道田宣和のさすてーなモビリティ vol. 16ミライ、動き出す
一番乗りはまたしてもトヨタ。

(2014.12.22)
トーキョーモビリティ16。ご存知、神宮外苑銀杏並木の黄色い絨毯。
トーキョーモビリティ16。ご存知、神宮外苑銀杏並木の黄色い絨毯。
サステイナビリティの核心。

ライバル社の首脳が宴席で隣り合わせたボクにそっと呟いた。「あの値段で出されたんじゃ、ほかは手が出せなくなる。ハイブリッドの時もそうだった……」。それでも対抗心剥き出しで必死に食い下がる者はいる。今度もホンダだ。

トヨタから世界初の市販型燃料電池車(FCV=フューエル・セル・ヴィークル)を発表する旨の案内状が我々プレスの許に届いたと思ったら、まるでその出端を挫くかのように「水素社会に向けたHondaの取り組み説明会」の通知がメールで送られてきた。一刻を争うかのように。期日はトヨタが11月18日、ホンダはその前日の17日。

結構なことである。技術革新とはそうして互いに切磋琢磨してこそ成し遂げられるものに違いない。ヨーロッパ勢も負けてはいない。数日を経ずして折から開催中だったロサンゼルス・オートショーの会場ではフォルクスワーゲンとアウディのFCV試作車が披露された。

MIRAIと未来。発表会場は日本科学未来館だった。
MIRAIと未来。発表会場は日本科学未来館だった。
クラウン並みの値段で買える!

けれどもこの10年というもの、世界中の主要メーカーが実用化に向けて鎬を削ってきたなかでの一番乗りはやはりとてつもなく大きな意義を持つに違いない。マーケットで、規格づくりで、確実にイニシアチブを執ることができるからだ。その名も“MIRAI”と呼ばれることになったトヨタのFCVは実際にこの12月から販売が開始され、日本の路上を走り始めるわけだから。

FCVはナフサや天然ガスからはもちろんのこと、バイオマスや汚泥からも、さらには水そのものからも抽出可能という融通無碍なH2こと水素を燃料とし、空気中の酸素と化学反応させて自ら発電、その電気を使ってモーターで走る。しかも、その結果排出されるのは水だけという究極の親環境車であり、資源の枯渇とも無縁だからサステイナビリティ=持続可能性の本命と見なされている。

遠く1960年代にNASAで開発されて以来、宇宙空間ではすでにお馴染みのFC=燃料電池だが、ことクルマへの応用となると一般耐久消費財なるが故の万全な技術的保証と当初1台1億円とも言われたコスト高からなかなか陽の目を見なかった。それがもはや絵空事ではなく、目の前にあるという事実は圧倒的である。また、驚くべきはその価格。消費税込みで723万6000円也という数字は輸入車のそれを引き合いに出すまでもなくすでに充分に現実的なものだが、さらにこれまでもEV(電気自動車)など環境フレンドリーなクルマに対して支給されてきた国や自治体からの助成金を差し引くとなんと実質500万円台で手に入るのである。

世紀の瞬間に蝟集したスチールとムービーの放列。日米同時発表だった。
世紀の瞬間に蝟集したスチールとムービーの放列。日米同時発表だった。
 
今からだと半年待ち。

それならすぐにでもと思うかもしれないが、必ずしもそうは行かないのがいささか残念なところ。実は一般のユーザーがごく普通に手に入れられるようになるのはまだ少し先のハナシになりそうなのだ。というのも、当面は2015年末までに日本向けが400台と生産能力そのものが限られている上に、正式販売を前にしてすでに官公庁や企業からその半数に当たる約200台が予約済みだからである。スーパーカー並みの少量生産に甘んじているワケは、「まずは足許をしっかりと固め、1台1台丁寧に作って行くため」とされる。

また、水素は無限だといっても現実には特定の事業者が特定の原料から生成しているのみで、それをFCVに充填するための水素ステーションも“一般社団法人・次世代自動車振興センター”の補助によるそれはこれから整備されるものを含めても差し当たり全国で40ヵ所に限られ、一応全国の“トヨタ店”と“トヨペット店”でクルマ自体はオーダーが可能とはいうものの、いきおいそれらが設置される東名阪および福岡地区(埼玉、千葉、神奈川、山梨、滋賀、兵庫、山口の各県を含む)が中心となりそうなのは言うまでもない。

モーターだからどうにでもなるはずだが、MIRAIはFF(FWD)、すなわちプリウスなどと同じ前輪駆動。既存モーターの流用が前提だったから。前席下がFCスタック、後席下の黄色は高圧水素タンク。トランク直前は駆動用バッテリー。
モーターだからどうにでもなるはずだが、MIRAIはFF(FWD)、すなわちプリウスなどと同じ前輪駆動。既存モーターの流用が前提だったから。前席下がFCスタック、後席下の黄色は高圧水素タンク。トランク直前は駆動用バッテリー。
 

