道田宣和のさすてーなモビリティ vol. 12EVにしておくのはもったいない! BMW i3が再定義する新しい高級車。

(2014.06.13)
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トーキョーモビリティ12。i3発表直後の六本木ヒルズ“メトロハット”。正式な発売はつい最近のこと。
 

俄然注目の的

「走り」が売り物のBMWがこんなにも早く、こんなにも本格的な電気自動車を市場に投入して来ようとは誰も予想していなかったに違いない。というよりも、やるなら最後、化石燃料もいよいよ枯渇しそうになってからだろうというのが、ドイツ三大プレミアムブランドの中でもとりわけ「内燃機関」の錬成に習熟し、それゆえに名声を得てきたBMWに対する世間一般のイメージではなかったか。なにしろ“バイエルン発動機製作所”なのだから。実際には、ボク自身もその場に立ち会った1991年のフランクフルト・ショーでは“E1”なるEVの試作車を展示して注目を浴びるなど、早くからその開発に取り組んできたメーカーなのだが。

そんな外野の憶測を見事に裏切って、その第1弾となる“i3”(アイ・スリー)が4月5日、日本でも正式に発売され、早速ボクもそれから間もなく開催されたプレス向け試乗会で実力のほどを試してきた。ということで今回は現在「世界で最も売れているEV」の日産リーフと対比しつつリポートしてみたい。

そもそもEVとは

通常EVというとやれ充電に要する時間がどのくらいだとか、やれ一充電当たりの航続距離がどうだとかに興味と話題が集中しがちである。もちろん、それはそれで非常に重要であり、少なくともEV同士の比較では最も大きなポイントのひとつとなる。

しかし、それでも敢えて言わざるを得ない。そもそもチャージ(ガソリン車なら給油)や脚の長さ(チャージとチャージの間隔)が話題になること自体、EVが原初から内包していた課題をまだまだ克服し切れていない証拠であり、やはり100年の歴史を経て確立されたガソリン車のような手軽さや気安さには残念ながら今のところ及ばないのだと。まずここのところを理解した上でEVは論じられるべきであり、その意味ではいきなり出端を挫くようで恐縮だが、当面それなりの共感は得られても大々的な普及は難しいのではないかとボクは内心畏れている。

もっとも、輸入・販売元のBMWジャパンによればi3への「試乗申し込み」は4月時点で1万数千件に上り、さらにスーパーカーのようなシルエットと最高速度250km/h(!)を誇るその第2弾、“i8”に至っては1917万円の高価格(8%の消費税込み/以下同)、そしてデリバリーが夏以降であるにも拘らず、今年日本向けに用意した100台は予約ですでに完売状態とのこと。世の中には進取の気性に富んだ人々が案外いるものだと少しは安心した。

BMW i3-02BMWのサブブランド、iシリーズのデザインアイコンはボディ中央を前後に走る幅広のブラックラインとブルーのアクセント。ティーダをベースに開発されたリーフがズングリしているのは分からないでもないが、スクラッチビルトのi3まで倣うことはないのに……。いずれにせよスタイリングは脱ガソリン車の課題だ。
 
ゼロから作ったEV

最新のEVなだけにi3は“国交省JC08モード審査値”で229kmと、先行したリーフの同228kmや三菱i-MiEVの同120kmないし180km(機種により搭載する電池容量が異なるため)と比べても同等以上の比較的長い脚を持つ。けれども、EVの航続距離はドライバーの運転スタイル(品良くか元気良くか)や走行条件(坂道・渋滞等の有無や発進・停止の頻度等)、電装品の負荷(エアコンや灯火類の使用・不使用)などによって大きく左右される。そのため、何はともあれ「電池残量ゼロ」で立ち往生する最悪の事態だけは避けたいから、物理的・心理的な安全マージンまで見込むと日帰りなら片道100km弱がせいぜいであり、仮に出先で充電するにしてもAC 200Vの家庭電源では7-8時間、日本仕様のi3も対応済みの“CHAdeMO”式DC急速充電器が設置されたステーションでも30分ほどを要する。これもEVとしては決して悪くない数字だが、それでも「いらっしゃいませ」の掛け声とともにすべてが数分以内で終わるガソリンスタンドのようなわけにはいかないのである。

