光隠居とミヤビちゃんのちょっと聞けない日本の雅 -日本の常識 - ~その12 桃花初綻~

(2010.03.16)

弥生(3月)の朔の日(1日)、東京のベッドタウン月桜町のほぼ中央に位置する白川 光翁の家では、老棟梁『横井』が件(くだん)の二人と何やら神妙な雰囲気で、草餅を頂きながら? 座っている。

光隠居 ま~だ、節分の事を根に持っているのか~……(笑)。 

ミヤビ 根になんか持ってません! 早く聞かせてよ。美味しい桃とお雛様の関係!  

光隠居 桃の実も確かに重要だが、実は桃は悪魔や鬼、病気や災厄を御祓いする力があるんだよ。 

棟梁  へー……。桃太郎さんの御咄しみたいな事になって参りやしたね~(笑)。 

光隠居 そうそう。中国でも古代の日本でも、桃と云う木は高貴な香りがして、仙人の花とされて来たのさ。実も、それを口にすれば不老長寿や万病に効く薬になると思われて来た。 

棟梁  確かに。桃の畑が花で埋め尽くされると、そっりゃ良い香りがするし、実は瑞々しくて、口に入れただけで長生きした気になりやす。 

ミヤビ そう云えば、ママがこの間『桃エキス入りシャンプー』とか云うのを買ってきてたわ!  

光隠居 実際、桃は漢方という中国の医学でも、大変有益な植物とされている。しかし、昔の中国では日本で採れる様な桃は無く、固いスモモの様なものしか収穫できない。噂でしか日本の様な桃を知らなかった。桃の花が咲いている処を『桃源郷』と言って、古来から其処に住みたいと思っていたんじゃ。 

ミヤビ トウーゲンーキョウ~?又、呪文を使ったわね! 

光隠居 こらこら、人を魔法使いのように云うのではない。 

ミヤビ あっ! そう云えば、この間魔法使いの話しなかったかしら?確か『蘇民なんちゃら子孫なり』だ~!  

光隠居 『蘇民将来子孫也』! よく覚えていたな~。その蘇民将来という魔法使いは、実は中国の皇帝『始皇帝』に万病に効き、不老不死の薬を探すよう命ぜられ、日本にやって来たんだよ。 

棟梁  面白くなって参りやしたね~。 

光隠居 日本の神話でも、鬼女をやっつける処で、桃が使われている。正月、神社で頂く『破魔矢』も、桃で出来ているんだ。 

ミヤビ 鬼退治は桃なんだね。そのお花が咲いている処はトウ~ゲン~キョウだから、お雛様達も安心して私達を守って下されるのね。 

棟梁  ほー……。流石ミヤビちゃん!  

 
ガッツポーズをとるミヤビ。
 

光隠居 ミヤビ。 

 
なにやら神妙な光翁。
 

光隠居 ミヤビ。病院でひな祭りを過ごした最後の春、このお雛様を隠居ママは君に託したいと云っていたんだよ……。 

 
困り顔の光隠居。
 

ミヤビ ええ。ご隠居。知っていたわ。隠居ママが毎年毎年私に言っていたもの。女は、お雛様のお飾りを次の代、次の代と伝えて、人間の大切さや道具の大切さ、それを作って下さる人の大切さを教えてゆくんでしょ。私は隠居ママが大好きだから、隠居ママの様な人になりたいの。 

 
光隠居は静かに頷くと、立派な御殿雛をみて、その後天井を向いたままずっと佇んでいた。
 

棟梁  ミヤビちゃん! アッシはミヤビちゃんが嫁に行くまで長生きして、この御殿をこしらえに来るぜ! 大切にしてやってくれ。 鼻水を啜りながら棟梁は良かったと思う。

 
ミヤビは老人達の感慨をよそに草餅を頬張り、そして、目から一片桃色の花を綻ばせた……。

 

桃花初綻 終