Bon Vivant! - 6 - 「クロ・ファンティーヌ」、自然の底力。

(2010.12.27)

南仏のFaugères(フォージェール)に位置するClos Fantine(クロ・ファンティーヌ)は、ANDRIEU(アンドリュー)家のCarole(キャロル)、Olivier(オリヴィエ)、Corine(コリンヌ)の3兄弟(2女・1男)がお父様の代からの畑を引き継います。
キャロルは主に事務全般と畑仕事を行い、オリヴィエとコリンヌは畑と醸造を担当しています。

家の近くの畑からの眺め。

畑、醸造はもちろん化学物質を使用することなく、ビオディナミ農法を実践しています。そして、ブドウの樹はもちろんのこと、土や畑に自生する草や虫のことも考慮して作業しています。また、ビオ認定されている*ボルドー液も使用することはありません。

もし、ブドウの樹が病気になったとしても、ブドウの樹の潜在能力を信じ、ブドウの樹が自分自身で成長できるよう、常に畑の状態を見届け、対話をする。それが彼らの最も重要な仕事です。

*ボルドー液
殺菌剤として使われる農薬の一種。生石灰と硫酸銅より調製される古典的な農薬。
ビオ認定されているものも有り。

彼らの畑は、お父様の残した畑とその後少しずつ購入した畑を合わせて、現在25ha。植えられているブドウの樹は全て*ゴブレ仕立てとなっており、本当にのびのびと育っているのを感じ取れます。

*ゴブレ仕立て
南仏独特の仕立て方。新梢を這わせる針金を使用せず、3~4本の枝を伸ばした仕立て。

青空に向かって枝を伸ばすカリニャン。

品種は
白ブドウ:Terret(テレ)
赤ブドウ:Grenache(グルナッシュ)、Carignan(カリニャン)、Cinsaut(サンソー)、 Mourvèdre(ムールヴェードル)、Syrah(シラー)、Aramon(アラモン)

美しくたわわに実ったムールヴェードルの実(7月上旬)。

ブドウの樹の樹齢は約50年から80年と古く、ゆっくりと流れる時間の中で南仏の太陽の光を浴び、時に強く吹くミストラル(北風)に身をゆだね、果実味溢れる美味しいブドウを実らせます。

購入した畑は、当初、全てFil de Fer(フィル・ドゥ・フェール)と呼ばれる針金でブドウの樹が仕立てられていたそうです。その針金と支柱を取り除き、ゴブレ仕立てにしていったのは、ブドウの樹の自由さ、バランスを大切に考えているためです。

オリヴィエがお昼の後に、そっと持ってきてくれたブドウの幹には、フィル・ドゥ・フェールが食い込んだ跡が残り、なんとも痛々しいものでした。そして、その食い込みから、樹液の循環が妨げられていることを教えられました。彼らの自然に対する観察眼を実際に目の当たりにした出来事でした。

フィル・ドゥ・フェールの傷跡。

品種によってゴブレ仕立てにする剪定の仕方は異なるようですが、現在のようになるには3,4年はかかったそうです。

もちろん、シラーもゴブレ仕立てとなっています。シラーは枝がまっすぐ上のほうに伸びないため、支柱や針金等で枝を支えてあげることが多いのですが、ここクロ・ファンティーヌでは、他の品種と同じように何かで支えることなく植えられています。

枝と葉が地面を這いつくばるシラーの畑。

その姿は一見、シラーの樹だとは想像がつきませんが、腰を下ろして観察してみると、枝が地面を這いつくばり、その枝に茂っている葉が、南仏の暑い太陽からブドウが焼けつくのを防いでくれるのを目にすることが出来ます。

「自然のことは自然に任せておけば良い」。

日本の著名な自然農法の創始者である*福岡正信氏の言葉を思い出します。

*福岡正信(ふくおか まさのぶ、1913年2月2日 – 2008年8月16日)
不耕起、無肥料、無農薬、無除草を特徴とする自然農法を提唱し、「粘土団子」と呼ばれる、様々な種を100種類以上混ぜた団子によって砂漠緑化を行おうとした。

オリヴィエとコリンヌも福岡正信氏の著書(仏版)をすでに読んでおり、彼の実践してきたことをブドウ畑で試みています。実際、彼らの畑を訪れ、彼らの話しを聞きながら、じっくりと畑を観察することでそのことを十分に感じられます。

「自然は想像した以上に力強いんだよ」。

オリヴィエが、ふと口にしたこの言葉と福岡正信氏が残した言葉に、私達が今後、考えていかなければならない「自然との共生」を改めて考えさせられます。

不耕起、無肥料、無農薬、無除草の2003年に植えられたシラーの畑。
畑の花の蜜を吸う花粉で真っ白のミツバチ。
ブドウの樹に産卵中の虫。
一つの花に集まる様々な種類の虫たち。

