ソロからアンサンブル、そして
オーケストラへ。『Passage 53』。

(2011.05.27)

パリ2区、19世紀から続く古いパッサージュの中に、
この春ミシュランで二ツ星となった小さなレストランがあります。
誕生して2年での快挙の知らせは、フランスだけでなく日本にも届きました。
シェフは日本人。渡仏11年目を迎える佐藤伸一さん。
紆余曲折の物語を聞きました。

 

『Passage 53』とは。

客席はいっぱい入って22席。昼、夜ともにお決まりのコース1種のみ。近ごろパリや日本でもよく見かけるスタイルです。コースは、旬の素材のおいしさを感じる約10皿と5種のデザート。一つひとつがまるでアートのような料理です。

たとえば、代表的なのは「“アシエット・ブランシュ”イカとカリフラワー」。カリフラワーのピューレの上に軽くグリエしたイカが並び、そのうえに薄くスライスされたカリフラワーが載っています。イカとカリフラワーがこんなに相性が良かったかと、あらためて感じる一皿です。

「色が同じ食材は、基本的に味の相性がいいと思っています。これは料理人仲間たちと、いろいろな食材の組み合わせを試しているときに見つけたんですが、イカとカリフラワーは本当に相性がいい。たまたま季節を問わず提供でき組み合わせだったので、なるべく一年を通じてコースに入れるようにしています」と佐藤伸一さん。


 

フランスの魅力にとりつかれるまで。

佐藤伸一さんが初めて渡仏したのは2000年。働き始めてまもなく「思い描いていた本場のレストラン」と研修先とのギャップに悩まされることになります。「田舎の大衆向けビストロの料理は、目指していたものと違う……。パリまで来て何をしているんだろう」と週末になるとパリ市内へ出かけレストランを食べ歩くことで、何かを探し始めたのでした。

食べ歩きを続けるうち出会ったのが『アストランス』。「衝撃的だった」という佐藤さんは、その場でオーナーシェフのパスカル・バルボさんに交渉、厨房に入る約束を取り付けました。当時一ツ星とはいえ、オープン後1年しか経っていなくて厨房は佐藤さんを入れてわずか4人。いきなり魚のシェフをまかされ、無我夢中で働くうち2年の月日が流れ、気がつくとパスカルさんに欠かせない右腕になっていました。

そこでパスカルさんが正式な雇用契約を持ち出したとき、また佐藤さんの探究心がむくむくと心をもたげてきました。『アストランス』での2年は充実の日々で、働くのが楽しくて楽しくて仕方がないと心から感じていたという佐藤さん。けれどさらに3年間続けたいかと言われると疑問符が……。何よりそのときは「パリで学んで日本で開業」という漠然とした目的も持っていたんだそうです。

もう少し別の店も見たい、またワインも学びたい、と考えワーキングホリデーを取得して数軒の星付きレストラン、そして、ムルソーのワイナリーなどで精力的に働き、さまざまな料理人、ワイナリー、食材業者との交流を始めると同時に「出張料理人」を始めました。このころから「ようやくパリの良さがわかってきた。日本ではなくパリでレストランをできたら」と、夢の場所が少し変わってきたようです。

苦悩の4年が、ひと回りもふた回りも大きくさせてくれた。

佐藤さんの出張料理は、パリの日本人の間ではとても有名になっていきました。選び抜かれた食材を調達し、ワインもすべて自分で選び、一人で10数皿に及ぶコースを作り上げる……。そのファンは日に日に増えていきました。いよいよパリで開業ということになりスペイン・サンセバスチャンの『ムガリッツ』へ約1年研修に出ることになりました。

このスペイン滞在で気付いたことがありました。それは「ぼくはフランスの食材が好きなんだ」ということ。ところがパリでの開業計画が暗唱に乗り上げてしまい、やむなく出張料理とイベントを続けていた2009年、懇意にしていたお肉屋さん『デノワイエ』の息子さんが立ち上げる「肉を使ったビストロ」のシェフとして大抜擢されたのでした。

2009年3月オープン。伝統のあるパッサージュにある36席のビストロ。厨房は佐藤さんひとり。ランチは19ユーロ、ディナーはアラカルト。『デノワイエ』はパリ中のおいしいレストランに肉を卸す著名なお肉屋さんであったことや評論家が大絶賛したこと、佐藤さんの料理ファンが足しげく通い始めたことで連日満員。佐藤さんは1カ月休憩なく働き詰めだったと言います。けれど本来佐藤さんのお料理の魅力は流れるようなコース仕立て。一つの食材をがっつりと食べるビストロ的な料理ではせっかくの魅力も半減と、昔なじみのお客さんは「コースにして」とリクエストをします。

はたして、2カ月後、「肉を使ったビストロ」は「感動のコース料理レストラン」に180度変換。5カ月後の夏期休暇時には、その料理にふさわしいインテリアに改装、客席も10席減らして現在の『Passage 53』が完成。翌年、ミシュラン1ツ星を獲得、今年2ツ星を獲得しました。

フランスで過ごした年月が、佐藤さんに膨大な味のデータをもたらしました。野菜と果物の旬、産地、食材店など。新しい料理は、その知識に基づき、ひらめきと実験を繰り返して作られるのだそうです。「たとえば魚ひとつとっても味が違う。“的鯛”と訳されるサンピエールも日本の的鯛とは違う個性と強い味を持っています。だからフランスの濃い味わいを持つ野菜とぴたりとマッチする。逆に日本の魚は繊細。だから日本の食材と合う。その土地ごとの食材の個性を知らないと料理はできないと思います。いろいろあったけれど、10年間フランスの食材を食べ続けて来たことが、フランスで料理を作るためにはとても大きかったと思います」と、振り返ります。


 

ソロからアンサンブルへ。

「もう自分の能力を超えましたよ」と笑う佐藤さん。この10年、少人数の厨房でのセクションシェフや一人で仕切る出張料理などで、ソロプレイが主だった佐藤さんは、アンサンブルとしての可能性を、今よりもっと引き出そうと追求している真っ最中。

当初はたったひとりで調理していた佐藤さんですが、今では腕の立つ料理人4人と一緒。長年のソロプレイヤーは楽団となり、あらぬ限りの可能性に挑戦しています。「この1年に新しく作ったメニューは200〜300品になります。けれど考えたすべての料理が具現化する訳ではなく、実際にお店に出すのは100品くらいです」。

冒頭のイカとカリフラワーのように「永遠のベストマッチといえる傑作は、100のうち2、3品くらいかもしれない」とつぶやく佐藤さんが絶対にしたくないことは「斬新だけど本当はあまりおいしくない」組み合わせの料理を出すこと。実はこれ世界中の有名レストランで、毎日起こっていることなんだそう。日夜、厨房のスタッフと「何かが足りない!」と研究を続ける佐藤さんの姿勢は、星付きシェフとなっても何一つ変わることがないようです。

そんな佐藤さんを見ていると、近い将来この楽団はもっともっと大きくなって、オーケストラになっているかもしれない……と感じました。世紀のベストマッチ料理、これからも期待しています。


 

Passage 53(パッサージュ・サンカントトロワ)

住所:53 passage des Panoramas 75002 Paris
Tel:+33 1 42 33 04 35
定休日:日・月曜
ランチ:60ユーロ
ディナー:ディナー110ユーロ


 

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