熊田有希子のブルゴーニュ便り – 1 - ブドウ畑と地球温暖化。

(2010.01.20)

始めまして。このコラムを担当させていただくことになりました熊田有希子です。フランスから現地の視点で情報をお送りできたらと思っています。どうぞよろしくお願いします!

2010年、1月7日のムルソー。畑がすっかり雪に覆われています。

さて、1月7日のブルゴーニュはこんな風景です。場所はムルソー。気温は零度。寒いです……。今年は雪が多く、年末には記録的な降雪を観測しました。こんな殺風景な写真を見ると、ワインの醸造は済んだし、ブドウ畑は冬で葉っぱも落ちているし、ワインの造り手さんって冬はヒマなのかな? なんて思う方もいるかもしれません。

いえいえ! 答えは「ノン」です。

現在、剪定といって収穫が済んで不要になった枝を取り払う作業が真っ盛りです。ブドウの樹を一株ずつ、今年2010年さらには2011年の収穫も見据えて、使用する枝と取り払う枝を選んでいく作業は、収穫や醸造と違って地味ながらワインの品質の決め手のひとつとなる重要な作業。ブドウ品種や産地、さらには樹齢によってもスタイルが変わる職人芸です。しかも11月から3月にかけてと半年近く続く、ワイン造りでは一番時間的にウエイトの高い作業です。

私もブルゴーニュ大学の学生時代にやりました。見渡す限り360度ブドウ畑の吹きさらしの中、北風に煽られながらの作業は厳しいものです。日本から持ってきたカイロ(10年前はフランスで売っていなかった)を体中に貼り付けても、自分の鼻水が流れているのに気づかないくらい寒い。寒さで感覚が麻痺しているのです。炎天下での収穫も肉体的にキツイですが、生産者の誰もが「剪定より収穫のほうが全然ラク! だって大人数でワイワイ騒ぎながらの作業でしょ?」と口を揃えるのも納得の寒さです。収穫時は応援がたくさん来て賑やかなのに、剪定は従業員だけ2~3人でほそぼそと鼻水をすすりながら働くのが一般的なのです。おしゃべりしたくても寒くて口がうまく回りませんし…。

シャンパーニュ地方のドメーヌ・クリストフ・ミニョンでの剪定の風景。ドラム缶を横にしてリヤカーにしたような
荷車で取り払った枝を焼きながら作業を進めていきます。

そんな剪定作業における数少ない楽しみといえば「焚き火」です。取り払った枝は、作業を進めながら畑の中で焼いてしまいます。灰はそのまま残して畑の栄養となりゴミも出ません。当時は環境にやさしくムダのないエコだと言われていました。エコな上に、作業員が暖を取れるのですから、正にいいことづくめ!……だったのです。つい最近までは。

というのも、地球温暖化の問題が畑にまで押し寄せているのです。5~6年前から地球温暖化による気候の変化がワインの味に影響を及ぼすのではないかと言われてきました。例えば2003年。フランスでは1万5千人が亡くなった猛暑のこの年、ブルゴーニュのワインはジャムのようでローヌっぽい、と言われることがあります。暑さで、緯度が200kmくらい北上してしまったようだと。

それが最近はワインの味わいは勿論のこと、(というより)CO2削減のためにフランスの各産地でプロジェクトが組まれています。大きな課題は輸送や工場での消費エネルギー削減ですが、剪定も焚き火から出るCO2の問題もあって取り払った枝をリサイクルに利用できないか試算や研究が進んでいます。

ボルドーは08年に関係機関が共同で炭素バランスシートを作成し、2050年までにCO2を75%削減すると発表しています。ブルゴーニュでもフランス全土から専門家を招いてシンポジウムを開催、シャンパーニュでは公的機関が生産者・メゾンと協力して、大規模な枝のリサイクルの実験に入っています。昨年度は410トン、面積にして約15ヘクタール分の枝や株が集まりました。

これら機関の報告によると、ブドウ品種や剪定方法にもよりますが、1ヘクタール当たり2~4トンの枝が発生し、ここから得られるエネルギーをヘクタール当たり石油1トンと試算されています(剪定の枝のほか植え替えで抜いた株を含む)。

この枝の再利用方法は大きく肥料とエネルギー源の二つに分けられます。

まず、肥料として。枝を細かく破砕して直接、あるいは肥料のようにしてから畑に撒く方法です。これは、地球温暖化が今日ほど話題になる前から実施している生産者もちらほら見られました。国立農学研究所の研究でも、牛糞などで作るコンポストよりこの枝を撒くほうが、畑に不足している成分だけ補給してブドウにはいい、という結果が出ています。

もうひとつ。エネルギー源として、ワイナリーの熱源に、あるいは暖房用にチップにリサイクルする方法です。ボルドーでは具体的なプロジェクトを掲げているシャトーもあります。

10年前、私が暖炉のある家に引っ越そうとして生産者から枝をもらうとつもりでいたら、「一晩中暖炉の脇でくべないと!効率悪いよ」とからかわれたものです。今日のようにお役所を挙げて暖房用に再利用しようと研究に取り組むことになろうとは、時代も変わったものです。

でも、個人的には剪定作業の短い休憩で暖を取る光景もそんなに悪くないと思うのです。冬の寒々としたブドウ畑のあちこちで狼煙のように上がる焚き火。知っているワイナリーの人が通りかかると、焚き火の前で立ち止まってちょっと挨拶を交わす……。貴重な機会だと思うんだけどなぁ。風情があるこの光景も、10年後には姿を消してしまうのでしょうか。