事実、この日は車載の“残り航続距離計”が当初132kmを示していた試乗車の1台を受け取り、港区海岸の会場からレインボーブリッジ→台場→ゲートブリッジを経て江東区若洲までの空いた一般道12kmを往復(24km)したところ同表示が84kmに、つまり48km相当分減っていた。ということは、i3のコンピューターが事前に算出したよりも結果的に倍の電気的エネルギーを消費してしまったワケで、図らずもボクの走行パターンが少しばかり「ヤンチャ」だったことを白日の下に晒してしてしまった形だ。もっとも、目の前で数字が減って行くのはハラハラドキドキには違いないが、逆に下り坂やコースティング(惰性で走ること)ではモーターが発電機に早替わりし(このことを“回生ブレーキ”と言う)、一旦失われた電気を取り戻すだけではなく、かえって上積みしてみせたりするから、それを横目で眺めながらペダルの踏み加減を微妙にコントロールしたりするのはゲーム感覚そのもの。もしくは知的スポーツとも言える。このへんはリーフなどとも共通したEVならではの醍醐味であり、面白さでもある。

実は、i3にはボクが試した標準車(499万円)のほかに“i3レンジ・エクステンダー装備車”(546万円)の計2種が用意され、後者は同じBMWのバイクから流用した647ccのガソリンエンジンを搭載し、充電残量が少なくなってからはその発電によってさらに最長100km+のレンジ(航続距離)をエクステンド(延長)できる。しかし、その場合でもHV(ハイブリッド車)やPHV(プラグイン・ハイブリッド車)と違って「ガソリンで走る」わけではなく、あくまでその状態(充電残量)を「維持する」ためのものだから、たとえ途中で燃料を注ぎ足したとしても最終的には外部電源からの充電が必要だ。それでも今のところユーザーからの注文は後者が約8割と圧倒的だという。EVの宿命を考えれば当然だろう。

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L字型のテールランプは最新ガソリン車とも共通のBMWアイデンティティ。レンジ・エクステンダー付きは右前のフェンダーに給油用のリッドが付くことで外観からも判別できる。155(mm)と細い代わりに直径は19インチもあるタイア/ホイールが目立つ。この個体にはリア(だけ)にオプションの175タイアが付いていたが、それも後輪駆動なるが故。

 

異次元の気持ち良さに驚嘆!

さて、「電気」の部分はともかく、モビリティの本質「走る・曲がる・止まる」に関してはどうか?

結論から言えば、これがもう、思わず快哉を叫びたいほどの素晴らしさであり、まさにそれを言いたいがためにこれを書いている。既報(当コラム2013年1月付・第7回参照)のとおり、EVに不可避な重量増を克服するためにクルマづくりの上で革命的とも言える“ライフ-ドライブ・モジュール”製法を独自に編み出し、高価なカーボンファイバー(CFRP)やアルミを惜し気もなく投じただけあって、特にボディ剛性の高さ(頑丈さ)は驚異的であり、かつて経験したことのないような精緻さとダイナミズムに溢れたドライビング感覚をもたらした。この点ひとつ採ってもEVであり、輸入車であることを考慮してもなお高めの価格は充分に正当化されるに違いない。やはり、既存のガソリン車をベースにEV化するのとは次元が異なるのである。

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まず、EVが静かなこと、これは当たり前。リーフやモーター走行時のハイブリッドで体験済みのオーナーも少なくないことだろう。だが、i3の場合はその静かさのレベルと質が圧倒的で、停車時はむろんのこと、いついかなる時でも全くの無音に近い。こんなクルマはかつてなかったと言ってよい。路面の不整(凹凸や皺、段差等々)に遭ってもミシリともコトリとも言わない巌のような「ハコ」の頑強さに加えて、転がり抵抗を減らすためにブリヂストンに特注して作った大径/細身のタイアが通常はザーザーと唸りを上げるはずの走行音をミニマムに抑え、さらには空力特性の良いボディ形状がザワザワとした風切り音を極限まで低く抑え込んでいるからだ。

その結果、全長4010mm×全幅1775mm×全高1550mmの外寸はMINI同等のコンパクトさながら、ライフ-ドライブ・モジュール設計ならではの(走行機器の制約を受けない)デザイン的自由度がダッシュボードを乗員から遠避けることに成功、胸元に余裕を与えたこととも相俟って、あたかも音響効果に優れた開演前のコンサートホールに独りポツンと居るかのような、絶対的な無音と空間的広がりとを享受させるのである。目の前がパノラマのような光景も充分にフューチャリスティックな眺めで、「未来」の種類こそ異なるものの、ボクには1970年代前半に空飛ぶ円盤を目の当たりにするかのようなショックを与えたあのシトロエン“SM”に通じるものを感じさせた。

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広々と未来的な室内。センターコンソールのスマートフォンは標準装備の“BMW iコネクテッド・ドライブ”と同期、ドライバーは充電量などクルマの情報を車外で確認したり、乗車前に予めエアコンを効かせておいたりできる。

