光隠居とミヤビちゃんのちょっと聞けない日本の雅 -日本の常識 - ~その19 腐草生蛍(においくさほたるをしょうず)~

(2010.06.18)

空は雲に少し閉ざされ、梅雨の訪れを感じる月桜町。ベッドタウンとは言え、この町を南に出れば直ぐに田園風景が広がる。長閑かな閑な町である。ここには光翁が住んでいる。 

白川光(しらかわ ひかる)翁(おう)、この町が出来た20年前に都内台東区から引っ越してきた、今年77の喜寿を迎える品の良いおじいさん。引っ越してきた当初から町づくりに奔走し、近所付き合いの希薄なこの町にあって、唯一『ご隠居(ごいんきょ)』と云われて皆に慕われている。「ご隠居」。この言葉、今はとうに無くなった言葉だが、朝一番に起きて着流しのまま向う三軒両隣の道を竹箒で掃き清め、誰彼構わず「おはよう!と声を掛ける姿に、何時しか「ご隠居」とこの古めかしい渾名がついたというわけだ。先年妻を看取り、今は独居老人である。どうやら血筋は良いと云う噂だ。そんな「ご隠居」が心配で止まない「雅(ミヤビ)」と云う少女が居た。
 
光翁宅の縁側の先には、この和風建築には少々ハイカラな鎧壁と大きな窓に囲まれた翁の隠れ処(昔から光翁がそう言っている)がある。今日は何やらその隠れ処で読書に耽る凸凹コンビが居た。

 ミヤビ。今日学校は? ここは私の隠れ処で、お前さんの遊び場所ではない。

ミヤビ この間の日曜日、学校農園の田植えで登校したから、今日は代休なの~。

 代休だの開校記念日だの……、よくよく子どもに勉強させたくないらしいな。怪しからん。

ミヤビ そう仰有っても、ご隠居! お休みはお休みよ。私は健全だわ。他の子みたいに渋谷だの新宿だのに遊びに行かず、こうやって隠居と一緒に読書しているんだから!ここは宝島みたいな部屋よ。私、ズーット前からこの部屋がダーイスキ。真ん中にある木の机。その上にある色々な文房具。壁いっぱいの御本達……・。なんか、どっかの世界に紛れ込んだ感じがするの……・。

 こういう所を『書斎』と云ってな、本を読んだり手紙を書いたりするとても個人的な空間なのさ。謂わばミヤビはプライベートの侵害に等しいな。まあ良い。ところで、その学校農園の田植えはどうだった? 確か日曜日は雨だったが、田圃は楽しかっただろう~。

ミヤビ ああ~、御田植ね! 町外れの坂道の処にある大きな屋根の家があるでしょ。あそこの小父さんが学校に来てくれて、御田植のやり方を教えてくださったの。

 おう~。福田さんから教わったのか…………。

ミヤビ 福田さん?

 そうじゃ。福田さんはこの土地の人で、代々農家をしていらっしゃる方だ。駅に向かうバス通りの左右に田圃が広がっているだろ。あれは殆ど福田さんが丹精されている田圃だ。そうか~……。福田さんに教えていただいたんだ~……。

ミヤビ ご隠居は、あの小父さんの事を知っているんだね。どこで知り合ったの?

 この町を創る時から、ずっとお世話になっているんだよ。そもそもこの町は福田さん一族の方が、面倒を見ておられた。最初は畑や田圃を潰すのは忍びないと仰っていたが、町ができて人が来てくれたら、それはそれで良いと考えて、私たちと一緒に街づくりに参加してくださったんだよ。

町の創造にかかわる話に、ミヤビは大いに興味を惹かれていた。

 

つづく