道田宣和のさすてーなモビリティ vol. 20当世スポーツカー事情 マツダは “ロードスター” の伝道師。

(2015.06.25)
トーキョーモビリティ20。再開発真っ只中の渋谷駅。あらゆるモビリティと人が交錯するカオスだ。自身の周りを覆っていたデパートを身包み剥がされ、ひとりポツネンと残された地下鉄銀座線のターミナルが新しい「着衣」を待つ、その可笑しさ。
トーキョーモビリティ20。再開発真っ只中の渋谷駅。あらゆるモビリティと人が交錯するカオスだ。自身の周りを覆っていたデパートを身包み剥がされ、ひとりポツネンと残された地下鉄銀座線のターミナルが新しい「着衣」を待つ、その可笑しさ。
スポーツカー・フォー・ザ・ピープル

「アフォーダブル・スポーツカー」。さしずめ「手の届くスポーツカー」といったところだろうか。Z-car(日本名:フェアレディZ)生みの親として知られ、今年2月に105歳で惜しまれながら亡くなった元アメリカ日産社長の片山 豊さんが生前に好んで使った言葉だ。

1969年に登場した初代Zは当時マニア垂涎の的だったジャガーEタイプにも似たロングノーズ/ショートデッキの本格的なプロポーションを誇りつつ、主要マーケットのアメリカでは今日とは為替レートが違うとはいえ僅か3000ドル台(!)の安さで売り出され、一躍時代の寵児となったばかりか、それまでイギリスのMG-Bが堅持していた「世界で最もポピュラーなスポーツカー」の座をやすやすと奪取してみせた。フェラーリやポルシェは高くて買えないが手頃なスポーツカーが欲しいという庶民の声に応えた見事な商品企画と言えた。

生まれ変わった“マツダ・ロードスター”。一連のセダン/SUV系に比べてなぜか“魂動デザイン”がいまいちピンと来ないと思ったら、それもそのはず、ペンタゴングリルを成す一辺が欠け、これじゃあ逆台形止まりだもの。こちらはむしろ“ロードスター”伝統のイメージを重視した結果だ。
生まれ変わった“マツダ・ロードスター”。一連のセダン/SUV系に比べてなぜか“魂動デザイン”がいまいちピンと来ないと思ったら、それもそのはず、ペンタゴングリルを成す一辺が欠け、これじゃあ逆台形止まりだもの。こちらはむしろ“ロードスター”伝統のイメージを重視した結果だ。
 
本家も果たせなかった偉業

Zが同じアフォーダブルでもミドルないしハイエンドを目指したものとするなら、1989年にワールドプレミアを飾った“マツダ・ミアータMX-5”はより手軽に、より気楽にスポーツカー本来の雰囲気と醍醐味を味わうことのできる「ライトウェイト・オープン2シーター」に照準を当てたクルマだ。

戦後間もなくの1950年代、イギリスを中心に興ったこのジャンルはその名のとおり小型・軽量なのが特徴で、加速や最高速度など絶対的な性能よりも、もっぱら低い視線や重心位置による走りの軽快感と頭上を遮るものが何もない爽快感を最大の売り物にした。

1960年代から70年代初頭にかけて世界中の「財布の軽い若者たち」を熱狂させた“スプリジェット”ことオースティン-ヒーレー・スプライトやMGミジェットに至っては日本の軽自動車よりちっぽけなボディを纏い、エンジンもコスト削減のため既存の乗用車から流用した1ℓに満たない小排気量の量産ユニットだった。

けれどもその後、最大市場のアメリカで排ガス規制や対衝突安全性が強化されると、これらヨーロッパ製小型スポーツカーは対応できずに次々と消滅した。その「焦土」みたいな状況の中で、すでに1978年ローンチのミドル/ハイエンドスポーツ、“サバンナRX-7”の開発を通じて近代化のための技術とノウハウを手中に収めていたマツダが新時代のライトウェイト・オープンと銘打って送り出したのがMX-5というわけである。

以後2度のモデルチェンジを経て今日までに累計95万台が販売され、ギネス認定の世界記録となっているだけでなく、それまで様子見を決め込んでいたメルセデスやBMW、フィアットなどにも追随の勇気を与えた。因みに95万台の内訳はアメリカが45万台、ヨーロッパが30万台、日本が17万台とのこと。

ZとMX-5の成功。このふたつの事実は日本人として誇りに思ってもいいだろう。

ところでMX-5は海外市場でのネーミングであり、日本では当初販売系列の名を冠して“ユーノス・ロードスター”と呼ばれ、後に“マツダ・ロードスター”と改められた。これには訳がある。この言葉、一見固有名詞のようだが、実は「セダン」や「ワゴン」と同じように単に「屋根のないスポーツカー」を意味するボディ形式の名称にすぎない。かつて3輪トラック専業から初めて4輪乗用車の分野に進出した時、軽の処女作を「R360クーペ」と命名し、日本の一般大衆に「クーペ」の概念を植え付けたマツダらしい話ではある。

