セレブ御用達トラットリア『ガルガ』
銀座三越に登場

(2010.10.14)

去る9月11日、増床リニューアルオープンした銀座三越に『トラットリア ガルガ』がオープンした。『ガルガ』は、本国イタリア・フィレンツェでは“セレブ御用達”として有名な店。私も訪れたことがあるが、けしてゴージャスでも超高級でもない。それがなぜセレブに人気があるのか、傍目にはわからない不思議な店である。今回は、フィレンツェ在住のジャーナリスト・池田愛美さんの案内で、銀座店を訪れた。彼女は後述する『ガルガ』の本も書いた料理通である。以下、彼女に聞いた『ガルガ』の魅力をお伝えしよう。

『ガルガ』のあるフィレンツェは、ルネッサンスの街並が今に生きる古都。東西3キロの旧市街のなかに多くのリストランテやトラットリアがひしめいている。だが、そのほとんどが、いかにも歴史を感じさせるクラシックな佇まいの、百年前とさほど変わらないトスカーナ伝統料理を食べさせる店だ。
 
そんな中で『ガルガ』は異彩を放っている。内装は、創業者であるオーナー、ジュリアーノ・ガルガーニが我流で描く、ちょっとシャガールのようなファンタジックな絵だとか、アーティストなのか職人なのか判然としないジュリアーノの友人達のオブジェなんかが、壁といわず空間といわず埋め尽くしていて、とにかく賑やかである。

御年72を数えるジュリアーノは、10歳で肉屋の奉公に入り、その後革細工職人となるが、子供の頃に目の当たりにした肉屋で繰り広げられる鮮やかな“食のアート”が忘れられず、かつての奉公先の肉屋が売りに出されたのをきっかけに肉屋に戻る。そして、その後、自らの小さなトラットリアを開いた。1979年12月のことだ。

『ガルガ』の名物料理。上段左からサルデーニャ産からすみを使ったスパゲッティ(2800円)レモン風味のクリームのタリオリーニ(1800円)。下段左・仔羊の香草風味(2800円)仔牛トリッパの煮込み(1400円)

 

彼はトスカーナ料理を愛していたが、同時にもっと新しいスタイルを求めていた。新鮮な素材だけが持つ味わいを引き出すには、従来の伝統料理のように弱火で長時間煮込んだり、大きな塊肉をじっくりローストするのではなく、強い火力で一気に加熱する、あるいはほとんど加熱せず、生の状態をもよしとすべし、と考えた。

実は80年代のイタリア料理界では、グアルティエロ・マルケージという奇才が、ヌォヴァ・クチーナ・イタリアーナ(新イタリア料理)を提唱し、選りすぐりの高級素材の持ち味を、最大限に引き出す必要最低限の加熱を実践していた。ジュリアーノも時を同じくして、同じ点に着目したわけだが、彼はそれを、あくまでもトラットリア料理、フィレンツェの庶民の味で実践したのだ。

名付けて、ジュリアーノ式「クチーナ・エスプレッサ」。すなわち、速攻料理。作り置きをせず、基本的に10分で仕上げる料理である。パスタはゆでている間にソースが出来上がり、肉は短時間加熱が可能な薄切りの仔牛か、レアでも旨い赤身の牛肉を使う。伝統料理至上主義のコンサバ・フィレンツェ人たちも、やがてその美味しさを知り、噂が噂を呼んで、イタリアのみならずハリウッドやファッション界の連中もこぞって訪れるようになったという。

『ガルガ』の人気が高まるにつれ、世界各地、特にアメリカから、出店の誘いも増えたが、ジュリアーノは頑にその申し出を断ってきた。ところが、今回、銀座出店を承諾したのは「日本の人は自分のアートを正当に評価してくれるから」だという。彼の言うアートとは、自分の絵であり、また料理である。

福井洋一さんの壁絵と一体となった空間演出。
オーナー・ジュリアーノ・ガルガーニ(右)も似顔絵で登場。
サービスは若さと活気のある『ガルガ』風。
三越新館11階のカジュアルなレストランフロアにある。
壁の絵がフィレンツェ本店の雰囲気を伝えている。
昼はランチセット中心、夜はアラカルトをトスカーナワインと。

オープンにあたって、高齢のジュリアーノ本人は来日できなかったが、代わりに、26年間右腕としてガルガ料理を作り続ける料理人エリオ・コッツァを派遣し、銀座店のスタッフにその真髄を伝授した。日本では手に入りにくい素材を除いて、メニューのほぼ8割が本店と同じ構成になっている。