余談ですが、昨年、愛媛県にある福岡自然農園で研修した際の写真を、クロ・ファンティーヌで見る機会がありました。福岡正信氏が残した、かつて一人で住まわれた山間にある家やその家のそばにある剪定されていない樹に実る夏ミカン、その実が落とした種から芽を出し成長している小さな樹など。

受け継がれる夏ミカンの樹。

今後、福岡正信氏の言葉や教えを直接聞けることはありませんが、彼の残したものが我々に大きなメッセージとなることを願います。

クロ・ファンティーヌの畑の除草方法は、小さな耕耘機(シュニレ)で一度だけ耕します。それも除草ではなく、草を地面に寝かせることにより、土中の水分の乾燥を防ぎ、湿度を保たせることが狙いです。

耕耘機が通った畝。ブドウの樹と共生する草。
畑でよく見かけるMillepertuis(ミルペルチュイ)。

南仏では特に、雨が少なく、土中の水分が不足しているため、除草をすることなく、あえてそのまま残すことで畑の調和を保つのです。

そして、この地方に多いOïdium(オイディオム=うどんこ病)と呼ばれる病気に対しての予防は、硫黄散布(粉)を一回のみです。

硫黄は、医薬品、乾燥剤、農薬、肥料、火薬などの原料になり、使用方法によっては人体への影響が懸念されます。クロ・ファンティーヌでは、硫黄散布をむやみに行うことなく、たった一度の散布でも病気に対する予防効果があると、コリンヌは教えてくれます。

きちんとした散布を的確な時期に行うことで、散布した硫黄はブドウの葉に付着し、それが葉脈に入り込み、雨で流されることもないそうです。

もちろん、散布したものはブドウの葉から吸収され、ブドウの樹に影響を与えます。ブドウの樹が成長をしている時期に、大量の農薬を撒くことにより、樹の働きを弱め、成長を損ない、不健全なブドウを作ることは、生産者の意思で簡単に行えることも事実です。

彼らの畑の近くにあるビオではない生産者の畑は、*ボルドー液の散布過多でブドウの樹は真っ青です。雨が降る前になるとトラクターでボルドー液を散布している姿を見る度に
「何度目の散布なのだろう」と不快に感じたのを覚えています。

また、今年は例年になくフランスでは雨が多い年だったため、この地では珍しくMildiou(ミルディウ=ベト病)が発生していました。そのため、イラクサやソージュを煎じたものをブドウの葉に散布し、予防に努めました。イラクサは窒素が豊富なので煎じ、散布することで、醸造の際の発酵を促進するとの見解もあるようです。実際、2010年のブドウも出来も良く、発酵状態も良好なようです。

ちなみに、このイラクサは家の近くに自生しているものです。日本にも自生しているようなので、もし見つけられたら畑や家庭菜園に散布されてはいかがでしょうか。
また、春先のイラクサはスープにして頂くのも美味です。

 

黄金のイラクサのエキス。

<イラクサの煎じ方>
イラクサ:500g 水:5L
・イラクサは茎と葉にトゲがあるので注意。
・イラクサは、鍋に入れやすいようにハサミで切っておく。

1 大き目の鍋に水を入れ、沸騰したら火を止める。
2 沸騰した湯にイラクサをまるごと入れ、蓋をして20分程置いておく。
3 荒熱が取れたら、散布器具にて使用可能。出来るだけその日のうちに使い切ること。
※ 使用したイラクサは畑の肥料に。

また、このイラクサと合わせて、*Fleurs de Bach(バッチフラワー)というエッセンスも使用しました。これは* Homéopathie(ホメオパティー)の1種で「病気の治療」を目的とし用いられます。

*ホメオパティー
「極度に稀釈した成分を投与することによって体の自然治癒力を引き出す」という思想に基づいて、病気の治癒をめざす行為もしくは思想。
*バッチフラワー
38種類の植物の朝露から作られ、感情の状態に影響を与え、活力を刺激し、心の調和を計るフラワーエッセンス。

植物も人間と同じ、という考えの元で畑にこのバッチフラワーを使用しています。
彼らのこの「慈しむ心」がブドウの樹に伝わり、美味しいワインが造られているのでしょう。

土壌についてですが、この地一帯は、*Schiste(シスト)土壌から成り立っており、彼らの畑には粘土砂質も見受けられます。水はけが良く、多くのミネラルを含むこの土壌はバニュルス、コルシカ島などでも見ることが出来ます。

*シスト・頁岩(けつがん)
1/16mm以下の粒子(泥)が水中で水平に堆積したものが脱水・固結してできた岩石のうち、堆積面に沿って薄く層状に割れやすい性質があるもの。

