酒サムライコーディネーターの独り言 - 1 - おぬしは何者? 「酒サムライ」とは。

(2010.02.04)

全国の若手蔵元で組織する日本酒造青年協議会は、日本から日本人の“誇り”が失われつつあるとの危惧から、日本酒の誇りを取り戻し、日本酒文化を日本国内のみならず、広く世界に伝えていくために、日本酒を愛し育てるという志を同じくするものの集いとして、平成17年に「酒サムライ」を結成しました。

近年は、日本酒のみならず我が国の伝統的な食文化や生活文化は、様々な社会的な環境変化により、次第に日本人の生活の中心から外れてきています。一方では、海外での和食や日本酒の普及には目を見張るのものがあり、その評価は年々高まりつつあります。
そこで、我々日本酒造青年協議会は、「酒サムライ」の称号を叙任し、叙任者の方々と力を合わせ、日本酒や日本の食文化が世界に誇れる文化であることを、広く世界に発信してまいりたいと考えてます。(酒サムライHP冒頭文より)

ある蔵で搾りたての大吟醸を飲ませてもらった時にそのきき猪口の中に日本がぎっしり詰まっていると感じました。その時から『世界の多くの人に日本酒を知ってもらう事は日本を愛してもらえる事』と確信しました。

「Sakeから観光立国」が私の大きな夢になりました。

この言葉は今年、2010年の年賀状に書いた文面ですが、この時の「お猪口の中に日本が詰まっている」と感じたこの時の感動がここ数年の私の活動の原点ではないかと思います。 
 

松本酒造の蔵の風景。

この忘れられない搾りたての大吟醸を飲ませてくれた蔵は京都伏見の『松本酒造』さん。京都のお酒は女酒(おんなざけ)と言われるようにキメが細かく柔らかい感じがして私の好みです。その土地のお料理にはその土地のお酒と言いますが、京都のお料理にはこの柔らかさが似合うように思います(^.^)
 
『松本酒造』さんにはもう一つお世話になった思い出があります。
2003年11月にWSET( Wine & Spirits Education Trust)という世界39ヶ国に広がるワインビジネスの教育機関(欧米のワインビジネス従事者の多くがここの資格を取得しています)ロンドン本校において有志蔵元による日本酒のレクチャーが行われました。
そのレクチャーの受講者の中に、その年に「マスター・オブ・ワイン」(海外のワイン業界最難関の資格)試験をトップクラスで合格したニュージーランド出身のサム・ハロップ氏がいました。 そのレクチャー開催実現に向け、諸々お手伝いした関係でそのレクチャー会場にいた私は、所用でレクチャーの途中で帰る彼から名刺を渡されました。 

月桂冠酒造の中の井戸にて。

その日本酒のレクチャーがきっかけとなり日本酒に興味を持った彼は翌年春に来日、彼の希望は「大きな蔵と小さな蔵を見たい」というものでした。 ハロップ氏の来日を控えロンドンでレクチャーを行った蔵元のお一人、北陸の蔵元さんに相談すると「うちの蔵に来てもらうのは簡単だけど、それほどのワイン専門家がせっかく日本まで来て蔵を訪ねるというのなら日本酒を日本の文化と共に印象づけてもらえた方が良いと思いますよ。それには京都!それに本当に大きな蔵があるのは関西だから。」という事で、京都の最大手の月桂冠さんと、蔵元さんが杜氏も兼ねている小さな小さな蔵 『藤岡酒造』さんに連絡してもらい、私が案内する事にしました。
 

月桂冠大倉記念館にて。

丁度春休み中だった当時もうすぐ11歳の娘を連れての小旅行。今年高二の娘は今でもこの時の事を憶えているそうです。月桂冠と『藤岡酒造』、訪問先としてこの2社だとあまりに規模が極端……それで以前訪ねた事のある『松本酒造』さんにもお邪魔したのです。立派な本社ビルに見学者用の記念館、大きな工場蔵で年間通じて操業する月桂冠さんと一時閉じた蔵をご自身で復興させ、一人で仕込みが出来るように設計された小さな蔵で手造りの『藤岡酒造』さん。 綺麗に手入れされた日本庭園や伝統的な日本建築の邸宅が蔵の歴史を感じさせる『松本酒造』さん。 愛好家の訪問とは違いやはり彼もプロ、大きな組織となった蔵とその中間、そして最も小さな蔵と、日本酒の蔵の規模やスタイル、それぞれの持ち味をじっくり観察していました。