このことからも判るとおりFCVはEV以上にインフラの構築が“must”であり、日本同様、部分的ではあるが徐々にそれが整いつつあるアメリカとヨーロッパでは2015年夏から秋にかけて発売される見込みだ。一大マーケットのカリフォルニア州などでは州内で一定数以上のクルマを販売するメーカーに対してEVやPHV(プラグイン・ハイブリッド・ヴィークル)、そしてこのFCVを内容とするZEV(ズィーヴ=ゼロ・エミッション・ヴィークル)の積極的な導入が求められている事情もあり、数ある海外市場の中でも特に優先せざるを得ない。結局、欧米には300台が振り向けられ、当面の年産能力はトータルで700台とされるが、引き合いの強さからして早期の増強は必至だろう。

こちらも報道陣どっさりのホンダ青山本社。MIRAIは「高級車としての位置づけから」4人乗りだが、ホンダのFCV CONCEPTは「小型化したFCスタックを含めたパワートレインを、市販車として世界で初めてセダンタイプのボンネット内に集約して搭載している」ため、5人乗り。
こちらも報道陣どっさりのホンダ青山本社。MIRAIは「高級車としての位置づけから」4人乗りだが、ホンダのFCV CONCEPTは「小型化したFCスタックを含めたパワートレインを、市販車として世界で初めてセダンタイプのボンネット内に集約して搭載している」ため、5人乗り。
 
名前はまだない、が……。

たとえスクープフォトが出回ろうとネーミングとプライスタグだけは秘中の秘で、最後の最後まで分厚いヴェールに覆い隠されたまま――ニューモデルのローンチに当たってこの業界で何十年も守られてきた掟だ。したがって、前日の“説明会”で「2015年度中に日本での発売を目指す」と発表されたホンダの新型燃料電池車は今のところ単に“Honda FCV CONCEPT”と仮称される、いわば試作車にすぎない。

ただし、ホンダの名誉のために付け加えるならば、トヨタ同様ごく早い時期からFCVの開発に着手し、2002年にはリース販売ながら世界で初めて“FCX”を世に送り出すなど確実に地歩を固めてきた。急遽記者会見を開くに至ったのもその自負あればこそだろう。また、やや遅れての発売は不運にもこのところ度重なったリコール問題に配慮し、念には念を入れての製品化を期しているからにほかならない。同時に、大昔の浮世離れした「ショーカー」などと違って近頃の「コンセプト(カー)」なるものはメーカー問わず後日ほぼそのままの姿で市場に送り出されるのが常だから、この場合もその可能性は高い。
それにしてもこのホンダFCVコンセプトとトヨタのMIRAI、何から何までそっくりなのが不思議と言えば不思議だ。まずもって空力重視の流れるようなスロープトバックのフォルムが瓜二つだし、心臓部たる燃料電池スタックの「出力密度:3.1kW/ℓ」も全くの同値なら、100kW(136PS)+=ホンダないし113kW(154PS)=トヨタの、モーター出力も似通っている。FCVがEVに対して断然優位に立つ充填(EVなら充電)時間もともに約3分と短く、ひとたびそれをフルに満たした後はそれぞれ700km以上(ホンダ)または約650km(トヨタ)に及ぶガソリン車並みに長い航続距離(JC08モード)を誇る点も同じだからだ。

技術って、なんでこんなに、見事なくらいに収斂するんだろう? ライバルだから互いに手の内なんか明かすはずもなく、長い時間、深く静かに潜行しながらいざ蓋を開けてみると驚くほどよく似ている、なんていうことが往々にしてある。自動車の世界でもかつて一斉に花開いた4WS(四輪操舵システム)がそうだったし、ほかにも例は少なくない。そのことに気づいた時、ちょっと大袈裟で気恥ずかしいけれども、人間讃歌とでも言おうか、人間、研鑽を極めると誰でも真理に迫ることができるんだなあと妙に感慨深くなった自分がいた。もちろん、心の中でそっと呟いただけだけど。

わざわざ「水素社会に向けたHondaの取り組み説明会」と銘打ったのにはもうひとつの理由がある。写真右のFCV CONCEPT(クルマ)はもちろんのこと、その脇に見える外部給電器(FCVを非常用電源に使うための出力器。しかも、最大9kWというからかなりのものだ)、さらに左のSHS(スマート・ハイドロジェン・ステーション)との三位一体で“CO2ゼロ社会”を目指すからだ。キーワードはそれぞれ「つかう」「つながる」「つくる」。全部ホンダ自身による自社開発だ。
わざわざ「水素社会に向けたHondaの取り組み説明会」と銘打ったのにはもうひとつの理由がある。写真右のFCV CONCEPT(クルマ)はもちろんのこと、その脇に見える外部給電器(FCVを非常用電源に使うための出力器。しかも、最大9kWというからかなりのものだ)、さらに左のSHS(スマート・ハイドロジェン・ステーション)との三位一体で“CO2ゼロ社会”を目指すからだ。キーワードはそれぞれ「つかう」「つながる」「つくる」。全部ホンダ自身による自社開発だ。