低く構えたリアビュー。どことなくかつての“クーペ・フィアット”やアルファのMiToあたりを想起させる造形だが、それも現在進行形の業務提携のなせる業? と考えるのは穿ちすぎか。“セラミックメタリック”のボディカラーはマットみたいな発色で、なかなかいい。
低く構えたリアビュー。どことなくかつての“クーペ・フィアット”やアルファのMiToあたりを想起させる造形だが、それも現在進行形の業務提携のなせる業? と考えるのは穿ちすぎか。“セラミックメタリック”のボディカラーはマットみたいな発色で、なかなかいい。
 
原点回帰

そのロードスターが3度目のモデルチェンジを受け、通算4代目として生まれ変わった。最新マツダ車に共通の刷新技術群、“スカイアクティブ・テクノロジー”をクルマの隅々まで投入するとともに、躍動感漂う“魂動デザイン”を採り入れたフルリノベーションで、メーカーの謳う改良点を挙げ出したらキリがない。

けれども、ボクが見るところ最大のポイントは「原点回帰」にありそうだ。さらに踏み込んで言うならば、それは初代MX-5への回帰と言うに留まらず、嬉しいことにスプリジェットや初代ロータス・エランに代表されるあの時代の「本物」に一歩近づいたと言ったら誉めすぎか。

それ自身とそれ以降のパワートレーンだけで50kgもの減量を達成し、さらに自身のマウント位置も13mm低下、15mm後退してすっかり「フロントミドシップ」の度合いを増したエンジン。出力は数字にすれば「たった」131PSだが、最軽量グレードで1トンを切る車重が軽快感のもとになっている。
それ自身とそれ以降のパワートレーンだけで50kgもの減量を達成し、さらに自身のマウント位置も13mm低下、15mm後退してすっかり「フロントミドシップ」の度合いを増したエンジン。出力は数字にすれば「たった」131PSだが、最軽量グレードで1トンを切る車重が軽快感のもとになっている。
 
雰囲気スポーツからリアルスポーツへ

初代から3代目まで、スポーツカーを身近なものにしたMX-5の功績に異議を唱える者はいないはずだが、反面、マニアックなファンにとっては、だからと言ってぞっこん惚れ込むようなスパイシーで刺激的な部分を見出し難かったのも事実で、正直言ってボクもそのひとりだった。

そもそもスポーツカー、なかでも2シーター・オープンはすこぶるセンチメンタルで感覚的な代物である。低めのアイポイントから仰ぎ見る空の青や香しい木々の匂いはそれだけで非日常的な歓びであり、“fun”を形作る一部には違いないが、それ以上に大事なのは乗り手にステアリングやスロットル(アクセル)、ブレーキを通じてクルマとの対話を実感させるインターフェイスの確かさと饒舌さだとボクは信じている。

インドアで行なわれた発表会場では特段の感懐もなかったスタイリングだが、いざ白日の下で間近に接してみるとこれが予想外に引き締まっていて好ましい。聞けば4mを切る全長(3915mm)は歴代で一番の短さだと言う。スポーツカーたるもの、あらまほしきは「手の内にある」感覚なのだから。着座位置は旧型よりさらに低まったが、視野が拡がったウインドスクリーン越しに見るボンネット左右端の「峰」がどことなくポルシェ911のそれに似て、主役がドライバーであることを意識させるに充分だ。ステアリングホイールは小径だが、かといって握りの部分が無闇矢鱈に太くないのはようやくデリカシーを理解してきた証拠である。

そして注目のエンジン。これまたクルマの性格に合わせてクランクシャフトなど一部変更はあるものの、基本的にはアクセラと同じものを横置き(前輪駆動用)から縦置き(後輪駆動用)に仕立て直しただけとは思えない秀逸さだ。初代の1.6ℓからスタートし、次いで1.8ℓに、さらには2ℓへと順次拡大してきたのが今回一転して自然吸気のまま1.5ℓに縮小したとは到底信じられないくらいの元気さで、アクセラより1000rpmも高い7500rpmの上限までビュンビュン回る。車重が100kgもダイエットされたこともあってキビキビと小気味良く走り抜けるには充分で、重低音の成分が増した排気音の響きには“ロングストローク”のシリンダーを特徴としたかつてのイギリス車を彷彿とさせるものがある。

これで消費税込み249万4800円からというのだから、文字どおり向かうところ敵なしに違いない。どうりで、かの名門、アルファ・ロメオが来年デビューとされる次期型スパイダー(ロードスター)の自力開発をついに諦め、マツダにシャシーのロイヤルティを払ってでも設計を任せたわけだ。

ギアボックスはいずれも前進6段のMTとATが選べ、写真は前者。しかも、“S”と呼ばれる最廉価版だ。このくらい簡素な方がスポーツカーの愉しさを純粋に味わえそうで好ましい。シフトストロークが短いのは歓迎されるが、シンクロメッシュの人工的な介在をやや意識させるのが惜しい。
ギアボックスはいずれも前進6段のMTとATが選べ、写真は前者。しかも、“S”と呼ばれる最廉価版だ。このくらい簡素な方がスポーツカーの愉しさを純粋に味わえそうで好ましい。シフトストロークが短いのは歓迎されるが、シンクロメッシュの人工的な介在をやや意識させるのが惜しい。