梵(ぼん)な道具を聴いてみる。 第一回 清明:空は青、地に花が咲き乱れる。
傾いだ李朝白磁壷に春の陽光をみる。

(2012.04.02)

「梵(ぼん)な道具を聴いてみる」第一回は二十四節気の清明に合わせ、李朝白磁の壷をご紹介。白磁の肌がより透き通るこの季節、生まれたときから傾いだままの白磁壷に映る光と影とは。

「白磁」という名の鏡。

我が国の骨董界では華飾もなく染付さえも描かれない「素」の器、白磁の人気は案外高い。20年ほど前に本格的な白磁ブームが到来して以来、低廉だった瀬戸の雑器はもちろん昭和初期に作られた白磁のパレットや写真現像用のバットなども、骨董市に陳列されるないなや早々に姿を消してしまう人気ぶりだ。何故、白磁は人気者なのか。そのあたりの小話をコラムの序としたいと思う。

実は我が国の白磁人気は江戸時代にまで遡る。装飾された器は高嶺の花で庶民はとても購うことができなかったため、低所得者層は陽刻などの装飾や染付の描かれない白磁しか生活に取り入れることができなかったのだ。しかし、そこは江戸っ子の知恵。白磁の真っ白な肌にこそ粋美があり、むしろゴテゴテとした装飾などヤボだね、と少し意地になりながらも白磁を楽しんでいたのだ。

明治維新以降、日本の西洋化が進みバブル経済が崩壊するまでの100年間は華飾文化が主流だったが、浮き足立った生活から地に足を着いた生活へとシフトを余儀なくされた20年ほど前、骨董界の常識をも覆すような白磁ブームが訪れたのだ。その背景には、自分自身の想いを投影できる鏡として、或いはシンプルな生活に身を投じるため潔白を宣言する道具として、白磁が用いられたのかも知れない。

李朝白磁という「白」。

お隣の国、韓国でも白磁に対する思い入れが非常に強い。遡ること朝鮮時代には儒教思想が尊ばれ、清廉潔白を意味する白への憧れが皆強かった。器に目を移すと、王朝貴族が用いた真っ白な白磁に憧れ、低所得者は黒っぽい土の上から白い陶土を塗って白い器に仕上げたり(刷毛目や粉引といった技法)、王朝貴族の器を専門に焼成していた官窯でも、より純粋な「白」を表現するために材料の精錬や焼成方法など腐心し、より完璧な「白」を目指そうとした。朝鮮時代の白磁には産地を含めその時々により違った特色があるが、釉薬が少し青みがかった民窯の白からミルク色に近い究極の白を追求した官窯の白まで、何れも職人の辛苦や王朝への忠誠心が複雑に絡み合った「白」を表出しており、コストの削減や装飾の表現方法として作られていた我が国の白磁とは一線を画すロマンを秘めている。

考える壷

今回ご紹介するのは李朝の白磁壷である。製作された年代は釉薬の成分や器形などから18世紀後半から19世紀前半と考えられる。一見ユーモラスな表情をしたこの壷は窯の中で磁土がへたってしまった「失敗作」だ。しかし出来の悪い子供への愛情よろしく、私はこの壷を「考える壷」と呼び、花を活けたり時に手に寄せては愛玩している。

二十四節気で花の季節とされる<清明>に相応しい、また「考える壷」に似合う花を考えた。最初はスミレ(西洋名:パンジー/フランス語で「考える」という意味のパンセが語源)を用意したが、芸もなくテーマが重々しくなるので熟考の末、うつむく姿に品がある風鈴オダマキを挿すことにした(白磁と向き合う時「何と取り合わせるか」を考えるのは楽しいが、難しい課題でもある。白磁というキャンバスにはごまかしが効かず、花を挿したり料理を盛るとき、下手な花はより下手に、下手な料理はより不味く見えてしまうが、上手に扱えると花や料理がぐっと引き立ってくる)。

風鈴オダマキの楚々とした紫色が李朝白磁のもつロマンティックな「白」を引き出しつつ、まるで無邪気に踊る女性のような佇まいが笑いを誘う。自然災害が猛威を振るった昨年から早くも1年余。それでも季節は確実に移ろい、世の中は入学/入社シーズン真っ盛りである。

<清明>に聴きたい音楽

ピエール・ゲドロン 『コンソートのコンセール』/ル・ポエム・アルモニーク、ヴァンサン・デュメストル
Pierre Guedron “Le Consert des Consorts”/Le Poeme Harmoique – Vincent Dumestre

16世紀当時、フランスは宗教戦争の連続で疲弊していたが、アンリ4世が統治することで50年ほどの休戦状態が生じた。一時ではあったが苦難の時代を経た17世紀初頭にフランスには芸術の花が咲き乱れ、この時代に音楽の中心にいたのがピエール・ゲドロンである。バロック以前の音楽を精力的に演奏する古楽グループのル・ポエム・アルモニーク、また自身リュート奏者でもあり、グループを監督するヴァンサン・デュメストルが少数精鋭で鋭く、時にはふくよかに17世紀の春の風を届けてくれている。バスタルダ風の即興から爽快なサラバンドまで、自由な響きに満ちたユニークな音楽の宝庫である。今年5月には各地で来日公演も行われる。自然派録音で名を馳せるフランスのレーベル、アルファより2001年の録音。

 

Bon Antiques展示会情報

4月15日(日)大江戸骨董市へ出店予定
場所:東京国際フォーラム前広場
時間:09:00〜16:00まで(雨天の場合は中止となります)