光隠居とミヤビちゃんのちょっと聞けない日本の雅 -日本の常識 - ~その9 立春大吉~

(2010.02.23)

まだまだ寒い日が続く如月(二月)の午後、ベットタウンの月桜町は普段にも増して静かだ。しかし、幽かに鼻腔は梅花の香りを感じている。町唯一の和菓子店『福嶋庵』の季節の銘菓「鶯餅」を挟んで、ミヤビは光隠居から日本人と外国人の悲しい誤解の話を聞いている。

ミヤビ(以下ミ) なんか、悲しい話だけれど、「節分」はとても楽しい行事なのはどうしてなんだろう?

光隠居(以下光) 日本人は「春」がとても好きなのさ! 春を迎えるのは、「良い事」を迎えるのと同じ意味でもあった。だから、「節分」は心がウキウキする行事になったのさ。 

 外国人虐待でも~? 

 こらこら、滅多な事を云うもんじゃない。その話は「鬼」がどうして生まれたかと云うだけで、「節分」が外国人虐待の行事だったと云う事ではない。ただ、「わからない物」や「病気」を鬼に例えたと云うだけで、99%の日本人が「鬼」なんか見た事が無い訳だから、「鬼」=外国人ではない。寧ろ、悪魔や病気にならず、快く新しい季節を迎えたい為の儀式として、豆を撒き心を清めたかったのじゃ。それが証拠に、豆を撒いた後、玄関に「立春大吉」と云う張り紙をして、我が家には悪魔や病気が無くなり、良い事が沢山ありますよと宣伝する。 

 隠居の玄関にも貼ってあるわね。あれって、宣伝だったんだ。 

 
3個目の鶯餅に手を伸ばすミヤビ。

 
 宣伝~……。まあ、いいか。 

 
呆れ顔の隠居は、茶を喫して溜息をつく。

 
 ところで、「立春大吉」は読めるけれど、その隣に書いてある長い漢字は何て読むの? 

 「蘇民将来子孫也(そみんしょうらいしそんなり)の事か?」

 そのお経みたいな言葉、何? 

 私の家は蘇民将来と云う人の子孫だから、とてもつよいですよ! って云う意味じゃ。 

 隠居って、蘇民将来って云う人の子孫なの? 私の家は何て云う人の子孫なんだろう……? 

 我家の先祖は蘇民将来って云う人ではないが、方便(ほうべん)と云って、ついて良いウソの事じゃ。

 ウソなの? とてつもない大きな声で隠居を睨むミ。

 方便! その昔、海の向うから物凄い術を持った魔法使いのオジサンがやって来た。どんな悪者も、そのオジサンの魔法でやっつけられてしまうほど強い力を持った人だった。その子孫であると云うだけで、悪者が寄って来られなくなったのじゃ。以来、誰もが蘇民将来の子孫だと云って、玄関に張り出したと云う訳じゃ。

 へ~。なんか偽装のニオイがするわね。魔法使いでもないのに、魔法使いの子孫だ! なんて云いのけるところ。 

 
両黒眼を横にして、光を斜(はす)に見るミヤビ。

 
 テレビの見過ぎじゃ! そのくらいのウソは、ついてもいいの。 

 
空威張りの隠居は遠目で庭の梅を見る。

 
 じゃあ、その下隣にある「開工大吉」と逆さになっている「福」は、どんなウソがあるの? 

 ウソじゃない。方便じゃ!「開工大吉(かいこうだいきち)」は、扉の向うに良い事がありますようにと云う御呪い。逆さまの「福」は、福が降って来るようにと云う御呪いで、両方とも友人の中国人の偉い先生に書いて頂いた。 

 隠居って、良い事が好きなんだね~。 

 
両黒眼を上にして、何やら企み顔のミヤビ

 
 世の中が難しい時代は、誰も彼も春と云う季節を待ちわびる。良い事が沢山ある事は、幸せが沢山あると云う事じゃ。しかし、『福島庵』の鶯餅は旨いの~。まさに「福」じゃ!

 
そう云いながら、いつまでもミヤビがこの家の扉から入って来るようにと祈る光隠居だった……。

 

第2章「立春大吉」おわり。