もう日が暮れてから到着した私達を通訳してくれるご友人と一緒に待っていてくださった藤岡さん。通訳を介しても藤岡さんの情熱はしっかりと彼に通じているようでした。
月桂冠さんでは営業の方、製造の方がそれぞれ丁寧に対応してくださり、大倉記念館では館長さんの案内で昔の酒造りの道具がきれいに展示されお酒造りに使われる酒造好適米の米や稲も見る事が出来ました。娘は社会科見学のような感覚だったのでしょうか。「お米を見た」というのが強く印象に残っているようです。お天気にも恵まれて、4月初めの京都はそれは見事な桜で、『松本酒造』さん近くの菜の花畑と蔵の美しい風景に「こんなに写真撮るのは久しぶり。」と笑っていたハロップ氏。
予定の帰りの新幹線に乗り遅れて、その合間に見学した三十三間堂の仏像群に目を丸くしながら「僕の国が生まれるずっと前にこの寺は造られたのだね。」と感嘆の声を発していました。

東京に戻る途中、静岡で下車して藤枝市にある『青島酒造』( 喜久酔 キクヨイ )さんを訪ねました。ハロップ氏が米の有機栽培に興味を持っていたので、以前訪ねた事のある「松下米」銘柄で有名なこの蔵にお邪魔したのです。以前米国にいらした事のある青島さんとハロップ氏は熱心に話をしていました。丁度松下さんが畑にいらして松下さんの土作りのお話も聞く事が出来ました。

 

青島酒造の青島さん、ハロップさん、松下さん、わが娘。

サム・ハロップ氏が持つ「マスター・オブ・ワイン」という資格は世界のワイン業界においての超エリートを意味します。田崎真也氏の後に世界ソムリエチャンピオンになったモネゴ氏がソムリエ世界チャンピオンになった後に挑戦した資格でもあり、その試験の難関さから毎年の合格者に集まる業界の注目度は大変なものです。 

現在「マスター・オブ・ワイン」は全世界で279名。そのほとんどが欧米人で、2008年度に初めてアジア人から合格者が出ましたが、その人は香港在住でオックスフォード卒の韓国系の女性でした。 アジアでは最大のワイン市場を有する我が国ですが、残念ながらまだ日本からは一人も「マスター・オブ・ワイン」は出ていません。 ロンドンは世界で最高に権威のあるワイン市場、その市場を支えているのはこういったワイン専門家達であり、その厚い専門家層に認められたワインは世界的なブランドになる事を意味します。日本酒が世界に広がっていくには、このワインの専門家達に日本酒に親しんでもらう事が大切です。前述のロンドンのWSETというワイン教育機関は、「マスター・オブ・ワイン」の認定機関である「マスター・オブ・ワイン」協会とはイコールパートナーの関係で、英国国内ではWSETの最上級資格ディプロマを取得しないと「マスター・オブ・ワイン」の受験資格がありません。  

そういった正統派のワイン教育機関であるため、そこで日本酒のレクチャーをする意義は大変大きいと思いました。
そして将来有望な「マスター・オブ・ワイン」のサムがその日本酒のレクチャーをきっかけに来日してくれました。 ワインを勉強した身には「マスター・オブ・ワイン」は雲の上の人たち……まさに私にとっては憧れの人たちなので、ハロップ氏が日本文化に感動し、日本料理を誉め讃え、日本酒に真剣な眼差しを向けてくれる姿は、日本人として素直に嬉しい旅でした。

帰国したハロップ氏は本格的なワインコンサルタントビジネスを展開、世界各地でワイナリーのコンサルタントの他、ロワール地方全体のアドバイザーもつとめるようになりました。

 そして日本訪問から2年後の2006年に世界最大規模のワインコンペティション「IWC インターナショナルワインチャレンジ」の審査部門の最高責任者(Co-Chairman)の一人となった彼から連絡があり、思いがけない提案をされたのです。

それは『IWCにSake部門を創る』というものでした。