フルニエのワインのようにきっといつまでも愛される『エスキーナ』

(2014.02.21)

大きなテーブルのかどっこに座って、柔らかい陽射しを感じる昼下がり、
小さく流れる音楽にときどき耳を傾けつつおいしいお料理をつまみながら、
友人とおいしかったワインや感動したライブの話に花を咲かせる…。
店主の高井宏樹さんも手が空くとときおり席へやってきて、
ワインの話や共通の知り合いたちとのステキなエピソードを話してくれたり…。
そして締めくくりには香りと旨味のあるおいしいコーヒー。
ほかのお客さんたちも時間を気にせずのんびりと楽しんでいるように見える。
すべてが心地いい「街角」という名前のお店がある。

高井さんは飲食の仕事を始めたときから、食後に専門店で飲むようなおいしいコーヒーを提供できるお店をつくりたいと考えていた。カフェレストランで働きながら、自分の中でイメージし続けた“おいしいコーヒー”に出会ったのは鎌倉のカフェ『ディモンシュ』。コーヒーを飲むやいなや「ここで働こう」と心に決めたという。

学生のころから音楽と料理、どちらの道に進むもうかと迷うほど音楽、とりわけブラジル音楽を愛していた高井さんは、料理人としてしばらく働いた後、自分の好きなものがすべてそろっているブラジル・サンパウロを目指す。ブラジル行きの切符を買った後で出会ったのが『ディモンシュ』のコーヒー。後ろ髪をひかれつつも世界へ一歩踏み出すことを選んだ。

サンパウロに半年間と決めて滞在をスタートするとどこからともなくいろいろな縁がやってきて、住む場所や研修するお店、バリスタの学校までトントン拍子に決まり、充実した日々がスタートした。そんなとき『ディモンシュ』のスタッフ募集告知が…。思わずブラジルからメールをしたものの、帰国はまだ先。働きたいという意志だけを伝えて、ブラジル滞在を続けることに。

陽射しの気持ちいい店内
陽射しの気持ちいい店内
まろやかな酸味と甘味、旨味のあるコーヒー
まろやかな酸味と甘味、旨味のあるコーヒー

ブラジルには街角ごとに、カフェとビストロ、グロッサリーやタバコ屋が一緒になったお店があり、朝から晩までおいしいコーヒーとごはんを楽しめる。これはヨーロッパ諸国の文化のようで、フランスやイタリアの街角にもBAR&タバコ屋さんに軽食店が一緒になったお店が必ず存在する。

「朝には甘いパンとカフェオレで、昼になればちゃんと食事する人、デザートだけを楽しむ人、コーヒーやワインをサッと飲む人などさまざまで、夜にはバーとしても利用できる。レストランとかバーというお店の肩書きがつかない自由なお店。ぼくがやりたかったお店はこれなんだと思いました」。

朝7時15分にオープンする『エスキーナ』。朝はモーニングを食べる人、仕事前のコーヒーを飲む人、お昼からは食事やワインを楽しむ人、カウンターでエスプレッソを飲む人など、みな思い思いの時間を過ごしている。「いつも夕方にひとりで来られて、ワインとパテを頼んでおやつ代わりに食べるお客さんがいます。そういう使い方をしてもらえてうれしいなと思います」と高井さんは微笑む。

旅で見つけたブロカントがお店のアクセントに
旅で見つけたブロカントがお店のアクセントに
ワインの空き瓶をみただけで胸躍る
ワインの空き瓶をみただけで胸躍る
初めての『エスキーナ』体験。

わたしが『エスキーナ』を知ったのは『ディモンシュ』堀内さんのSNS。初訪問は昨春、お店をぐるりと見まわすと、カウンターにはワインの空き瓶、棚にはアンティークのスケールやかご、ショーケースにマーカーで書かれていたメニューはフランスのビストロ料理やデザート、大きな木製テーブルと淡いブルーグリーンの壁、夕方なのに明るい店内には生花や鉢植え、蘭やエアプラントなどがいくつも飾られている…。かわいいシャツとエプロンとマッシュルームカットの高井さんは、にこにこと満面の笑顔で迎えてくれた。

まずは本日の前菜の盛り合わせを注文。キノコのマリネやレンズ豆、レバームースにサバのマリネ、ローストポークなどが大きなお皿にたっぷりと盛られていて、どれも笑顔になるおいしさだ。

ワインをくださいと言うと「何色がいいですか?」と高井さん。最初は寒いところの白を、と言うと出てきたのはマルク・ペノ。その後、「こんどは赤を。薄旨系がいいな」と言うと、「いいのありますよ、薄旨酸っぱい系」とにこにこと出してくれたのはパーチナのロザート。どちらのワインも“いま飲みたい気分”のじんわり系ワインで、初めて会うのにどうしてわたしの好みがわかるのだろうと思った。

パーチナのロザートカタヴェラとピッチニン
左:パーチナのロザート
右:カタヴェラとピッチニン
ババスの赤ワインリエッシュの白ワイン
左:ババスの赤ワイン
右:リエッシュの白ワイン

