土屋孝元のお洒落奇譚。季節の上では立秋を過ぎ……先日来の猛暑も峠を超え、秋の夜長に思う。

(2010.09.28)

今年は夏が長い……最近は大丈夫かなと思います。
植生にも影響が出始めているようで心配になります。
家のバラなど、花が咲いても一日でダメになります。この花ですが、バラの栽培家には、夏の花は咲かせないという方もいます、僕は自然に育て花が咲くならと咲かせています。
新しい若葉はどんどん伸ばしてベイサルシュートは早めに整理してあげて育てているのですが、バラを食べる象虫(ゾウムシ)が多く、新しい若葉を食べつくすような勢いなので毎朝、見るたびにゴム手袋でつぶして退治しています。

元気なのは、家に来て40年を超えるゴムの木達です。
鉢植えなので鉢の中に根がいっぱいになり 気根が幹の途中から出て来て
毎年株分けや枝の整理をして小さく仕立ててはいるのですが、ほとんど、亜熱帯のような熱帯夜続きで、元気良く新しい枝を伸ばして大きくなります。幹は古い盆栽の松のようで、自分でも気にいっています。
ゴムの木盆栽ですか? 自問自答。

そこで気分を変えて秋草の話など、秋草は文様にも使われ、歌にも数多くなり、着物の柄、袱紗(ふくさ)にもたくさんの秋草文様が使われています。

萩、尾花、葛、撫子、女郎花、藤袴、桔梗
ハギ、オバナ、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ。
 

©Takayoshi Tsuchiya
©Takayoshi Tsuchiya

「秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびおり) かき数ふれば 七種(ななくさ)花」
(山上憶良 万葉集  一五三七 巻八)
意味:秋の野に色とりどりに咲く花を、指を折りながら一つひとつ数えてみると、七種類の花がありました。

琳派の蒔絵などには秋の草花の文様も多く見受けられます。
たしか 若冲には秋の虫達の絵もありました。記憶では蜘蛛やゲジゲジ、コウロギ、カマドムシまで登場し、変わった視点からの秋の表現になっていて現代絵画にも通じるような作品です。

秋の花達は日本の家紋にも多様されていて、わが家土屋家の父方の家紋は子持亀甲桔梗です。
同じく土屋家の母方は九曜文(天文由来です)。珍しくも父母とも土屋です。
このように日本の家紋は花鳥風月などに図版の元が多くあります。

記憶では 坂本龍馬の家紋も角違い桔梗文でした。日本史的に一番有名な桔梗文は明智光秀です。
光秀について、簡単に。詳しい出生などには、 まだ、不明な点がありますが、織田信長の家来となり 武田勝頼との長篠の合戦にて(私事ですがこの武田方には母方の先祖がおりました。)鉄砲三段ぞろえの陣を考案したのは光秀でした。進取の戦略家でもありましたが、(後年、江戸幕府開幕のおりの天海僧正とは光秀との諸説もあり、定かではありませんが……)何故、山崎にて秀吉に敗れたかは省略いたしますが、この桔梗文などをはじめとして 植物由来の家紋はいろいろと使われています。

©Takayoshi Tsuchiya

前述のとおり漆器蒔絵の文様にも秋草は使われていて、茶道では薄茶の棗などは金蒔絵で描いた秋草文様は定番の感もあります。お茶は季節感を大切にする手前もあり( 破れ釜の手前など)秋には秋草が人気があるのでしょう。尾花(ススキ)もお茶席には似合います。

先日も師匠の茶室にて三原研作の花入れ(陶器の肌質と言うより、石のような質感です。カタチは銅鐸に近いような不思議な器です。)に尾花が活けられ、後ろには井上有一の「月」が掛けてありました。軸装は師匠の好みの表装で少しグレーが入った薄青に有一作の濃い墨による文字が現代美術作品のようであり、花入れの下には古材の板がひかれていて、それが風情を高めているのです。(古材について、お茶では名刹と言われるお寺の天井や壁、床板など、修復時に出た板を水差しや花入れの下に敷いて使います。これも亭主の好みによりますが、新しいモノでも、200~300年、古いモノは1000年とか、壁の漆喰や胡粉の跡がいい景色になります。)

ここで、師匠の茶室について。
壁に阿波紙を取り寄せ、それを師匠自ら泥と墨にて染めて経師(きょうじ)しています。床の柱は宋偏流の家元が贈ったもので古い古材です。どこの古材かは聞き忘れました。いつ、席入りしても落ち着く茶室です。