畑の細かく砕かれたシスト。

そして、このシストに関する講義がここクロ・ファンティーヌで行われました。
まずは、参加者全員で畑を散策し、オリヴィエが畑の説明を行い、質疑応答が行われました。畑はもちろん、家のすぐ横にある山肌からもシストを確認することが出来るため、意見交換は活気良く続きました。

畑に走る側溝の蓋をあけるオリヴィエ。ここに雨で溜まった水が流れます。
この地域で見られるシストの石壁は縦に積まれています。排水を良くするための昔からの知恵です。
家の横にあるシストの層。いくつもの層が重なり合っているのを目にすることができます。

その後、本題のシストに関する講義です。参加者は地元の方がほとんどでしたが、彼らにとって身近なシストの歴史を知る良いきっかけだったのではないでしょうか。

講義の方によると、シストは「パンゲア」という超大陸が約2億年前に移動した後に形成されたもので、沈殿した泥が何層にも重なり、凝結し、現在の姿となっています。そして様々な種類のシストの層が存在しているようです。スイスでもシストが存在しているそうですが、このことから壮大なシストの層が何億年前から地球上に出来上がっていることを知ることが出来ます。

同じシスト土壌から出来る各地方のワインは、一体どのような味わいなのでしょうか。
そして、そのミネラルを存分に蓄えたワインは、「地球の歴史」を表現してくれる自然からの豊かな贈り物だということを改めて感じさせられた講義でした。

土中深くにあるシストの層の隙間をすり抜けたブドウの樹の根。

醸造に関しては、もちろん特別な技術は行わず、化学物質も用いることはなく、Soufre(硫黄)の添加も行われません。赤ワインに用いるタンクはセメントタンクを使用し、樽やイノックスタンクは使用していません。静かに長い時間をかけてゆっくりと発酵を行い、豊かな表現力のあるワインに仕上がります。

そして、近年、白ワインと発砲ワイン(白)も造り始めました。樽発酵で、じっくり時間をかけて良い状態で出荷の時を待ちます。南仏特有のテレという単一品種から造られるワインは繊細で辛口なワインです。彼らの赤ワインが「太陽」だとしたら、白ワインは「月」という印象の味わいです。

彼らの豊かな精神から生まれるワイン達、今後も口に出来ることを楽しみにしています。

彼らと過ごした日々は、本当に人間らしい毎日で、オンとオフがはっきりしていたのが、とても印象的でした。暑い日が続くと、子供達と一緒に川辺に水浴びに行ったり、近くのカフェでのんびりと昼食をとったり。そんな時間の使い方が、ワイン造りにも良い影響を与えているのでしょう。自分の時間や家族と過ごす時間の中に、畑で学ぶこと以外に大切なことがある、ということを改めて感じた時間でした。

家からほど近いPetit Nice。

そして、ここクロ・ファンティーヌで素敵な1冊の本に出会いました。

『Les messages caches de l’eau』(水からの伝言)

表紙に飾られた美しい結晶。

著者である日本人の江本勝氏が世界で初めて水の氷結結晶の撮影に成功し、その実験の数々の写真が収められたものです。

『結晶を作る際に「ありがとう」や「平和」など「よい言葉」をかけると美しい雪花状の結晶ができて、「ばかやろう」や「戦争」など「悪い言葉」をかけると汚い結晶ができる』

と著者は説明しています。

水にきれいな言葉をかけたり、またはその言葉を書いた紙を水の入った瓶に張り付けた後、その水を凍らせて、撮影すると美しい結晶になるのだそうです。

人間の体は生まれた時は90%の水分を持ち、その後減り続けて60%程になるのだそうです。

そう考えると、赤ちゃんに愛情のこもった言葉をかけることや日々美しい、きれいな言葉や気持ちを持つ続けることの大切さを改めて実感します。

そして、今までに出会った自然派ワインの造り手達から教えられた大切なことも、このことに共通しているようです。

自分を愛し、家族を愛し、仲間を愛し、自然を受け止め、広げていく。

2009年から2010年にかけて、ワインを造ることに限らず、私達の生活に必要な多くのことをブドウ畑から学びました。
今後も、自然派ワイン造りを通して、「食の大切さ」「心と環境」の有り方を、皆で楽しく、広げていけるような記事を連載していきたいと思います。

今年最後のBon Vivantを読んで頂きありがとうございました。
2011年、新たなる素晴らしい時間が皆さまに降り注ぎますように。

 

Clos Fantine(クロ・ファンティーヌ)

La Liquière
34480 CABREROLLES
Tel/fax:+33(0)4 67 90 20 89
E-mail:corine.andrieu@laposte.net