旨くないものを口にするほど人生は長くない - 4 - 国宝を食べちゃおう!! 
ハンガリーのマンガリッツァ豚。

(2010.02.23)

何を食べても美味しく感じられ、クサヤと大葉と春菊以外は食べられるぞ、と気を吐いていた20代。でも、この年になって食べる体力が衰えて来ると、だんだんと嗜好が幼少時の頃に戻ってくるみたい。いち早く苦手になってきたのが、昔から食べつけなかった霜降り高級牛。肉と言えば豚肉か鶏肉という環境で育ったものですから……。

一年ほど前にもこの欄で、この世から豚がいなくなったら悲しい! と訴えました。
そんな豚派の私、ハンガリーには国宝の豚がいると聞き、写真を見た瞬間、一目惚れしてしまいました!! フワフワ、モコモコ、なんてラブリー。あ、でもちょっと待って、食肉なの? ……っていうか、国宝って食べていいの? あれこれ葛藤した結果、やっぱり食べてみたくなりました。仔羊を抱いて「きゃー、可愛い~」と言った舌の根も乾かないうちに、同じ施設内でジンギスカンを食べるコースを楽しんだという北海道観光の土産話を聞いたことあるけど、まさにその境地かな。

フワフワ、モコモコ、なんてラブリー、マノンガリッツァ豚。

この豚、 マンガリッツァといいます。ドイツ在住時は旨い豚食品をさんざん堪能したつもりでいた私でも、いや、こんな豚ちゃん知りませんでした。聞けば、第二次世界大戦後、暫く絶滅の危機に晒されていたところ、1991年に復活を果たしたとか。1992年の春に日本に帰国した私は、ニアミスだったみたい。

 
生ハムとサラミを頂く機会がありました。生ハムは、照りのある美しい桜色。クセがなく優しさのある口当たりの中にも、しっかりと豚の甘みを湛えていて、その後味は、やがて舌の上からすぅっと消えていきます。イベリコ・ベジョータのような力強いタイプとは全く違う方向性の魅力。打って変わってサラミは熟成感のあるこっくりとした旨み。口蓋を覆うような、ねっとりとした脂が口の中の温度でほどけていき、最後に旨みが残る感じ。

サラミ盛り合わせ。

マンガリッツァは、全体の70%以上が脂肪と、世界で最も脂肪率が高い豚なのだそう。肉というものは良質の脂があればあるほど美味しいんですって。考えてみれば、脂って漢字は肉を表す月(にくづき)という部首に旨いと書きますよね。マンガリッツァの脂は筋肉組織内に均一に含まれ、細胞レベルでは白豚より多く浸透しています。口溶けが良く、エレガントなアフターテイストの秘密は、ここにあるんですね。

動物性脂肪が尊ばれていた時代、高脂肪豚のマンガリッツァは人気がありました。冷蔵・冷凍技術が発達していなかった頃、保存性の高い脂は肉よりも高価だったようで、1950年代までヨーロッパの殆どの地域では、料理には植物油ではなくラードを使っていました。オリーブは海の近くにしか植わっておらず絶対数が少なく、ヒマワリはマーガリン普及の時代までは主に観賞用だったし。でも、ラードが植物性油脂にとって代わられ、1970年代に絶滅の危機に。

これを救ったのが、1991年に始まった「食べることは救うこと」という、一見パラドキシカルな見地に立ったハンガリーとスペインの共同事業。食べるという目的がないと、頭数を大きく増やすことにマンパワーもお金も掛けられないですものね。ハンガリーの全てのマンガリッツァは、マイクロチップと耳タグで1頭1頭管理されていて、これは世界の豚の中で唯一なのだそう。だから、悪徳流通業者によってニセモノや死んだ豚の肉が出回ったとしても、すぐに追跡して市場から排除されるのです。要するに、マンガリッツァを選ぶことだけで、安全性は確保されているというワケ。
イベリコに比べて肥育頭数がごく限られているマンガリッツァなので、日本中どこでも買えるわけではありません。都内であれば、プランタン銀座と新宿高島屋がありますが、それ以外の地域にお住まいの方はオンラインショップで。でもレストランでなら、ハンガリー料理のみでなく、フレンチ、イタリアン、とんかつ、角煮その他、さまざまなスタイルのマンガリッツァ料理を楽しめます。お店のチェックは こちらから。http://www.picksalami.jp/list

私の気に入りのお店、 Ristorante tono;4122でも、最近マンガリッツァを扱い始めたというので、さっそく訪問。3品の料理をバイ・ザ・グラスのワインと合わせてみました。

マンガリッツァサラミのカラブリア風。

 

ピッツァ マンガリッツァサラミのカラブリア風+Elemental Cellars Melon 2005 [Deux Vert Vineyard] オレゴン

サラミの脂が唐辛子を効かせたカラブレーゼのソースの辛みを上手く包み込み、ルッコラの軽い苦みとゴマ風味が、バランス良く調和。ワインのElemental Cellars Melon 2005 [Deux Vert Vineyard] オレゴンはフランスのミュスカデと同じ品種なので特有のきれいな酸味は勿論、このワイン独特のふんわりとしたオレンジの花のような芳香が、不思議とカラブレーゼと相性良し。
 

マンガリッツァ豚バラ肉と春キャベツのペペロンチーニ。
マンガリッツァ豚肩ロースのタリアータ。

 
パスタ マンガリッツァ豚バラ肉と春キャベツのペペロンチーニ+Viognier/Marsanne/Roussanne 2004 [Torbreck] オーストラリア

たまり醤油漬けの粒マスタードが、豚肉と春キャベツの甘みを引き立てています。たっぷり目の脂が、パスタにツルツルとした食感を与え、時間が経っても美味しさを損なわないマジック。ワインのViognier/Marsanne/Roussanne 2004 [Torbreck] オーストラリアは様々なフルーツが複雑に交じり合った感じの濃厚なワインと思いきや、質の良い脂と相俟って軽やかに感じられ、ついつい杯が進んでしまいます。

 

肉料理マンガリッツァ豚肩ロースのタリアータ+Petit Verdot 2005 [Pirramimma] オーストラリア

カリカリの脂身が香ばしい。20分掛けて丁寧に焼いた肉の肌は、噛むとじんわりと染み出す肉汁を閉じ込めていて、それでいて決して油っぽく見えません。ハイビスカスソルトに含まれる酸味が、最後まで飽きさせない味わいの世界を演出。ワインの Petit Verdot 2005 [Pirramimma] オーストラリア は、普通の豚のオーブン焼きなら、白ワインか明るい色合いの赤ワインを合わせてみたくなるけれど、これは違いました。マンガリッツァ豚と渡り合えるのは、完熟した桑の実やダークチェリー、ダークチョコのような凝縮感ある味わいと、しっかりとしたタンニンがあってこそ。

今回は、豚はハンガリー産、料理のスタイルはイタリアン、ワインはアメリカやオーストラリアという国際派の楽しみ方を堪能しました。美味しさは国境を越えます!まずは本場のハンガリー料理を試してみるも良し、受け容れやすい和食からアプローチしてみるも良し。あなたの好きなスタイルでマンガリッツァを体験して下さい。

※食品関連業の方は、3月3日~5日に開催のフーデクス・ジャパンで試食出来ます。ブース6E-51へどうぞ。