光隠居とミヤビちゃんのちょっと聞けない日本の雅 -日本の常識 - ~その16 三級波高魚化龍 1~

(2010.04.27)

皐月の雲は高く、丘陵からは若々しい薫りが立ち、月桜町の初夏は何か心愛く感じがする。
この街は東京のベッドタウン。平日の昼間は小さな子供の声と、宅配便の車の音くらいしかないが、この時期は鶯の遠音や雲雀の囀り、鳥々の声は、この街の平和な事を否応無しに感じさせている。
そんな街の丁度中央に、これまたこの町の名物隠居と月桜小町が、薫る風に酔いしれながら、縁側で茶を喫っしている。

光隠居 『山青くして花燃えんとほっす。』良い季節だな~……。

ミヤビ ご隠居~・・・・。急に大きな声で、呪文を唱えないでよ~。」っと言いながら、目の前の柏餅に手を伸ばす。

光隠居 呪文とは失敬な事を言う!これは中国唐の時代の大詩人、杜甫の名句じゃ!ミヤビも中学二年生になったんだから、杜甫位は知っていよう。

ミヤビ 徒歩で駅まで行っているけれど、そんな呪文を唱える大死人なんて、全く知らないわ!

 
口に柏餅を頬張る。
 

光隠居 アホに付ける薬はない!」翁は呆れ顔ながら、その目は孫の様な年の離れた娘を慈しむ眼差しで見る。

ミヤビ そう云えば、この『柏餅』ってなぜ端午の節句に頂くの?

光隠居 端午の節句は菖蒲の節句とも云い、月桜公園の池に咲いている紫色の花の時期に行う御節句だが、菖蒲は尚武(しょうぶ)に通じていると考え、尚(なお)武しとは男の誉め言葉だった。男の子は家を継ぐ宿命があるが、柏の葉は古い葉が落ちないと新しい葉が出ない。しかし必ず新しい葉が出るので、その生命力と代々繋がると云う意味で、この時期に柏餅を頂く。

ミヤビ へえ~……。」感心しながら又一つ柏餅に手を伸ばす。

光隠居 それだけではない。昔、柏の葉っぱにはお皿の役割があった。もともと柏の葉には抗菌作用があり、この上に食べ物を載せておくと、食べ物が腐りにくかった。昔の五月、これを旧暦の五月と云うが、今のカレンダーで行くと凡そ一月半くらい違い、そうだな~……、六月中旬位になる。この時期は温度も高くなり、餡子やお餅が傷みやすい。其処で柏の葉に包めば日持ちしたと云うのが、実際の話なんだと思う。

ミヤビ お皿の代わり~……。昔の人は考えたね~。何時位から『柏餅』って在ったんだろう?

光隠居 色々な説はあるが、江戸時代の中頃には端午の節句には『柏餅』と云う事になったらしい。本来、端午の節句は男子の節句ではなく、女子の為のお祭りだったんじゃ。しかし、武士の時代になって、尚武とくっ付いてから男子の節句になった。『柏餅』自体はそんなに古い歴史を持ったものではない。柏の葉っぱが皿として使われていたのは、千年以上も歴史があるが……。

ミヤビ 端午の節句が、女子のお祭り~?それは聞き捨てならないわ!教えて!男子に取られた楽しいお祭り!何時の日か私が取り返す時の理由にするわ!」

 
ミヤビの猛々しい形相に、光隠居も渋面を作る。

 

つづく

*三級波高魚化龍(さんきゅう なみたこうして うおりゅうとかす)

中国の夏王朝を開いた禹が黄河の治水をした際、三段の瀧ができ、
これを登る魚は龍になるという故事から転じて、
鯉のぼりや登竜門という言葉が生まれました。
立身出世の志を表しています。