表参道eco日記 - 5 - 即興演奏家という仕事。

(2010.03.09)

即興演奏家……それが、私の友人、神﨑えり(こうざき・えり)の職業です。最初に聞いた時は「吟遊詩人」並みに(!?)ロマンチックな響きで、びっくりしたのを覚えています。

アメリカの無声映画にあわせて即興演奏。

2002年冬、パリ留学中に参加したパーティーで彼女に出会いました。第一印象は「かわいい女の子」。大柄な外国の学生たちに囲まれて、とても小さく見えたから。「Eri、何か弾いて!」誰かが声をかけ、彼女が演奏を始めたとき、空気が変わりました。自由に大胆に、でも、ときおり懐かしい旋律をからめて広がる世界。砂糖の粒が糸になり綿菓子になるように、華奢な指がはじきだす音が新しい音楽をふくらませていきます。楽譜を見ずに、即興で作曲・編曲して演奏する……これが即興演奏!演奏が終わり、彼女が小さく息を吐いた瞬間、会場は「ブラーヴァ!!(素晴らしい)」という声に包まれました。8年たった今でも、鮮やかによみがえる思い出です。

パリ留学時代。世界各国の音楽家仲間たちと。左から二番目が神﨑さん。

久しぶりの再会は表参道。パリのサンジェルマンデプレに似た雰囲気にひかれて、たまに散策に訪れるそうです。その手には昔から愛用している五線紙。パリジェンヌのように、お気に入りのものを大切に使うのが彼女のスタイルです。カフェオレを飲みながら、私は以前から気になっていたことをたずねました。それは、「どうして、即興演奏家になったのか」。ちょっぴり神秘的な職業に思えたから。

即興演奏との出合いは、なんと、5歳の時。ピアノで知っている曲を弾いているうちに、好きなようにアレンジするようになって、まったく違う曲になってしまったのが「即興演奏に恋をした瞬間」(←なんだか初恋みたい!)だったそうです。大人になった彼女は迷うことなく音楽の道へ。音大を卒業し、パリ音楽院(コンセルヴァトワール)に留学。芸術の都パリで始まった夢のような暮らし。でも、夢はやがて大きな不安へと変わりました。パリは世界中から優れた音楽家が集まる場所。その才能に圧倒された彼女は自分の進むべき道を見失いかけます。「私は色々なことができるけど、ひとつのことを極めている人には勝てない……」そう悩んで行き詰まりを感じ、帰国するか迷ったことも一度ではなかったと言います。 
 

古楽譜屋さんで見つけた楽譜たち。他の音楽家が使ったものをリユース。
使い込んだ楽譜にはたくさんの書き込みが

パリ留学3年目、転機は突然訪れました。それは、当時師事していた教授から誘われた「シネ・コンサート」。「シネ・コンサート」とは、無声映画を上映し自然の音や感情表現のすべてをピアノで即興演奏するという、映画とコンサートがひとつになったスペクタクル。日本ではあまり知られていませんが、フランスでは人気のある舞台芸術のひとつです。

「映画の途中から、ピアニストの存在を忘れてしまった。」

無声映画と即興演奏が一体化した舞台を見た時の感動を、彼女はこう表現します。趣味で続けていければいいと思っていた即興演奏が職業になる。小さい頃から一番好きで、今まで学んできた作曲理論や演奏技術が総合的にいかせる特別な仕事。彼女が、即興演奏家になろうと決心した瞬間でした。その後、パリ音楽院のピアノ・オルガン即興演奏科に日本人として初めて合格。フランスやイタリア、アメリカで演奏活動を重ねます。彼女のステージに感動した色々な人から声がかかり、パリの劇場で定期的に演奏をするまでになりました。即興演奏に恋をして20年。パリで「青い鳥」を見つけた彼女は、周囲が驚スピードで次々と新しい道を切り開いていったのです。

ふと、興味がわいて聞いてみました。

「即興演奏で、大変なことって何?」

……しばらく考えて、彼女は申し訳なさそうに首を横にふりました。「楽しいことならいくらでもあるけど、何が大変かは思いつかない。物心ついた時から大好きなものだから」。仕事をこんな風に言い切れる姿が、とても素敵でした。天職って、こういうものなのかもしれません。日本に完全帰国した彼女の夢は、「シネ・コンサート」の存在をたくさんの人に知ってもらうこと。そして、それを日本で広めること。カフェで希望にあふれた彼女の話を聞くうち、パリの学生時代に戻ったような気持ちになりました。

10年以上大切に使っている本番用の靴

即興演奏は生き物。その時々の音楽家の内面が表現されるから、二度と同じ音楽は生まれない。だからこそ、表参道という街がインスピレーションを与えた演奏をとても聞いてみたくなりました。それはきっと、パリで聞いたものとは違う音色がするはずだから。

 

神﨑えり(こうざき・えり) コンサート情報

2010年3月20日(土)「第232回バラエティサロン“シネコンサート”」
場所:平山交流センター(東京都日野市、京王線「平山城址公園」駅目の前)
時間:午後2時 上映作品:「チャップリンの犬の生活」「チャップリンのお仕事」
問い合わせ:042-581-7580(日野市中央公民館) 
*最新情報は公式ホームページでご確認ください。