土屋孝元のお洒落奇譚。江戸名所図の切手
王寺の狐火、月の岬。

(2014.01.16)

鳴門の渦潮と波のあたる岩の情景を北斎の表現とは違う描写で描いた風景、波の表現が新鮮です。

歌川広重の浮世絵
江戸名所図の切手。

新年おめでとうございます。

僕はお正月にはよく切手を使います、僕が好きな切手は江戸名所図の切手で歌川広重が江戸時代に描いた浮世絵の80円切手です。

昨年秋にパリへ出かけた時に『ギメ美術館』にて当時の実物を見てきました。彫り師、刷り師、の技術も素晴らしいのですが、構図の斬新さは、いま見ても古さを感じません。エコール・ド・パリの画家、ゴッホさんも構図の素晴らしさに模写していたくらいです。あのモネさんもコレクションしていたようで、ジベルニーの自宅食堂には壁一面に浮世絵のコレクションが掛けられていたとか。

当時の浮世絵は、役者大首絵、美人画が多く、浮世絵を売る店先では風景画は迫力に欠け人気が出にくいので構図の斬新さの迫力で手に取らせるようにとの広重さんの配慮ではなかったのか? とも思います。もしかしたら当時のプロデューサー版元の指示かもしれません。

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この江戸名所図で僕の好きな浮世絵は、王寺の狐火を描いたもので、大晦日の日に狐が集まり初詣に出かける様子を描いたものです。この一枚のみ幻想風景で後は全て現実の風景を描いているのです。気になる方はお調べください、もしかしたら売れ残りがあるかもしれません。

僕の記憶ですが、ハワイの『ホノルルミュージアム』のミュージアムショップにこの江戸名所図の廉価版復刻画集があったような気がします、『ホノルルミュージアム』は版画や浮世絵のコレクションでも有名な美術館ですから。


正式な名前は『王子装束えの木大晦日の狐火』東国三十三か国稲荷の総司、王子稲荷に詣でるため、近くの「狐の装束場」と呼ばれる榎の下に集まる狐達を描いています。

『月の岬』
何も描かずにひと気を感じる風景。

これ以外にも何枚か気になる風景があるのでそちらを紹介します、

この江戸名所図は80円切手になり、何回か発売されていましたが、今はなくなったようです。歌川広重の江戸名所図と喜多川歌麿の美人画、東洲斎写楽の大首役者絵の10枚組でした。

『市中繁栄七夕祭』は笹の飾りを一番手前に描き、中景に町家の瓦屋根、遠景に富士山という構図で色彩的にも薄水色のグラデーションと七夕飾りの朱色のコントラストが面白い一枚です。同じく広重の『日本橋雪晴』は日本橋風景を鳥瞰図で見たもので手前に雪が積もった屋根の峰々を描き、遠景には雪で一面真っ白の江戸風景、一番遠くに富士山、日本橋の川面には薄く水面に雪が残る色の違いをグラデーションで描き分けています。これも構図的に好きな一枚ですね。

中でも僕がセンスが良いと思うのは気配を描いた一枚です、広重の『月の岬』は、月見をする海か川面に面した広い座敷の風景で遠くには三味線とタバコ盆が残り、手前の障子には花魁のシルエットが映ります、何も描かずにひと気を感じる風景です。プラスアルファのドラマというか人間模様を描かずに感じさせるものではないかと思いますが、いかがでしょう。

個人的な意見ですが、小村雪岱の絵の世界にも共通すると思います。この雪岱については、泉鏡花の小説『日本橋』や新聞連載シリーズの『おせん』の挿絵などお調べください。


月見の広い座敷に残るタバコ盆や三味線、シルエットの花魁で物語を表現していて余韻を感じる一枚です。

この切手シリーズの別のシリーズで「諸国名所と江戸美人浮世絵シリーズ」があり、こちらでは広重作の全国の有名な風景が描かれているのです。

『阿波鳴門の風波』では鳴門海峡のうず潮と荒れ狂う白波を葛飾北斎とはまた違う描写で表現しています、波のグラデーション効果もあり魅力的な一枚です、『山城あらし山渡月橋』では満開の桜で埋め尽くされた遠景の山並みの手前に有名なあの渡月橋がかかる風景を鳥瞰して描いています。

『甲斐さるはし』では自分がその場所へ行き、さるはしを間近に見るような構図で、当時の名所案内の風景画では正確な東西南北を意識してはいなと思うのですが、広重さんはこの角度から見るとここにはあの山が見えるとか正確に描いているのです。当時は写真や正確な地図はないですから、案内の風景版画を元に発注を受けて描いたと想像しますが、その風景画は役者絵や美人画と並べても遜色のない迫力ある画面構成だと思いますし、本当に今見ても新しいと思います。


甲斐の国さるはし風景、まるで そこへ行かないと見えないような景色を迫力ある構図で描いています。

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話は戻るのですが『ギメ美術館』では魯山人展の展示の一部として、和食のインスタレーション展示があり、フランス人には大人気で行列ができていました。

テーブルを模した平面の画面に春夏秋冬の季節の風景とともに京都の『菊の井』の和食懐石料理がテーブル画面に現れるのです、お造り、向付、強魚、焼き物、ご飯、汁物、水菓子、と まるで自分が割烹へ行きテーブルを見ているような演出でした。同じく久兵衛のお寿司屋さんのカウンターも展示されていて、ねたの肴類が並び、それを握る職人さんの手が美しく現されていました。最近、和食が無形文化遺産に登録され、和食や日本文化が見直されているようです。

日本人として毎朝きちんと出汁をとる生活をし、良い習慣は残していきたいと思う新年の始まりで、普段使う切手からの連想が広がりました。

ギメ美術館(Musée Guimet)