BMW i3-05
メカでなく、エレキの利点をフルに活用したメーター/操作系。簡潔な液晶表示と単なるスイッチに過ぎないパーキング/前後進セレクター。むろん、衝突回避・軽減ブレーキなど、最新の安全デバイスも付いている。

新時代の「駆け抜ける歓び」

さすがはBMW、同じEVでもモーターをリアに置いた後輪駆動方式によるトラクション(地を蹴る力)感が明瞭で、そのことによりドライバーの意志、つまりここは加速したいのか減速したいのか、そしてどのくらい加速したいのか減速したいのか、を実際のクルマの動きとして正確にかつ即座に反映することができる。クルマのスポーツ性とはステアリングのそれを含めた、このリニアリティをこそ言うのである。とにかくペダルを踏んだ瞬間、背中をググッと押される感じがアリアリなのだ。もっとも、モーターはその特性として通常発進の瞬間から最大トルク(絶対的な力)を発揮するものだが、この場合はセッティングのアヤか、むしろ一旦動き出してからの途中加速が目覚ましく、いわゆる“ギア”はないものの40-60km/hとか40-80km/hといった“スルーギア”での印象がきわめて鋭敏で、ここではスーパーカー並みとは言わないまでもかなりの高性能車に匹敵する瞬発力が愉しめる。

エンジンブレーキならぬ回生ブレーキの強力さも一驚もの。例えば、前方で信号が黄色になるのを認め、スロットルペダルから足を離すと、あらあら不思議、フットブレーキを一切使わずともみるみる速度が落ち、最終的には平坦な路面でありさえすればそのまま停止線前で独りでに完全停止するほどだ。
これもボディ剛性のなせる技か、EVにしては1260kgと異例に軽いにも拘らず(一般論として軽量なクルマほど不利)、乗り心地がいいのもi3の特徴。しかも、日本の立体駐車場規格(全高1550mm以下)に合わせるべくアンテナの変更やサスペンションのバネを短縮しているにも拘らず、上級車の5シリーズや7シリーズにも遜色のない重厚な乗り心地を実現しているのである。操縦性もそうした「二律背反」を見事にクリアしたもうひとつの例。ドライバーがステアリングを切った角度と実際のクルマの向きとが一致しているかどうかは多分に“ノーズ”(フロント部分)の重さに因るところが大きいが、そこに何もないi3は常に鼻先の動きが軽快で、足回り全体の動きも軽々と感じられるのだ。スポーツカーと違って比較的「腰高」なプロポーションを持つが、さほどロール(横方向への傾き)を感じないで済むのはバッテリーやモーターなどの重量物をすべて床下に収めたドライブ・モジュール方式ならではのメリットである。

BMW i3-06
3人掛けでなく、ゆったりと後ろ2人乗りの定員全4名。リアドアは小さめだが、フロントドアを開けた後、進行方向とは逆に開く、いわゆるスイサイド(「自殺」:いきなり開けると危険だからそう名付けられた)ドアで、センターピラーがないこともあって見た目より出入りは楽だ。

BMW i3-07
通常、エンジンやらなにやらがギッシリ収まるフロントには何もない。充電用のコードがあるのみだ。因みに、レンジ・エクステンダー装着車の場合、バイク用エンジンはリアの床下に搭載されるが、それもアンダーカバーに覆われて普段目にすることはない。

さて、想像を遥かに超えていたこのi3、自分だったらどうだろうと考えてみた。むろん、クルマそのものには非常な魅力を感じたものの、まず居室と駐車場が離れたマンション住まいでは物理的にも管理規約上も電源の確保が問題になりそうだ。今はまだ開発途上にあるとされる「非接触電力伝送」を応用した急速充電システムが実用化・一般化され、それこそ街のスタンドにでも立ち寄るような感覚で手軽に充電できるようになれば一気に解決される問題かもしれないが、果たしてそれはいつのことか。もうひとつはやはり脚の短さに起因する懸念。メーカー自らi3のことを“MCV=メガシティ・ビークル”、つまり東京やニューヨークのような巨大都市(専用)のクルマと呼んでいるように、都内のほか箱根などへの日帰り取材も少なくないボクのような使い方はそもそも想定外と言おうか、対象外なのかもしれない。となるともう1台別のクルマが必要なわけで、その意味からもi3はMINIみたいな小型車ではあるものの、いやいや実は生活や資金に余裕のあるリッチなアーバナイトがユーザー像のひとつとして自ずと浮かび上がってくるではないか……。

ああ、(燃費のいい、)ガソリン車のi3が欲しい!