土屋孝元のお洒落奇譚。手紙もアート作品となり得るか?

(2010.09.21)

日本画や墨絵、絵手紙、茶会、茶事の案内の手紙などにおいて絵の仕上げや、手紙の署名の後に印を入れます。
この印、正しくは篆刻(てんこく)と呼びますが わかる人も少なくなってきたようです。

篆刻というと魯山人が知られていますが、北大路魯山人は最初は書家として有名になり 後に篆刻や陶芸や絵も仕上げる様になりました。
魯山人の自伝に、家が貧しくて小学校を終えるとすぐに奉公に出され、その奉公先の前が篆刻や軸装などを仕立てる店だったと……。
その店の篆刻や書を見よう見まねで練習して独学で書や篆刻を始めたようです。

芸大の大先輩、光太郎の詩碑のための書を写しました。 
僕の茶の師匠阿曾さんの持つ軸を写しています。「観自在こそ たふとけれ まなこひらきて けふみれば 此世のつねの すがたして わがみはなれず そひたまふ」

篆刻とは画家が仕上げた絵に入れるサインのようなもので、画家にもよりますが、自分自身で彫っているので、その作家の作品の時代考証にも役立つのです。
作家は作品や、時代により篆刻を変えているからです。

僕も自分なりに、いろいろな篆刻を彫ってみているのでわかりますが、お手本がある訳でもなく、自分なりに書体を調べてこんな感じかなと、やってみる訳です。正しくは先生について基本は押さえたほうが良いのでしょうね。
僕は絵によって変えてみたり、印肉(金銀、青、赤、黄色、緑、茶色など驚く程色があります。)の色まで変化させてみています。

この篆刻には陰陽があり、彫り方が違います。
篆刻を紙に押した時全体に色がつく(朱肉なら赤)ようなら裏彫り、
または影彫りと言います。文字が白く残る彫り方です。
反対はおもて彫りです、実印、銀行印、会社の角印などですね。
文字の周りは白くなります。文字が凸面はおもて、凹面は裏、影彫り。

この篆刻を彫るには篆刻刀(彫刻刀のようなもの)を使うのですが、その篆刻刀の切れ味は砥石で研ぐ事により決まります。砥石にもピンからキリまであり、切れ味に比例するようで、友人の篆刻家多田文昌は浅草橋の砥石問屋でピンの石の切れ端をわけてもらい研いでいますが、さすがピンの砥石は素晴らしい切れ味です。

篆刻を彫る石にも、また、いろいろなものがあり、当代最高とされている中国の鶏血石(鶏の血の色のように赤い石)などは値段が6桁、7桁以上でしょうか。
 

印肉と篆刻印、篆刻印は土屋自作です。
写真真ん中の印が翡翠獅子魚印。道具は、左が作家名を左三原研作獣頭香炉、右に西岡良弘作壷花入れ。

僕は、そんなに高いものは使えないので、『鳩居堂』や『東急ハンズ』などで手にはいる、玉や翡翠や水晶などの安いものに彫っています。 問題なのは彫る書体で行書、草書、篆書、いろいろありますが、最近のお気に入りは金文書体です。

金文とは中国の金時代の書体で、変わった書体様式で象形文字に近いのかもしれません、自分の名前を一文字使い、おもて彫り、うら彫りで「孝」の金文書体を篆刻印にしています。

絵により篆刻の表情も変わり 面白いものです。
手紙を送る場合でも篆刻印を入れていると自分自身納得が行くというか、きちんとした感があります。

手紙の文字は自分なりに書けばよいので、下手だからとか、筆はあまり上手くないとか、その時の自分が表現できていて失礼にならない文字であれば、手書きの墨文字が一番です。
紙を選び、筆を選び、封筒や切手の種類を選び、送られた手紙にはその内容以上の事が伝わると思います。

篆刻印を一つ造り 手紙を書く生活もなかなかよいものです。
簡単に篆刻を彫る方法は、ステッドラーの消しゴムにカッターナイフで自分の好きな文字を彫る、この時、左右を反転させる事を忘れずに、シャチハタのスタンプ台で消しゴム印にインクをつけて押すと石の篆刻とは違いますが、まあまあの出来上がりに満足します。
こうした印が押された手紙は作品と呼んでもよいのではないでしょうか。