『ガルガ』の目玉料理は、サルデーニャ産からすみを使ったスパゲッティ(2800円)。すりおろしたからすみにエキストラ・ヴァージン・オリーブオイル、唐辛子、バジリコを合わせてすり混ぜたところに、パスタのゆで汁を加えてとろりと乳化させたソースを、細めのスパゲッティに絡める。ゆで汁以外は一切加熱しない、そのソースのなめらかさとからすみの芳醇な旨味を堪能する一皿である。

また、1993年のアメリカ版『GQ』で「世界十大料理」の一つに選ばれた、レモン風味のクリームのタリオリーニ(1800円)も本国で人気のある料理だ。生クリームにレモンとオレンジの皮をすりおろし、ブランデーで風味付けした濃厚なソースを卵入りの生パスタと合わせる。あまりに美味しいのでメディチ家最大の権力者と唱われたロレンツォの異名「イル・マニフィコ」と名づけられた逸品だ。

26年間ジュリアーノの右腕としてガルガ料理を作り続ける料理人エリオ・コッツァ。

肉料理は仔牛、赤身の牛肉のほかに、仔羊も定番で、仔羊の香草風味(2800円)はさっとフライパンでソテーした骨つき仔羊肉にローズマリーの爽やかな香りがよく合う一品。また、フィレンツェ本店ではめったに出さないが、トスカーナ伝統の味、仔牛トリッパの煮込み(1400円)はまったくクセがなく、とろりと柔らかくて赤ワインの供に最適。エリオ曰く「フィレンツェで食べるより美味しいかもしれない!?」。

店内は、ジュリアーノの友人の1人としてフィレンツェ・ガルガの壁に絵を描いた壁画家、福井洋一氏がフィレンツェの街並やルネッサンス的建築物を独特の色彩で再現した。さほど広くはないが、ファンタジックな壁画やイラストがトロンプイユ(だまし絵)的効果を与え、デパートにいることをしばし忘れるような空間である。

 

トラットリア ガルガ 東京店

tel.03-6228-8233
東京都中央区銀座4-6-16 銀座三越11階
11:00~23:00 
無休
http://www.vinvino-to.jp/gargas/
ランチにはお得なランチメニュー、ディナーは本店により近いアラカルトメニューとコース(4500円)、ランチとディナーの間はカフェタイムとしてドルチェとパスタ数品を用意している。

 
セレブ料理を家庭でも。『ガルガ』の料理本も同時発売!

今回『ガルガ』の解説をしてくれた池田愛美さんが書いた料理本。写真は夫の池田匡克さん。夫妻は、揃って元雑誌編集者で、1997年以来フィレンツェを拠点に活動するジャーナリストである。イタリア文化の第一級の語り部として、すでに10冊の著書を持ち。「ロトンダ・クラブ・イタリアーナ」というブログサイトを運営している。この本は、『ガルガ』の常連でもある池田夫妻と料理人エリオ・コッツァの情熱によって生まれたものだ。池田さんによれば、エリオは以前から料理本を作りたいと望んでいたそうである。美味しくて素早くできて、しかもけして難しくはないガルガの料理をもっともっと知ってもらいたいと考えていたからだ。そして、池田夫妻との共同作業が始まった。暇を見つけては、エリオが料理を作り、池田夫妻が写真を撮り、レシピを整理し、データを蓄えていった。それがこのほど、銀座店オープンとともに長年の夢が叶って、武田ランダムハウスより発売となった。日本では知名度の低い「トラットリア・ガルガ」を知ってもらうために、ガルガ誕生のいきさつ、エリオとジュリアーノの人となり、そして、肝心のガルガのクチーナ・エスプレッサのレシピ40品を紹介。また、一年365日とにかく料理をしていたいという料理好きエリオが、週に一度の休日に友人を招いてふるまう料理のレシピ34品、エリオの故郷サルデーニャへの小旅行記も収めた。制作3年をかけた、トラットリア・ガルガのすべてがわかる一冊である。『ガルガ』の料理は店で食べてもいいが、家で作るにもうってつけだ。なんせ10分で、世界のセレブを魅了する料理ができるのだから。

 

『伝説のイタリアン ガルガのクチーナ・エスプレッサ』

調理=エリオ・コッツァ
文=池田愛美
写真=池田匡克
武田ランダムハウス刊 定価1680円