カリフォルニアのピノ・ノワール – 5 – エレガントさを極めた
ピノ・ノワールのかたち

(2015.04.23)

ピノ・ノワールを特徴づける最大の美点はそのエレガントさ。素晴らしいテロワールから生み出された果実をエレガントなワインに変身させるのは、テクニックに先立つピノ・ノワールに対する深い思いとセンス。
Hanzell Vineyards ハンゼル・ヴィンヤーズ Sonoma
生み出すのはバランスに優れたエレガントなピノ・ノワール

北米大陸で最も高い樹齢のピノ・ノワールが植わるハンゼル・ヴィンヤーズ。ソノマの町の北、市街地を見下ろすマヤカマス山地の山腹にワイナリーと畑はある。一帯のサブAVAはムーン・マウンテン、ソノマのなかでも最も小さなAVAのひとつ。ワイナリーは1957年(ぶどうはそれ以前の1953年に植樹)、有力な工場経営者だったジェームズ・デイヴィッド・ゼラーバックにより設立。イタリア大使も務めた彼は、赴任中ブルゴーニュに足繁く通い(シュヴァリエ・デュ・タストヴァンのメンバーでもあった)、かの地のピノ・ノワールとシャルドネにどっぷり浸かり、同水準のクオリティのワインの生産を自らのワイナリーでも目指した。

80ヘクタールの広さの畑は大きく6つのブロックに分かれ、植えられているのはピノ・ノワールとシャルドネ、それにごく少量のカベルネ・ソーヴィニヨン(コマーシャルなリリースはしていない)。ピノ・ノワールとシャルドネの2種類のみリリースされるが、グラン・ヴァンに当たるのがハンゼル・ピノ・ノワールとシャルドネ、それにディフュージョン・ラインともいうべき、セベラ・ピノ・ノワールとシャルドネがあるだけ(年により、1953年植え付けのぶどうだけからつくられるアンバサダーズ1953ヴィンヤーズなどのシングル・ヴィンヤード産もごく少量ある)。

2008年からワインメーカーを務めるのはマイケル・マクニール、カリフォルニアにオレゴン、ブルゴーニュで経験を積んだ人物。そのカリフォルニアではシャルドネとピノ・ノワールに強いシャローン(有名な米仏のワイン対決、1976年のパリ・マッチ・テイスティングでシャルドネが3位)で腕を磨いた経緯があり、エレガントなスタイルのワインづくりに心を砕いている。

ピノ・ノワールの畑と旧ワイナリー
ピノ・ノワールの畑と旧ワイナリー
1953年植え付けのピノ・ノワール。風格さえ漂う
1953年植え付けのピノ・ノワール。風格さえ漂う
1965年以降のワインは全てストックしてあるライブラリー・コレクション
1965年以降のワインは全てストックしてあるライブラリー・コレクション
ワイン・メーカーのセンスこそが、エレガントなピノ・ノワールを生む

平均すると樹齢23年ほどのピノ・ノワールは、10%弱の全房も用い、5日間の低温浸漬に続き10日から18日間のアルコール発酵。その後新樽と旧樽半々で18ヵ月間熟成して瓶詰めとなるが、リリースは1年弱寝かせてから。新樽が5割と多めの比率だが、新樽臭さなど微塵も感じさせず、アルコールも14.5%と決して低くはないものの、口当たりはすこぶる滑らか。ともかくバランスに優れた、エレガントなワインで、ピノ・ノワールはかくあるべしという格好な見本(ちなみにシャルドネはマロ=ラクティークを起こさずリンゴ酸を残したもので、ファットなシャルドネの対極とも言うべききれいな白)。

そしてハンゼルのピノ・ノワールは偽りなく熟成する。テイスティングに用意されていたのは40年以上を経た1970年のハンゼル・ピノ・ノワール(1965年以降のワインはライブラリー・コレクションとしてストックしてある)。色調にはいまだ濃い赤の要素もあり、ブルゴーニュであれば1980年代前半のニュイ=サン=ジョルジュといった風情で、それは香りにも感じられ、口中に広がる柔らかな甘味と健全な酸のハーモニーがきれいにアフターに続くという古酒。聞くと抜栓はテイスティングの30分前だったという。他の若いピノ・ノワールなどを行きつ戻りつしながらゆっくりと30分以上をかけじっくりと唎いたが、最後まで崩れることはなかった。

設立者以降、代々のオーナーとワイン・メーカーが素晴らしいピノ・ノワールとは何かを知っていて、ピノ・ノワールとは本来どのようなかたちでワインに結実するのがよいのかフォーカスが定まっているハンゼル。オーナー、ワイン・メーカーに最も必要とされるのはセンスであることをいみじくも教えてくれるワイナリーである。

