光隠居とミヤビちゃんのちょっと聞けない日本の雅 -日本の常識 - ~その15 山霞薄紅靄~

(2010.04.06)

春の日の月桜町。光翁宅の縁側では、ミヤビが遠い過去を光翁に思い出させていた。

ミヤビ ご隠居って、音楽大学に行っていたの?!
  
光隠居 何を今さら! コンクールで優勝したこともある。 

ミヤビ へ~っ……。人に歴史ありだね~……。
 
光隠居 コンクールで一等賞をとっても、音楽家のスタートラインにはまだ立てないんだよ。 

ミヤビ 一等賞をとってもスタートラインに立ってなかったの? 

光隠居 一等賞をとった時は、周りからチヤホヤされたさ。でも、だから何?って思われていたのだと思う。外国にも連れて行ってもらって演奏もした。しかし、まだまだスタートラインは先の方にあったんだよ。 

ミヤビ っで、ご隠居はどうしたの? 

光隠居 32歳の年に、父の仕事に入る事にした。
 
ミヤビ じゃあ、スタートラインには立たなかったの? 

光隠居 スタートラインはそれでお金を稼ぎ始めると言う事ではなく、音楽で自分の伝えたい事が伝えられるかという事にある。確かに音楽や美術は、言葉より自分を表現する事がし易い。しかし、自分を表現したつもりでも、それが本当に自分が伝えたい様に伝わっているかは、とても判り辛い。沢山の人生経験を積んでいないと、芸術は表現できない。同じドレミの和音を弾いても、経験値がない人が弾いたものと経験値が高い人とでは全く違う音色になるんだよ。 

ミヤビ 音楽を諦めてしまったのは、経験値が低くて周りに太刀打ちできなかったからなの? 

光隠居 そうではない。寧ろ経験値を高めようと、音楽だけではなくもっと社会に学ぼうと考えたから、音楽をお休みしたのさ。
 
ミヤビ でも、結果的に音楽は止めたんじゃん!  

光隠居 音楽を志したのは、自分の伝えたい事を一番表現しやすいと思ったからで、それが一番手っ取り早いと考えたからにすぎん。しかし、音楽を深くやっていればいるほど、もっと伝えたい事を人に解り易いように伝えたい気持ちになった。それには余りにも音楽に偏り過ぎた事に気が付いたんだよ。社会はもっと深遠で、複雑だった。もっと早く社会の奥深さを知っていたなら、手当たり次第に貪るように色々な事に目を向けていれば良かったと、その時後悔し、一からやり直すべく父のやって居た仕事に入ったんだ。 

ミヤビ 音楽は、そんなに伝える事が難しいの? 

光隠居 難しい。ミヤビはベートーベンと云う作曲家を知っているかい?
 
ミヤビ 知ってるわよ。音楽室にもペンと楽譜を持って小難しい顔した絵が飾ってあるわ!  

光隠居 あの人のピアノの曲に『悲愴』と云うソナタがある。2番目の曲は『悲愴』と云う名前の割にかなり穏やかな感じがする。ミヤビ。穏やかな悲しみって、どう云う事か分るかい?

ミヤビ 『穏やかな悲しみ』?今日のような日に、とても悲しいって事って、どんなんだろう……。
 
光隠居 あの庭の真ん中に大きな桜の樹があるだろ。 

ミヤビ ご隠居ママがとても大切にしていた桜ね。 

光隠居 あの桜が咲き始めると、美しいと思うと同時に、私はとても悲しい気分になる……。 

 
そう言ってご隠居はほんのり紅く色付いてきた桜の幹を観て遠い目をした……。

そして、ミヤビはもう少し自分の将来を考えてみようと思った……。 

 

山霞薄紅靄 終わり