from 北京 - 36 - 井藤昌志さんと小林和人さんが訪中
北京の日常を巡る(その2)

(2013.12.24)

北京で開催された、ふたつのトークイベント

前回の投稿に続き、井藤さんと小林さんが訪中された際のことを綴ります。おふたりが北京の街を巡り、中国の今を肌で感じられたその週末、いよいよ中国の方々を前に、二つのトークイベントが開催されました。ひとつは、今回お二人を北京に招いた、北京の家具・雑貨店「Lost & Found 」の店内で、中国メディアと顧客の方向けに開催されたトークセッション。もうひとつは、北京を代表する現代美術館「今日美術館 」で一般向けに行われた講演会。私からは後者、今日美術館での講演の様子をご紹介します。

北京では、東京のように良質なアートイベントや展覧会が常に行われているわけではないので、私自身、今回の講演をとても楽しみにしていました。そう感じていたのは私だけではなかったようで、「今日美術館」の会場に着くと、想像以上の人、人、人。開催告知は美術館館内のポスターおよびHPでの告知、そして「Lost & Found」さんがソーシャルメディアで告知した程度だったそうですが、ざっと300人は超えていたでしょうか。会場は相当な熱気に包まれていました。北京ではある程度、欧米のいわゆる「ブランド」の宣伝や、タレント的な華やかな情報は溢れているものの、こういったクリエイティブの第一線の情報に接する機会は少なく、飢えているような気がしています。参加者の熱気を前に、改めてそう感じました。

講演前日の店舗でのトークセッション、中国メディアの編集者が熱心に質問する姿が印象的でした講演前日の店舗でのトークセッション、中国メディアの編集者が熱心に質問する姿が印象的でした
会場となった今日美術館、建物の上にも中国人アーティストの作品が会場となった今日美術館、建物の上にも中国人アーティストの作品が
「眼と手 現代の日本工芸と生活美学」

そもそも、今回のお二人の講演がなぜ実現したのか。これは今年の5月「失物招領 Lost & Found」のオーナー李若帆さんが松本にある井藤さんの工房を訪ねたことがきっかけで、まずは中国で作品の販売をはじめることになったそうです。販売の取引と同時に、中国にお招きしての講演を依頼したところ、井藤さんは小林さんを推薦され、お二人での講演という贅沢な(!)試みが実現したそうです。日本で憧れだった作家さんと好きだったお店のお二人のお話を、こうして北京で聞けるなんて思いもしませんでした。

それにしても、オーナーの李さんと井藤さんは5月に初めて会ったにも関わらず、9月には井藤さんの作品が中国の店頭に並び、こうやって北京で講演が実現されたのですから、こんなところからも中国のスピード感を感じます。

今回の講演のテーマは、「眼と手 現代の日本工芸と生活美学」。井藤さんは、主に作り手として、ご自身の作品制作や信念にまつわるお話を。さらに、日本の工芸の変遷の中で、千利休の「みたて」や柳宗悦の「用の美」民藝思想等を例に、ものにおける美の捉え方にまで至るお話をされました。そして小林さんは、目利き(選び手)として、既存の価値に縛られない自由なスタンス、そして”ものを観る目”ということについて語られました。

ものづくりの姿勢と覚悟、に触れる。

今回お二人の話しの中には、色々と心に留めておきたいことがありましたが、まずは井藤さんのお話から、印象深く、自分自身が考えさせられたエピソードを。

これは聴講者の質問から始まったお話だったのですが、陶芸や木工の世界において、中国で作家としてそれを生業にしている方はほんのひと握りだそうです。なぜなら生計が立てられなく、地位も確立していないから。技術として学べる学校も少なく、学んでもほとんどの方がその道を断念してしまう方がほとんどだそうです。そういった背景をもとに「井藤さんは理想と現実の狭間での葛藤をどのように克服されてきたのか」そんな質問がありました。質問に対し、井藤さんの答えは「いかに最善を取り続けるか。自分で了解した道であれば必ず開けてくる」というものでした。

中国では暮らしのあらゆるものは、こだわらなければ安価に揃います。ではどうして今「手しごと」が注目されるのか。そこには機械では及ばない、人間の原始的な営みから生まれた知恵と感覚によって生み出される美があるからだと思います。手しごとの温もりと「ものを生み出す」力強さ。どこにでもあるけれど、世界にひとつしかない魅力。皆そのことに気付き、手しごとに回帰したいとの望みがありながらも、実現できないジレンマが存在しています。井藤さんがこれまでに同じく葛藤を抱えながら、それを乗り越えた背景を伺いながら、手しごとの価値とその意味を改めて考えさせられたエピソードでした。

もうひとつは「個性」の捉え方について。井藤さんのお話のなかで「個性は主張するものではなく滲み出るもの」という言葉がありました。中国で暮らすなかで、13億人の人口の中でいかにオリジナリティを築くのか、もがいているように感じることがあります。そして、中国では「個性」の意味合いを、斬新さ、奇抜さと解釈されているかのように感じます。プロダクトデザインにおいても「足し算」発想の傾向が強く、個性を表現したいがためのデザインが施されていたり、主張することへの意識を感じます。そのような中で、井藤さんから問いかけられた「引き算」の美から滲む個性の意味合いに参加者は深く響いたことと思います。

質問も活発に飛び、何だか嬉しくなりました
質問も活発に飛び、何だか嬉しくなりました
当日のモデレーターを務めたLost & Foundオーナーの李若帆さん
当日のモデレーターを務めたLost & Foundオーナーの李若帆さん
ものへの眼差しと価値基準について、考える。

そして、次は小林さんのお話。特に心に残ったのは、「自分の軸を持つということ」について、その思慮の深さと潔さについてです。小林さんは、もの選びの際、直感を大切にされているそうですが、一概に直感と言っても、「選ぶ」には、それなりの鍛錬があるワケです。まずは心に委ねて美しいと感じるものにたくさん触れ、また正しい知識も得て、そうやって少しずつ感性は磨かれていくもの。

自分の経験を振り返ると、中国の市場では、高値を吹っかけてくることも多く、値段交渉の際に自分の中で価値判断を迫られることがあります。妥当な価値って一体何だろう、結局、自分が納得さえすればいいのではないかということに帰結します。ものの価値は自分の心が決める、ということでしょうか。改めてものの価値について考えさせられるお話でした。

ちなみに、小林さんは今年の8月に台湾で、著書『あたらしい日用品』の繁体字版の、台湾での出版を記念して、展覧会「永恒如新的日常設計展 timeless, self-evident」を開催されたそうです。台湾では、小林さん流のもの選びを“小林式”と表現されているのだそう。

経済発展や政治事情、大気汚染等、あまり好意的とは言えないトピックで語られる中国ですが、草の根でこういった動きが萌芽しており、新たなうねりを産んでいることもまた事実なのです。こういう動き、是非応援したいですね。

講演後、サイン攻めにあう井藤さん、ひとりひとり丁寧に対応されていました
講演後、サイン攻めにあう井藤さん、ひとりひとり丁寧に対応されていました
同じく囲まれる、小林さん。著書(繁体字版)も講演会場で紹介され、沢山の方が手に取られていました
同じく囲まれる、小林さん。著書(台湾版)も講演会場で紹介され、沢山の方が手に取られていました

【関連リンク】
木工作家・井藤昌志さん
Roundabout/OUTBOUND
Lost & Found
昨年、家具・雑貨店「Lost & Found」をご紹介した記事