ライブラリー・コレクションから1970年ピノ・ノワール
ライブラリー・コレクションから1970年ピノ・ノワール
ワインメーカーのマイケル・マクニール
ワインメーカーのマイケル・マクニール
ピノ2本、左がディフュージョン・ラインのセベラ・ピノ・ノワール
ピノ2本、左がディフュージョン・ラインのセベラ・ピノ・ノワール
Flowers Vineyard & Winery フラワーズ・ヴィンヤード・アンド・ワイナリー Sonoma
ピュアさの塊、キャンプ・ミーティング・リッジ・ピノ・ノワール

フラワーズのキャンプ・ミーティング・リッジ・ピノ・ノワール2012年のアルコールは13%を切る12.9%。グラスの向こうの新聞の文字が読めるくらいの淡い色調は、カリフォルニアのピノ・ノワールに慣れていると驚きだが、ピノ独特のサクランボ・リキュールのようなニュアンスの風味がグラスから溢れ、滑らかな口当たりで重層的ながらピュアなうまみが横溢する。リリースされて1、2年にもかかわらずこの若さで十分おいしく、エレガントという言葉はこのワインのためにあるといっても過言ではないピノ・ノワール。

ロシアン・リヴァーの河口から北西に20キロメートル弱、標高350メートルから570メートルに畑は広がっていて、ここがキャンプ・ミーティング・リッジ。ソノマで最も太平洋岸沿いにあるサブAVA、フォート・ロス=シーヴューに位置している。ワイナリーは1990年フラワーズ夫妻によって、最初はぶどう栽培のみのグロワーとしてスタート、キャンプ・ミーティング・リッジの植樹は1991年に始まった。高い標高に加え、海岸から4キロメートルほどの畑は常に海からの冷たい西風にさらされているため年間を通じての気温は他の産地に較べて低く、そのためぶどうの生育期間は長くなるという利点がある。

ピノにシラーを混ぜ、さらにシャルドネまで加えてしまう変り種もあるが、基本フラワーズで産するワインはピノ・ノワールとシャルドネ。ピノ・ノワールはキャンプ・ミーティング・リッジと、それより高い430メートルから570メートルの標高に広がっているシー・ヴュー・リッジ・ヴィンヤード・ピノ・ノワール、それに複数のグロワーから買い入れたぶどうでつくるソノマ・コースト・ピノ・ノワールがある。ソノマ・コースト・ピノ・ノワールのぶどうはほとんど海岸沿いの畑からのもので、加えてキャンプ・ミーティング・リッジとシー・ヴュー・リッジからの果実も併せて2割ほど用いられている。

左端がキャンプ・ミーティング・リッジ
左端がキャンプ・ミーティング・リッジ
どんどん純化するフラワーズ。バイオダイナミックはその一環

ソノマ・コースト・ピノ・ノワール2012年は、薄めの色合いでエステート・ボトルに共通したキャラクターも感じられ、十分にうまい。ただアルコールは高く13.9%あり、つくりでも新樽を4分の1の割合で用いている。対してキャンプ・ミーティング・リッジの新樽比率は5分の1。これはカリフォルニアでも低い数字といえる。カリフォルニア産ピノ・ノワールは、ここしばらく、価格が上がると色も濃くなり、アルコールのパーセンテージも上がる、そして新樽の割合が高くなるという傾向にあったが、フラワーズはそれとは一線を画している。

フラワーズが求め、表現するのはピノ・ノワールのエレガントさとピュアさ。だから価格の高い安いと、色の濃さやアルコールのパーセンテージ、新樽の比率などは関係しない。テロワールが有するポテンシャルをピノ・ノワールに素直に体現することに最も腐心している。

それを推し進めるため、2009年よりぶどうはプレパレーションも用いた完璧なバイオダイナミックで栽培。加えて、キャンプ・ミーティング・リッジとシー・ヴュー・リッジの両エステートではブロック別のキュヴェも2009年ヴィンテージよりリリースを開始した。土質、斜度、日照量等のテロワールの異なりがブロック毎に大きく、同じヴィンテージにもかかわらずアルコール換算で1%以上ぶどうの糖度が違ってきたりするためで、例えば2012年産キャンプ・ミーティング・リッジのブロック2のピノ・ノワールは13.7%だったのに対して、ゲスト・ハウス下のブロック14は12.3%という具合。当然ながらその差異は糖度だけではなく、出来上がったワインの風味、味わいといったキャラクターにも表れる。キャンプ・ミーティング・リッジ、シー・ヴュー・リッジとしての個性を愉しみながら、構成しているブロック毎のテロワールの差異も味わえるようになったフラワーズ、新たなステージに入った。

ピノ・ノワールが植えられているブロック14の区画から臨むゲスト・ハウス
ピノ・ノワールが植えられているブロック14の区画から臨むゲスト・ハウス
カヴァー・クロップの種。窒素の固定など役割はさまざま
カヴァー・クロップの種。窒素の固定など役割はさまざま
ヴィンヤード・マネジャーのグレッグ・ミラー
ヴィンヤード・マネジャーのグレッグ・ミラー
数メートル離れるだけで土質は異なる
数メートル離れるだけで土質は異なる