梵(ぼん)な道具を聴いてみる。 第四回 小暑:夕涼みで感じる夏の訪れ。
軒先のベンチ、という淡い幸せ。

(2012.07.02)

「梵(ぼん)な道具を聴いてみる」第四回は、
椅子の原型と呼びたくなるようなベンチをご紹介。
軒先で蚊の小さな針に微かな緊張感を強いられながら、胸一杯に吸い込む夏の空気。

腰掛ける、ということ。

20年前、私は入学ほやほやの大学生だった。入学当初、新設校であったことも手伝って芸大受験者やその関係者から期待と興味の入り交じった妙に熱い視線を浴びていたその京都の大学は、現在も個性豊かな教授陣とカリキュラムで高い人気を誇っているようだ。私の選考はデザイン学科の環境デザインコース、つまり建築のエクステリアから構造力学、デザインはもちろん庭園から都市計画まで、ありとあらゆる「環境」を学ぶためのクラスだった。入学してから数ヶ月後、ある授業で「椅子をデザインせよ」という課題が出た。少人数のクラスだった我が「環デ」の学生たちは、芸大生に散見されるある種奔放な空気感を纏うよりも、理工系の学生のような研究者然とする態度を好んでいたように思うが、その授業においてもデザイン云々よりも寧ろ、「腰掛ける」という人間の行為について議論が奮発した。その議論の中軸を担ったのが、「なぜ人は腰掛けるのか」という素朴な疑問だった。どのような結論が出たか、或いは結論なんて出るはずもなく授業終了のチャイムと同時に脳内の引き出しに仕舞われたままになってしまったか、今となっては知る由もない。しかし今回のコラムを書くにあたって、改めて「腰掛ける」行為の不自然さについて考えるよい機会となった。

腰掛けるという行為の原点については古今東西の研究者が数々の検証に基づいた成果を発表しているのかも知れない(実は参考文献を見つけることができなかった)。愚考を重ねればそれはトイレの瞬間だったのかも知れないし、マンモスを威嚇するために無理矢理組んだ肩車なのかも知れない。しかし一種安楽のためのポーズとされる「座る」という行為ではなく、何故腰の位置を高く保つ「腰掛け」でなければいけなかったのか。それは椅子の成り立ちそのものが安楽のための道具のみならず、「象徴」という力学を伴っていたからに他ならない。

椅子の初源。

椅子の歴史は紀元前4000年前のエジプトにまで遡る。現在発見されている世界最古とされる椅子としてツタンカーメン王が使用した黄金の玉座が有名だが、杉あるいは黒檀に金箔張りで仕上げ、足は猛獣の蹄をかたどり、極彩の玉が埋め込まれた。王以外は高級官僚ですらミカン箱のような祖末なものしか与えられなかった事実を鑑みても、椅子は特権意識と絶大な権威を誇示するための道具として特別な存在感を誇っていた。歴史はローマ時代へと流れてもその意識はさほど変わらず、一般市民が家で使用するための椅子の登場はロマネスクまで待たなければならない。しかしロマネスクまで時代が進んでも椅子は相変わらず支配階級のもので、一般市民に許されたのは木で作られた背板もない粗末なベンチだけだった。

ロマネスクのようなベンチ。

写真のベンチは日本で入手したものだが、中国のものかも知れない。重量感のある木材を生乾きのまま製材したのか座面は大きく反り返り、節があってもお構いなし。足の作りも大雑把で、臍穴をあけて差し込んだだけの簡素な作りだ。しかし、その粗末さゆえ椅子の初源の薫りがプンプン漂う。ひょっとすると前述のロマネスクのベンチもこんなものだったのかも知れない。

この夏も電力会社は必死に節電を呼びかけている。それならば、と権威主義が跋扈(ばっこ)するテレビなんか消してゆっくり夕涼みを楽しもうではないか。手許には一杯の酒、冷たいお茶でもいい。淡い幸せかも知れないが、ひとときの逍遥が指南であることも少なくはない。


写真のベンチは35,000円(税込/送料込)にて販売しております。ご注文・お問い合わせはメールまで。在庫は1点のみですので売り切れの際はご容赦ください。
<小暑>に聴きたい音楽

『コレクテッド・レコーディングス』ガレス・ディクソン

グラスゴー出身のギタリスト/シンガーが自宅で録りためた自主制作の音源を集めた2009年作のアルバム。英国フォークの美しい伝説、ヴァシュティ・バニヤンのライブのサポートを始め、アルゼンチン音響派からの信頼も厚い。何故だかとても不器用に聴こえるギターの多重録音、それに連なるように呟く歌声は底なしに幻想的で、しかも野蛮なほど静かだ。この身体運用はヴァシュティ・バニヤンのそれとも通じるし、英国フォークの深い森を見るようだ。

内ジャケットのスペインの椅子は、きっと先々代から大切にされてきた古椅子で彼の演奏の良きパートナーなのだろう。音の静寂から聴こえる椅子の軋みは、遠いところにいる曾祖父の声なのかも知れない。

Bon Antiques展示会情報

7月15日(日) 大江戸骨董市へ出店
場所:東京国際フォーラム前広場
時間:9:00 〜16:00(雨天の場合は中止となります)
 
7月28日(土) “frame work” Masashi Ifujiの関連イベント「M2マルシェ」に出店
場所:ギャラリー エム・ツウ(高知)
時間:11:00 〜夕刻