組みが軍馬の体躯をよく表現しており、簡素でありながら力感を感じる造形が素晴らしい。しかし木彫の流れ仏のような哀愁に溢れており、どこか視点が中空を彷徨っている感じである。しかし玩具としての本分を終え、ますます性が抜けて「本地垂迹」の様相すら見せている。神馬が陳腐化して形式的な絵馬となり、玩具の木馬に「仏性」の顕現を見るジレンマ。天高く、馬肥ゆる秋、夜長の想像遊戯は止まることを知らない。

寒露に聴きたい音楽

『Home』ghost and tape

明るい部屋の窓からこぼれ落ちるのはマクロ化された日常ではなく、不定形でどこか死の匂いがする夢の残骸。永遠性はなくとも、形状記憶されたパンドラの箱は過去と未来を繰り返し行き来している。ghost and tapeはバルセロナ在住のHeine Christensenによるソロユニット。今年リリースされた本作は、話題となったファースト・アルバムよりも中毒性が高く、淡々としたアコースティック・ギターと幾重にも連なる絹のような音の波、偶然性を完璧に排除したアナログなノイズが夢見心地を約束してくれる。ここから聴こえてくるのは、ノイズを発しながら産まれそして静かに朽ちてゆく生命のドラマツルギーであり、「入れ子になった心象」の慎ましやかな隠喩でもある。

Bon Antiques展示会情報

10月13日(土)〜26日(金)「Souvenir – 韓国のフォークアートを求めて」
韓国の生活道具や書籍などをアートの視点で集めて、小さなギャラリーで展示即売致します。深まりゆく秋のひととき、楽しい時間をお過ごしいただければ幸いです。
場所:恵文社一乗寺店 生活館
   京都市左京区一乗寺払殿町10
時間:10:00〜22:00(会期中無休/最終日のみ18:00のクローズとさせていただきます)
店主在店日:10月13日(土)、14日(日)

10月21日(日)「10センチの蚤の市」
松本の木工作家、三谷龍二氏のお店『10センチ』で蚤の市が開催されます。今春に引き続き、個性豊かなアンティーク・バイヤーたちが松本に集結します。
場所:10センチ
   長野県松本市大手2-4-37
時間:11:00〜夕刻まで(雨天中止)