2度目の訪問のときも同じように「何色にしますか?(にこにこ)」といつもの質問。白かオレンジと答えると出てきたのはカタヴェラとピッチニン。それはたまたま数日前に訪れたオステリアで飲んで好きになったばかりのイタリアワイン。以心伝心のワイン選びにわたしはますますぞっこんに。

漠然と頭の中に描いていた、こんなお店があったらいいのに…という夢のお店が突然目の前に現れたうれしさ。それからというものの地元に戻るたびに足を運ばずにはいられない、とっておきの場所になっていった。

本日の前菜の盛り合わせ
本日の前菜の盛り合わせ
冷蔵ケースに無造作に書かれたメニュー名と価格
冷蔵ケースに無造作に書かれたメニュー名と価格
変わらないことと変わること

高井さんにとってのターニングポイントはふたつ。ひとつは前述の『ディモンシュ』のコーヒーとの出会い。もうひとつは学生時代に働いていたレストランで音楽イベントをしたこと。一から十までトータルに企画して、自分で料理をつくり、ライブ演奏者をブッキングし、自ら演奏もした。初めての体験で大変な仕事だったのだけれど、帰っていくお客さんはみなとても幸せそうな笑顔だった。それを見たとき、「小さなころから描いていた“自分のお店を持つ”とは、こういう“場をつくる”ことだったんだと思った」という。

ふたつのきっかけを胸に刻み、ブラジルから帰国した高井さんは『ディモンシュ』へ。おいしいコーヒーを淹れるための第一歩がスタートした。

「初めてコーヒーの淹れ方を教わったのはスタッフとして働き始めて2年近く経ったときです。休みの日にマンツーマンで教わりました。幸せな時間でしたー!」と照れ隠しの大きな笑顔でそのときの感動を振り返る高井さんは、まるで空を飛ぶ夢を見続けている少年のよう。『ディモンシュ』の堀内さんに学んだ一番大切なことはなに?と聞くと、「続けることです。でも、変わらないことではないんです」とぽつり。

高井宏樹さんと和子さん
高井宏樹さんと和子さん
フランスのビストロ料理の定番プティサレ
フランスのビストロ料理の定番プティサレ

鎌倉ではあとふたつの大きな出会いがあった。ひとつは奥さま和子さんとの出会い。東京のフランス料理店で10年、フランスで1年を過ごした和子さん。偶然にも高井さんと同じような道を歩いてきた。あうんの呼吸で同じ夢を目指したことは、ごく当たり前な流れだったよう。ふたりでお店を始めようと決めたとき、どんなお店にしたいのか再確認するためにふたりはヨーロッパを旅した。高井さんが好きなフィレンツェのトラットリアと和子さんの好きなバスクのビストロをふたりで訪ねたとき、ふたりの夢がひとつのかたちになった。

もうひとつはワインとの出会い。鎌倉に移りむとすぐにご近所の飲食店の仲間たちとの交流が始まり、ソムリエの石井さんや『Osteria Comacina』の亀井さんなど仲間たちとワインを飲む日々が始まった。その結果、オレンジや茶色、ときにはにごっていたりするけれど、しみ込むようなおいしいワインに惹かれはじめ、ワインの好みが形成されていったという。

「ぼくは自然派のワインのお店をしているという意識はなくて、自分たちが好きなワインを置いているだけなんです」という高井さんは、毎日朝早くからの営業にも関わらず月に一度、夜にワイン会を催している。「『ルメール・フルニエのヴヴレー セック ラ・クードゥレ』というワインがあります。これはぼくらが京都で初めて飲んで感動したワインです。こういうワイン、その感動をみんなと分ちあいたいという思いからワイン会をすることを決めたんです」。

毎朝早くからふたりで料理を仕込み、カリふわもちもちのパンを焼いてみんなをお出迎え。なんの宣伝もせずに、雑誌の取材も受けていない。でも、一度訪れたお客さんは大好きな人たちを連れていかずにはいられないから、お客さんはどんどん増えていくばかり。1周年を過ぎて、念願だった「レストラン・エスキーナ」というディナーのイベントをスタートしたら、たちまち予約でいっぱいに。“みんなが一緒に笑顔になれる場”の第一章がスタートした。ふたりの夢を巡る冒険はまだ始まったばかり。けれど10年たっても色褪せないフルニエのワインのように、10年後の『エスキーナ』も、20年後の『エスキーナ』も、ふくよかでまろやかな味わいを増していると信じている、きっと。

鴨もも肉のコンフィ
鴨もも肉のコンフィ
ガトーショコラ。一切の飾りがない潔さ
ガトーショコラ。一切の飾りがない潔さ

エスキーナ
西宮市石刎町7-7 Tel 0798-56-7178
営業時間:7:15〜18:00 (朝エスキーナ 7:15-10:00 / ワイン洋食堂エスキーナ 11:30〜 17:15LO) 水曜定休
*2014年1月より月1回レストランエスキーナを開催