光隠居とミヤビちゃんのちょっと聞けない日本の雅 -日本の常識 - ~その13 山霞薄紅靄~

(2010.03.29)

卯月を迎える月桜町は東京の郊外。北に丘陵をひかえた、ちょうど良い谷地に広がるベッドタウン。薄煙る風は東南からよわく吹き、その風に乗った香りは春の息吹をはらんで、否応無しに人を浮き立たせていた…。

而して件の翁「白川光」とまだ少しあどけなさを残す娘「ミヤビ」は、月桜町のほぼ中央に位置する翁の家の南庭に面する縁側で、これまた木の芽時宜しく、ボーっと座り、二人で茶を喫していた……。

ミヤビ 御隠居。 

光隠居 ん? 

ミヤビ 御隠居とこの縁側で座っていると、このまま何だか時間が止まった気分になるわ。 

光隠居 何を年寄り臭い事を言っているんだね。うら若い身を無駄に使うものではない。
 
ミヤビ だって、お天気は良いし、お庭にはお花が咲き始めるし、ここには美味しいお茶と御まんじゅうがたっぷりあるし……。 

呆れ返るご隠居。

光隠居 ミヤビ。春休みが終わったら、中学三年生だ。愈々将来を見据えた進路を決めにゃーならん頃になったが、どう考えているのだ?
 
ミヤビ ん? 「無理をしても中学受験をして、高等学校受験なんか心配しないようにしたほうが良い」 って言って、パパとママを唆して、私立に入るのを勧めたのは御隠居よ。それも、「出来れば大学まである学校が良い!」 なんて言って、御隠居ママの行っていた学校を紹介したのも、御隠居様! あなた様ではなかったでしょうか!
 
光隠居 だから、将来の事を考えて、高等学校にも色々な道筋、コース見たいなものが確かあの学校にもあったに思うが、それをどう決めたのか教えていただきたいと言っているんじゃ! 

ミヤビ あーー。普通科か理数科か英語科か芸術科か家政科かって事ね。 

光隠居 あーじゃないだろ。 

ミヤビ 芸術科に行こうかなー……。って思っているけれど。
 
光隠居 芸術科。それは絵描とか音楽家とか養成する学科なのか? 

ミヤビ そう。 

光隠居 そりゃーまた、艱難辛苦の道を目指すものじゃな~……。 

ミヤビ 菅ナッシング? 

光隠居 身体を患い辛く苦しいと思うような様々な難関を、進んで乗り越えながら行くということだ!芸術の道は簡単には自分の物にならず、たくさん苦労してたくさん悩み、毎日毎日自分と戦ってゆく道だ……。
ミヤビにその覚悟があるのかと思って、感心したんだよ。

ミヤビ そんな大層な心構えはございませんが、御歌を唄う事も絵を描く事も好きだし、そういう事を教えてくれるなら、嫌いな数学や理科をするより楽しいわ。 

光隠居 パパとママはなんて言っている? 

ミヤビ パパは良いんじゃないって言ってくれているけれど、ママは考えなさいって言っているわ。同じクラスの里佳ちゃんも麻子ちゃんも同じ芸術科に行きたいって両親に云ったら、同じ答えだったって言ってたわ。 

光隠居 成程。儂の頃とは反対だな。 

ミヤビ ご隠居の子どもの頃は、ママが賛成でパパが反対だったんだ。 

 

つづく