光隠居とミヤビちゃんのちょっと聞けない日本の雅 -日本の常識 - ~その17 三級波高魚化龍 2~

(2010.05.12)

月桜町の中央に、この町の生き字引と言われる白川光翁が居を構えている。この家の縁側に、隣家の娘で光翁お気に入りのミヤビが、『柏餅』談義から端午の節句に付いて語らっている。

光隠居 近頃の娘さんは、随分猛々しいな~……。よかろう! お話し致そう。

居住まいを正す。

ミヤビ お頼もうします。 手に持った『柏餅』を離さず、武ばってお辞儀をする。

光隠居 昔、女の人は良く働いた。それは一年中、休みなく働いていた。特に米を作る時、男と同じように朝から晩まで田んぼで働き、夜は家事をこなした。

ミヤビ うちのママみたいに、一年中働き詰めだったんだね。

光隠居 そうじゃ! ミヤビママはよく働く。それは措いて擱いて。米作りは、ある意味神事に近い物があり、農作業の中でも別格だった。特に、米の苗は清らかで穢(けが)れの無い人しか触ってはいけないとされていた。この世の中で一番穢れていない者は、結婚前の女子で、これを早乙女といって、無垢(むく)の象徴だったんだ。

ミヤビ ムク?

光隠居 垢(あか)の付いていないと云う意味じゃ!

ミヤビ なるほど! じゃあ、ミヤビは早乙女だね。

 
誰もが負けたと思える笑顔をして、隠居を見る。
 

光隠居 全く小悪魔め! その笑顔でこの間パパにゲームを強請ったんだろ!

ミヤビ ミヤビの笑顔は、パパの栄養よ! それに、あのゲーム、パパも欲しかったって言ってたわ!

手に持った『柏餅』を大きく一噛みして、舌を出す。

光隠居 呆れたわ! まあ良い。その早乙女を田植え前にもう一段清める為に、早乙女の祭として端午の節句があったんじゃ。

ミヤビ 清める? 世界で一番清らかなのに、まだ清める必要があったの? 口に『柏餅』を一杯にして聞く。

光隠居 ミヤビは聞いたことがないかい?お茶碗にご飯粒を一つたりとも残してはいけない。お米一粒一粒に神様が宿っていらっしゃるって。

ミヤビ 隠居ママがよく言っていたから、ミヤビはきちんと最後まで残さず頂いています。

光隠居 お米一粒一粒に神様が宿っているなら、イネには何百もの神様が居らっしゃることになる。そんな尊い物を植える際は、如何な早乙女でももう一度お清めをするのさ。実際は、さっき言ったが、女性は一年中休みなしに働くから、全く御休みがない。そこで、田植えと云う重労働をする前に、一日休暇をすると云うのが、本当の意味なんだと思う。

ミヤビ なるほどね。口に出して『休め』って言うんじゃなくて、意味を付けて休ませたわけね。

光隠居 今と違って、男性社会だった時代は、女性に対する気遣いも深い意味を持たせたのじゃ。

ミヤビ ミヤビ、桃の節句だけじゃなくて、端午の節句も大威張りで祝って貰える社会をつくるわ!

光隠居 それじゃあ、男子のお祭りが無いじゃないか~……・。 呆れ顔の儘、翁も『柏餅』を手に取る。

ミヤビ ところで、ご隠居は小さい頃どんな端午の節句をしてもらっていたの~? 

 

つづく

*三級波高魚化龍(さんきゅう なみたこうして うおりゅうとかす)

中国の夏王朝を開いた禹が黄河の治水をした際、三段の瀧ができ、
これを登る魚は龍になるという故事から転じて、
鯉のぼりや登竜門という言葉が生まれました。
立身出世の志を表しています。